第69話:ちょっとだけよ

「あの辺でもやもや見たの」


 ベップゥの町まで戻って来た。

 温泉は……やっぱり出ないって。

 はぁぁぁぁ……。


 行きがけにみた山の中のもやもや。

 それが行方不明事件と関係しているか分からないけど、ヴァルとカットに話してみた。


「あの辺ってお前……結構遠い山ん中じゃねえか」

『確かにこの距離では、吾輩や若造には感じ取れないのであるよ』

「で、でもね、目を擦ったらもう見えなかったからさ、気のせいかなと思って」

『言ったである。感じ取れない――と。つまりミユキ嬢も肉眼で見たのではなく、感じた物が形として見えただけなのである』

「無意識の時の方がよく見えるもんだ。目を擦ったってのは見ようとしたからだろう。だから見えなくなるんだよ」


 見ようとすると見えなくて、無意識の時には見えやすい……のか。

 面倒くさぁー。

 でも見ようとしたら見えなくなるって言われても、確認したくて二度見する時とか無理だよぉ。


『しかしあの山は、例の領主の許可がいるという山ではにゃいか?』

「だろうな。ま、許可がいるつったって、見つからなきゃ問題ないだろ。まさか山をぐるっと壁で囲ってる訳でもねぇだろうし」


 だよねぇ~。


 ・

 ・

 ・


「ぐるっと囲ってるね」


 山に入って少し上ると、壁を見つけた。

 杭を斜めにぶっ刺した壁で、完全に侵入者防止用だ。

 その杭には棘がびっしりと生えた蔦が絡まってて、まるで有刺鉄線みたい。


「嘘だろ、おい」

『ずいぶんと警戒心の強い領主なのであるな』

「でもここまで厳重だと、なーんか余計に気になるよねぇ」


 行方不明が確定している人たちは、ベップゥの町周辺で姿を消している。

 瘴気が見えた山。

 入るには領主の許可が必要。

 侵入者防止柵。


 そして……


「温泉が出なくなった! これ、領主がなんか怪しいよね」

「いや、温泉のことは知らねぇよ」

『自然現象の可能性もあるのであるよ』

「いいや、絶対領主が何か悪だくみしているに決まってるわ!」


 許せない。

 温泉を奪うなんて許せない!


「ま、まぁ温泉はおいといて、どうするんだ? 飛び越えるのは簡単だが」

「棘痛そう」

『迂闊に触れれば、毒に侵されるのである』

「え、この棘って毒があるの!?」


 カットが頷く。

 うわぁ、どんだけ厳重なんだろう。

 こうなると余計に怪しいよね。


「行くのか?」

「うん。ここまで必死に侵入者を警戒してたら、怪しさ満載だもん。行く」

「なら――くっ」


 ヴァルが一瞬、苦しそうな声を上げる。

 と思ったら、もさもさぐぐぐーんってなって狼の姿になった。


「ねぇヴァル」

『な、なんだ。この姿に見慣れてないから、気味が悪い、のか?』

「ううん、そうじゃなくってさ。着てた服、どうなってるの?」

『は?』

「だってさ! 体の大きさ変わってるのに服がビリビリーって破れてないじゃん! え、なんで?」


 持っていた剣もなくなってるし。

 なんで!?


『肉体が変化する際に、身に着けている物は収納されているのであるよ』

「収納? どこに」

『精霊界、にだ』

『要はは目に見えぬ速度で服を脱いで、精霊界に収納していると考えるのである』

「物凄いスピードでまっ裸になってるってこと?」


 ヴァルが……ダンダンっと足踏みをする。

 すると空気が冷たくなった。


 なに、なんなの?


『いいからさっさと乗れ。置いていくぞ』

「ちょ、待ってよっ」


 慌ててヴァルの背に跨ると、後ろにカットが飛び乗る。


『らくちんであるな』

『てめぇは自分で飛び越えられるだろうが』

『にゃっふっふ。仲間ではないか』

「はいはい、行ってヴァル」

『……はぁ』


 ジャンプして軽々と壁を飛び越える。

 おぉ、めちゃくちゃたかーい。


 そのまま私が瘴気っぽいものを見た山の方へと向かう。

 でも――


「ヴァル、さっきからあちこち方向変えてるけど、迷子?」

『方向音痴のお前と一緒にするな。警備の奴らがあちこちにいるんだよ』

『ますます怪しいであるな。いったいこの山に、何を隠しているのやら』


 人の気配を察知しては方向を変える。

 それを繰り返してるから、目的の場所までたどり着けない。


 瘴気……を確認するのも大事なのかもしれないけど、目的はおんせ――行方不明になってる人の調査。


 もし。

 もしも領主が行方不明事件にかかわっているとしたら――

 誘拐犯そのものだったとしたら。


「ねぇ。このまま捕まってみない?」

『は?』

「領主が関係しているならさ、捕まれば行方不明になっている人の所に連れていかれるかもしれないじゃん」

『にゃふふ。外からが無理なら、中から探すということであるか』

『まったく……危ねぇ方法を選択しやがって』

「でもさ、ヴァルもカットもいるじゃん。大丈夫。ね?」

『任せたであるよ、小僧』


 カットは飛び降りると、大きな木に向かって合言葉を唱えた。


『吾輩が一緒では、警戒されるであろう。こちらで待つ故、潜入したら扉を呼ぶ出すのであるよ』

「うん。じゃあまた後でね」


 ヴァルから下りると、今度は彼が人の姿に戻り始めた。


 物凄い速さで服を脱ぎ着している――つまり、どこかで一瞬、真っ裸になってるってこと!

 なんとなく見ちゃダメだと思って、後ろを向いた。


「いや、そんな必要ねぇから」

「もういい? いい?」

「いいって」


 振り返ると、ちゃんと服を着た人の姿のヴァルがいた。

 なんか赤い顔してる。

 やっぱり見られるの恥ずかしいんじゃん!


「今度から変身するときは前もって言ってよね。ちゃんと後ろ向くから」

「いや、だから――」


 ヴァルが言いかけた言葉を飲みこんで身構える。


「貴様ら、そこで何をしている!」


 お、さっそく見つけてくれたみたい。

 やって来たのは人相の悪い男たち。


 あれ?

 領主の土地を警備しているなら、騎士っぽい人たちなのかなって思ってたけど。


 バラバラな装備で、軽装なのが多い。

 これじゃ騎士でもなければ兵士にも見えない。

 どちらかというと……


「冒険者?」


 小声でヴァルに聞くと、彼は鼻で笑った。


「半分正解で、半分不正解だ」

「何をこそこそ話てやがる! 貴様ら、ここがグズゲイス伯爵領と知ってて侵入したのか!?」


 私とヴァルが顔を見合わせる。


「知らねぇよ」

「知りませんでした~」

「ふざけやがって。どこから入った!」

「そんなことはどうでもいい。侵入者がいたら捕まえて、あそこへ放り込めと言われてるだろう」


 あそこ、ね。


「おい、少し抵抗しとけ。すんなり捕まったら怪しまれるだろ」

「おぉ、なるほど」


 ヴァルの言葉に頷き、それから私はパワーメイスを構えた。

 ちょっとね。

 ちょっとだけ抵抗しようね。

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