第70話:餌
「イッテテ。くそ、女だと思って手加減してやったら」
「はっは。お前が油断するからだろ」
「それにこの女、適当にメイスを振り回してただけだぞ。そんなの喰らうお前が悪い」
すこーしだけ抵抗するつもりでパワーメイスをぶんぶん振り回してたら、そこに飛び込んできた男にクリーンヒット!
予想外に吹っ飛んじゃって、流血沙汰になった。
パワー・メイスって言うぐらいだし、ダメージ増加効果もあるのかな。
それからこいつらに捕まって、縄で縛られ山道を歩かされている。
パワーメイス取り上げられちゃった。あとでちゃんと取り返さないとなぁ。
ヴァルの方は私が捕まってから「抵抗はしないから妹には手を出さないでくれ」とか言い出して、一緒に捕まっている。
誰が妹やねん!!
でもまぁお互い黒髪だし、あいつらあっさり信じたけど。
「ねぇ、どこに連れていくの? もう勝手に人の土地に入らないから、許してよ」
「悪いなお嬢ちゃん。伯爵領に入った奴は、誰だろうと生かしてここから出すなって命令なんだ」
「そ、それって、殺すってこと?」
「さぁな。俺たちはやらねぇよ。けどまぁ、今まで連れて来た連中は、誰も生きて出てこなかったな」
誘拐犯は伯爵で間違いなさそう。
でもいったい何の理由で?
まさか本当に源泉を独り占めするつもりで……。
いや、そんなことのために人を誘拐してくる?
温泉のために人を誘拐とか、まったく理解出来ない。
「さぁ、中に入ってろ」
「わっ、ととと」
牢屋に押し込められ、倒れそうになったところをヴァルに支えられる。
「そこで大人しくしていろ」
「まぁ運が良ければ一週間は生きられるだろう」
「恨まないでくれよ。俺らは依頼されたことをただやってるだけなんだからよ」
そう話しながら、男たちは出て行った。
しばらくしてヴァルがため息を吐く。
「ったく。少しっつったのに、思いっきりぶん殴りやがって」
「少しのつもりだったんだけどなぁ」
「殴られた奴がキレなくてよかったぜ」
「ま、まぁそうだね。にしても、なんで洞窟の中に牢屋なんかあるんだろう」
私たちが連れてこられたのは、山の斜面にぽっかりと空いた洞窟の中。
入り口は狭く木で隠されていたけど、中は結構広い。
開けた所にこの牢屋が合って、中には先客が何人かいた。
みんな怯えて、隅の方で縮こまっている。
話が出来そうな感じじゃない。
ひとりだけ、私たちの方を見ている人がいたから声を掛けてみた。
「あの、巡礼の人ですか?」
「い、いや。わたしは商人で、聖都へ向かう途中、だったんだ」
「誘拐されてきたってことか」
ヴァルの言葉に商人のおじさんが頷く。
護衛に冒険者を二人雇っていたけれど、その二人は殺されてしまった……と。
「ヴァル、あいつらも見た感じ冒険者だったけど、半分不正解ってどういう意味?」
「元は冒険者だった奴もいるだろう。前に……ハーフダークエルフの女に従属の呪いをかけてた連中覚えてるか?」
「あ、うん。ゲス野郎どもね」
「……お前、たまに口が悪くなるな」
いつも悪いヴァルには言われたくない。
「奴らのように法を犯したり、ギルドのルールを破って登録を抹消されたようなはみ出し者を雇い入れてる裏ギルドってのがある」
「あいつらは、その裏ギルドの奴ら?」
「たぶんな。冒険者ギルドじゃ、どんなに金を積まれても誘拐の依頼なんざ引き受けないからな」
悪の秘密結社みたいなものがあるのかぁ。
「誘拐されてきた人って、これだけ?」
「少ねーな」
神殿で聞いた限りだと、もっといそうだったんだけど。
「わたしがここに押し込まれて四日になります。先にいた人たちで、何人かはどこかに連れていかれました……誰も、戻ってきません。それに」
おじさんがそこまで行くと、奥で膝を抱えていた女の人が泣き叫びだした。
「みんな死ぬのよ! ここでみんなっ」
発狂したような状態で、鉄格子に自ら頭をぶつけて――
「ダメっ」
「いやよぉぉ、いやぁぁぁ」
ヒールを唱えながら、女の人を抱え込む。
ヴァルも手伝ってくれて、暴れないよう押さえてくれた。
「大丈夫。大丈夫だよ」
「う、うぅ……うぅぅ……」
彼女の震えが収まると、すぅっと寝息を立てて眠っていた。
はぁ、よかった。
「お、お嬢さん、司祭様……なのかい?」
「あ、えっと……しぃー、ですよ」
商人のおじさんはコクコクと頷き、近くに寄って小声になる。
「もしかして、わたしらを助けに?」
「まぁ、そんなところです」
「助けて終わりじゃねえな、この感じだと」
「だね。ここから連れていかれた人たちも探さなきゃ」
「それは……たぶん無理だ」
おじさん、それに他の人たちの表情が暗くなる。
「その女性は今ここにいる者の中じゃ、一番長くここにいるらしい。だからずっと聞いていたんだろう」
聞く?
「毎日二人ずつ連れていかれます。あの奥に」
更に奥へと続く細い穴がある。その先に連れていかれるんだとか。
「しばらくして聞こえてくるんですよ。悲鳴が。しかも何かが捕食するような、そんな音とい……ひぃっ」
おじさんも頭を抱えてしまった。
何かが捕食する音、それから悲鳴……。
まさか私たちを、何かの餌にしてるってこと!?
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