第71話:ぷぇん

「眠らせちゃう必要、あったの?」


 檻から出て――まぁ出るのは簡単。ヴァルがカチンコチンに凍らせて、あとは力任せにバキィーって……そんなバカな! って思ったよね。

 出てから壁に向かって合言葉を唱えた。

 隠し部屋にみんなを避難させ、あとは安全な所で扉を再オープンすれば逃がせる。


 だけどカットは、中に避難した人たちを眠らせてしまった。


『にゃあ。ここにはリヒトが残した魔導書や魔道具がある。扱えぬ者が知識だけ身に着けても、危険なのであるよ』

「魔法ってのはな、魔力が一定量なけりゃまともに発動しない。まともに発動しないだけで、暴走する可能性はあるんだ」

「暴走、するとどうなるの?」

『最悪、死ぬのであるよ』


 あぁ、それは……うん、危ないね。


『心配ないのである。ここを片付けて、さっさと起こすのであるよ』

「そうだね。じゃ、行こう」


 鞄からヴァルの短剣を取り出す。

 捕まるとき取り上げられたのは、二本あるうちの一本だけ。

 二刀流なんて珍しい方だし、一本隠してても怪しむ奴なんていなかった。


 その武器も――


「ぐふっ……」

「見張りがたったひとりとは、警戒なさすぎだろ」


 洞窟を少し戻った、入口近くの小部屋のようになっていた場所に保管されていた。

 まぁ見張りがひとりだろうが二人だろうが、たぶんヴァルには関係ないんだろうな。


 取り返した武器を持って奥へと進む。

 なんか少し胸焼けみたいな感じがする。


『ふむ。瘴気が出ているであるな』

「あぁ。ムカムカしてくるな」

「浄化したほうがいい?」

「奥に行ってからでいい。浄化ってのは一定範囲の瘴気を祓う魔法だろう。ここでやったって、奥に進めば効果範囲から出てしまうからな」


 あ、そっか。

 浄化の膜みたいなの張れればいいのに。


『ちなみに聖水を被っていれば、少しの間であるが浄化効果が持続するのであるよ』

「えぇ!? 聖水作っておけばよかったぁ」

「そんな効果もあったのか。ちっ、知ってんなら教えろよ」

『おやぁ、小僧は知らなかったであるかぁ。にゃふふ』

「くっそぉ……」


 くだらないことで張り合わないで欲しい。


「ヴァル、大丈夫? カットはそうでもないけど、ヴァルの方はきつそうに見えるよ」

『小僧はこれでも精霊であるからして、精霊は瘴気の影響を受けやすいのである。瘴気によって狂える精霊になるぐらいであるからにゃ』

「ヴァルが狂ってしまう!?」

「狂わねぇよ。……お前がそ……に……ばな……」

「え、なに? 聞こえない」


 ぼそぼそ行ってて聞き取れない。


「な、なんでもねぇよっ。さっさと行くぞ」

「何? なんで顔赤いの? 恥ずかしいこといった? ねぇ、ねぇっ」

『にゃっふっふ』






 通路は一本道。さすがに私も迷子にはならない。

 

「なんかむわってするね」

「湿度が高けぇな。それに暑い」

「私はむしろ温いぐらいでいいんだけど」

『小僧が氷の精霊フェンリルなのである』

「融ける!?」

「融けねぇよ、バカか」


 なんだ、融けないのか。よかった。


「奥が明るいな。目的地か?」


 さっきの商人さんに聞いた話を思い出してしまう。

 悲鳴と、捕食する音……。


 何かが人を食べているっていうなら……どんな悲惨な状況になっているんだろう。


「怖いのか?」

「え?」


 気づいたら足が止まってたみたい。


「大丈夫」

「そうか。まぁ、無理はするな。俺がやるから、お前は猫でも吸ってろ」

『ふにゃ!? わ、吾輩、吸われるのであるかっ』

「なんぁ。自分が猫だって自覚してんじゃねえか」

『にゃふ!?』

「あははは。うん、ヴァルに任せるよ。でも、私もちゃんと向こうまで行く。だってヴァルを助けないとね」


 瘴気で狂わないよう、浄化しないと。


 あの明かりの先に――ん、ん?

 明るくなっている通路の奥から、明かりが……飛んできた!?

 いや、ホタル、かな。

 にしてはスピードが早い。


 ぴゅぴゅぴゅーっと飛んできたホタルは、そのまま私の顔面に向かって来る。


「ふあぁっ」


 虫が顔面に――と思って咄嗟に手で払いのけた。


『へぷっ』


 ん?

 なんか変な音……いや、声がした?

 え、この世界って虫も喋るの!?


『にゃんで吾輩を見るであるか?』

「いや、つい……」


 カットから視線を逸らして壁を見た。

 するとさっき払いのけたホタルが……ホタ……ん?


『ぷぇーん』


 小さな、とっても小さな女の子が泣いていた。

 どういうこと?

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