第72話:光に

 思わず叩き落としてしまったけど、まさか女の子!?

 手のひらサイズだけど、親指姫……な訳ないよね。

 それに姫っていうよりは、動物擬人化のあのシルバニアな人形の体形に近い。


「む、虫じゃなかった」

『ぴっ!?』

『いや、ミユキ嬢、これは――』

「っぷ」


 ヴァルが噴き出した瞬間、シルバニアホタルが――ぶっ飛んだ。

 そしてヴァルの顔面に直撃。


「くあっ。こんの……クソチビが!」

『へぷっ』


 デコピンでホタルを撃退。

 自分もやっておいてなんだけど、ちょっとかわいそう。

 へろへろぉ~っと墜落した子を拾い上げて、ヒールしてやる。


「無駄だぞ」

「え?」

『それは光の精霊なのである』

「せい、れい……ウィルオーウィプス?」


 二人がこくりと頷く。

 えぇ!? せ、精霊!?


『ヒールより浄化なのであるよ』

「浄化?」

「瘴気を被ってんだよ。放っておくと狂える精霊になる、かもしれない」

「かもなの!?」


 とにかく浄化してあげよう。


「瘴気に当てられたからって、確実に狂える精霊になる訳じゃない。精霊にも心がある。人間ほど豊かじゃねえがな」

『心の隙に入り込まれれば、狂ってしまうのであるよ。まぁ普通はそうそう狂うことはないのであるが』


 心の隙……この子、震えてる。

 浄化はしたから大丈夫なはずなのに、ずっと震えてて、私の指に必死にしがみついてる。


「ね、大丈夫?」

『ぷるぷる……こわい……たすけて』

「大丈夫。傍にいれば安全だからね」

『はや、く、たすけて……ぷるぷる。みんな、狂って、しまう』


 みんな?


「みんなだと? まさかあっちの光りは全部――」


 あっちの光り……光が全部、精霊!?


『ヴァル……』

「え、ヴァルのこと知ってるの?」

「は?」

『キリー……』

「誰?」


 とヴァルを見ると「知るか」と頭を鷲掴みされた。

 いたいいたい。


『ヴァルキリー。光の上位精霊である。そんなものが狂ったら、手が付けられないのであるよ』


 カットの耳が垂れてる。

 猫って怒ったり怯えたりすると、耳があんな風になるけど……カットも?


「くそっ。急ぐぞミユキっ」

「ふえっ」


 ヴァルが私を抱えて走り出す。


「すぐ浄化しろっ」

「わ、わひゃっひゃあぁ」

「舌噛むなよっ」


 一呼吸おいて、「やれっ」とヴァルの声が聞こえた。


「"浄化の光よ、瘴気を祓い、すべての苦しみから解放せよ"」


 唱えてから光の正体を見た。


 明るいのに……こんなに明るいのに……

 その中心には漆黒の翼を広げた女の人がいた。


 戦乙女ヴァルキリー。


 まさにそんな感じの鎧に身を包んだ人だ。


「くっそ……ここだけやたら瘴気が……」

「ヴァル!?」

「大丈夫だ。少し気持ち悪いだけ」

「一回じゃ浄化しきれないみたい。"浄化の光よ、瘴気を祓い、すべての苦しみから解放せよ"」


 二回、三回……あ、ヴァルキリーの翼が……羽根が落ちて……いく……。


「そんなっ。ダメ!」

「おい、ミユキ。よせ!」


 もっと近くで、もっと強く――浄化を!


 光の中に入ると、何かが流れ込んできた。

 

 精霊たちが誰かを助けようとしている。

 たぶん、捕まってしまった精霊師……かな。

 でもその人は何か触手みたいなものに捕まって、死んでしまった。

 契約していた精霊が怒り、その怒りが仲間の精霊に伝染して……ウィルオーウィプスを守ろうとして精霊界から出てきたのがヴァルキリー。


 そのヴァルキリーも……


「ダメ。死んじゃダメっ」


 すぅっと彼女の目が開く。

 どこまでも透き通った青空のような、綺麗な青い瞳。


『大丈夫、です。私たち精霊は、死ぬ、ことはありません』

「本当に?」


 にこりとほほ笑む。


『再び精霊界に戻るだけ。あなたのおかげで、光のまま戻れます。ありがとう』

「帰る、だけ? 本当に?」

「心配するな。帰るだけだ。ただヴァルキリーに戻るには、何十年かかかるだろうがな」

『しばらく下位精霊に戻るだけなのである』

「そっか。あなたならきっと、本物の親指姫になれるね」


 ヴァルキリーが一瞬、首を傾げた。

 あ、うん。ごめん。わかんなかったね。


『よく、頑張りましたね』

『ぷわっ』


 まだ私の指にしがみついている子に、ヴァルキリーは微笑んだ。


『勇敢でしたよ』

『ふわぁぁ』


 ヴァルキリーの体が、小さな光に変わっていく。

 凄く眩しいっ。


『気を付けて……この下に……禍々しい……の、卵……』


 卵?

 最後は笑みを浮かべて、ヴァルキリーは完全な光になった。

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