第68話:お導き
私とヴァル、カットは隣の部屋に移動して待つことになった。
「なんにも聞こえないね」
『テーブルの上に遮音のマジックアイテムがあったのであるよ』
「のほほんとしていながらも、そこはさすが教皇ってことか」
内緒話するにはもってこいってことね。
カットがいうには、テーブルから一定範囲だけの音が外に漏れないらしい。
その証拠に、しばらくすると扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ。おじ――教皇がお呼びです」
エイデンさんが私たちを呼びに来た。
隣の部屋に戻ると、おじいちゃんとさっきの使いの者だっていう人たちがいた。
光神のって言ってたっけ。
ひとりは法衣を着てて、あと二人は鎧を着込んでいる。まるで護衛みたい。
「こちらは光神の高司祭のフィアス殿です。実は最近になって、ここ聖都に訪れた、もしくは訪れようとしていた信者が、行方不明になっているらしい――という報告がありまして」
「行方不明になっているらしい?」
「なんだ、その曖昧な言い方は」
ほんと。あれじゃ行方不明じゃないかもしれないってことじゃん?
「それに関してはわたくしの方でご説明いたしましょう」
「こちらはフィアス高司祭。光の神の神殿からいらっしゃった方です」
法衣を着ているおじさんが会釈をする。
高司祭ってことは、わりと偉い人?
なら後ろの鎧を着た人たちは聖騎士で、本当に護衛なのかも。
「聖都には大陸中の信者が巡礼のために訪れます。ここには五神の大神殿がありますから、その人数は相当数になります」
「ですよね。門のところにたくさん人が来てましたし」
「しかもいつ、誰が聖都に向けて出立したのかなど分かりません」
当然よ。
学校みたいにホームルームの時間とか決まってる訳じゃなく、しかもすっごい遠くから来る人だっているんだろうし。
それに、電話のない世界じゃ出発の日時を伝える手段がない。
手紙を出すにしても、届いてから人の方が到着する日時を割り出すなんて難しいよね。
「ですが聖都の門では、どの国のどの地方から来た誰なのかということを、門番が書き留めております」
「その方が聖都を離れる際にも、同じように書き留めます。ですから聖都にどのくらい滞在したのか、というのは分かるのですよ」
「なるほど。ここに来たこと、ここから出たことは分かるんですね」
おじいちゃんとフィアス高司祭が頷く。あとエイデンさんとか護衛の聖騎士の人も。
「ですが聖都を出立して、信徒の方々が無事に帰宅したことを調べることはほぼ不可能に近い。国、地方までは申告していただきますが、どの町、村からなどは聞いておりませんので」
たぶんこの世界じゃ、何丁目何番地なんて住所もないんだろうな。
調べるためには現地に行ってしらみつぶしにするしかない。
でも大陸に何万――いや何十何百万もいるだろう信者さんひとりひとりを調べる事なんて無理だよ。
だから行方不明が出たとしても、それが誰なのか調べようがない。
分かっているのは行方不明になった本人だけだろうな。
「だが『かも』とはいえ神殿が動くっていうことは――」
「そう。それと分かる、行方の分からなくなった信徒がいるのです」
「光神の信徒で四人、こちらでも三人いましてね」
分かったのはその信者の人が富裕層だったから。
誰もが出発前に自分が信仰する神の大神殿に手紙を送っている。
「多額の寄付をしてくださる豪商や貴族の方は、その目録も含めて一報をくださるのです」
「ま、まぁそのことは置いといてですね――」
おじいちゃんはぶっちゃけて言っちゃってるけど、やっぱりあまりそういう事情は知られたくないんだろうな。
フィアス高司祭は少し困ったように、話を続けた。
それによると、二つの神殿で行方が分からなくなっているかもな七人のうち、三人は到着すらしていないと。
だけどうち二人は温泉の町ベップゥまで来ていることは分かっていると。
温泉が出なくなっていることに対し、わざわざ町長に怒鳴り込みまでしたらしいから。
うん、気持ちは分かる。
分かるけど、悪いのは町長さんじゃないからね。
「だが聖都には到着していない」
「えぇ。ベップゥの町から聖都まで、街道を通れば人通りもありますし、賊の類に襲われる心配もございません」
「わざわざ街道を逸れて遠回りする方もいらっしゃらないでしょう」
なのに聖都には到着していない。
同行している従者の人や荷運びの人たちまで。
聖都に到着後、もろもろの用事を済ませて帰路についたはずの人たちも――家には戻って来ていない。
でも聖都を発った日は記録されている。
そして商家から連絡が来て、膨大な量の目録から日付を調べ――。
「片道二十日。しかし聖都と発って既に一カ月半が過ぎていました」
電話やメールのない世界だと、こういう連絡にも時間が掛かってしまうんだね。
「しかし先ほど、こちらで調査に向かわせた騎士が戻って来まして」
聖都を出発した商家の人が、どこをどう通って帰るかは予想出来る。
ルート上の町や村を回って、どこまで行ったのか調査したらしい。
その結果――
「ベップゥまでの痕跡はあるのですが、その先がないのです。念のため、月の神殿でも問い合わせのあった信徒様のことも尋ねてみましたが、ベップゥまでは来ているのです。ですがその先の村には到着していない、と」
「ずいぶんとここから近いじゃねえか」
「えぇ。まさかこんな近くだとは思いませんでした。しかしベップゥはオスロウス王国の領土内。これ以上我々が調査するわけにもいかず、明日にでも冒険者ギルドに依頼を出すつもりだったのです」
そっか。
聖都はどこの国にも属していないっていってたよね。
ある意味、ここが一つの国みたいなもの。
ってことは、隣の国で起きているかもしれないことに、いくら聖都に来た人だからといって勝手にあれこれ調査するわけにもいかない。
「そんな時に、教皇様――あぁ、この場合我々のというべきでしょうか。光の神殿の教皇様から、ライウォル様の下へ行くように言われまして」
「ほっほっほ。それはそれは」
なんでおじいちゃんに?
ん?
なんでおじいちゃんや高司祭さん、それにヴァルたちが私の方を……。
「神のお導きだったのですね」
「ほっほ。そのようですなぁ」
「はぁ。どうやら厄介ごとに巻き込まれたみたいだな」
『にゃっふ。きっとこの先も同じようなことは多々あるのである。故に嫌なら小僧が抜けてもいいのだぞ』
「はぁ? てめぇこそ、幻獣界に帰ってもいいんだぞ」
『にゃっふっふ』
うあぁ……これまた、聖女うんぬんな流れになるのぉ?
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