第67話:殴り込みはいけません。

「そうですか。父と母は一緒に逝けたのですね。あぁ、よかった」


 ゆっくりと、そしてほっとしたようにおじいちゃんは言う。

 鉱山でのこと、そしてみんなが見せてくれた記憶のことをおじいちゃんに話した。

 

「両親があの鉱山へ向かったのは、わたしが四つの頃でした。普段からあまり一緒にいられなかったので、共に過ごした時間は実に短かったのです」

「寂しかった、ですよね?」

「そんなことはありません……とは、正直言えませんね。えぇ、寂しかったです。とても」


 だよね。

 私だって、時々そう思うこともあったし。

 なんで自分には父と母がいないんだろう。

 どうして二人は、私を捨てたんだろうって……。


 あ、でもライリーさんとフィレイヤさんは――


「二人はおじいちゃんのこと、心から大切にしていたと思いますっ」

「えぇ、そうですね。それだけは自信をもって『そうだ』と言えます。おぼろげに覚えている両親の顔は、いつも愛情に満ちたものでしたから」


 いいなぁ、なんて思っちゃいけないんだろうけど。それでもやっぱり羨ましい。

 短い時間だとしても、両親から愛されていたって実感出来るのだから。


 そんなことを考えていたら、ふいにヴァルが私の頭を撫でた。


「ん?」


 視線をそっちに向けた時には、もう撫でるのを止めていたヴァル。

 なに? なんなの?

 知らん顔してそっぽ向いてるし。なんなの??


『月の女神は、敬虔なお主に両親のことを知るミユキ嬢を、引き合わせてやったのかもしれぬであるな』

「えぇ、そうかもしれません。ところでわたし、あなたのこともすこーしだけ覚えていますよ」

『にゃふ?』

「ほっほっほ。賢者リヒト様と契約をしていた、ケットシーでしょう? かわいい猫ちゃんだと言ったら、吾輩はーと訂正されたのをなんとなく覚えていますよ」

『ふむ……にゃは、確かにそんなことがあったような』


 っぷふ。カットの吾輩は~っての、昔からの口癖だったんだ。


「今日はなんて素晴らしい日でしょう。父と母のことを語ってくれる方と、懐かしい方に会えたのですから」

「私も、二人のことを伝えられて良かったです」

「良かったのはいいが、あれを見せなくていいのか」


 隣でヴァルが小声で言ったことで思い出した。

 すぐに鞄から聖典を取り出し、おじいちゃんに差し出す。


「これ、フィレイヤさんから渡されたものなんです」

「母から……古い聖典ですね。きっと母も誰かから譲り受けたものでしょう。かくいうわたしも、育ての親である先々代の教皇様の聖典を、譲り受けているのですよ」

「へぇ、そうなんだ」

「えぇ。ですからそれは――あなたにお持ちいただきたいのです。母が託したのは、あなたですから」


 差し出した聖典を、差し出し返されてしまった。


 フィレイヤさんも息子さんの手に渡る方が嬉しいだろうと思ったのに。

 戻された聖典の表紙を撫でると、ほんのり温かく感じた。


「ほっほ。母もその方がいいと言っているようですねぇ」

「え、そう、なのかな」

「えぇ、そうですよ。それに、あちらの世界から来たあなたは、聖典をお持ちではなかったでしょう?」

「まぁ、それは――ん?」


 あちらの世界って、もしかして。


「ほっほっほ。実はですね、女神様からこっそり教えて貰っていたのです」


 と、おじいちゃんは内緒話をするときのように声を潜めて、にっこりと笑った。

 茶目っ気のあるおじいちゃんだなぁ。

 うちのおじいちゃんもそうだったっけ。


「ですが実際にお会いしてみると、魂の輝きがほんのり違うのでなんとなくですが分かりました」

「うっ。あの、それって聖職者だとみんな分かっちゃうものなんですか?」

「さぁ、どうでしょう。エイデン、お前、分かったかい?」

「え……や、あの……もちろんですおじいちゃん!」

「分からないみたいだねぇ。一応あれも聖騎士としても司祭としても、そこそこいい方なのですが」


 エイデンさん、口をぱくぱくしていたけど、しょぼーんとして「嘘ですごめんなさい」とか言ってる。

 見た感じヴァルと同じ年ぐらいに見えるけど――いや一五〇歳に見えるとかじゃなく、外見的な。

 キリっとして立ってればカッコいいんだろうけど、おじいちゃんと一緒にいるとなんだか子供っぽく見える。


『最高司祭クラスでもなければ、分からぬと思うのであるよ』

「おそらくそうでしょうねぇ。まぁそこまで気に病むことはないかと思いますよ」

「そう、ですか」

「しかし聖女様。なぜあなた様はおひとりなのでしょうか? 他の勇者方はどちらに? 彼がゆう……しゃ?」


 エイデンさんがそう言ってヴァルを見る。

 で、ヴァルが噴き出しそうになって、慌てて首を左右に振った。


 あぁ、ここでも事情を説明しなきゃいけないのか。






「一国の王女ともあろうお方が、個人的な感情で召喚者を追放するとはなんて愚かな!」

「ふぉっふぉっふぉ。いやぁ、若いですなぁ。好きになるかどうかも分からない相手のために、そこまで出来るとは」

「笑っている場合ですか、おじいちゃん! 確かアルケパキス王国の姫は、光神の信徒ですたね。俺、抗議に行ってきますっ」


 ふぇ!?


「これこれ待ちなさい。こんな時間に行くのは、ご迷惑になるだろう」

「じゃあ明日行きます」


 そういう問題!?


「いや、あの――」

「明日でもダメだよエイデン。聖女様がアルケパキス王国の姫君に追放されたおかげで、わたしは父と母のことを知れたのだから」

「おじいちゃん……それ個人的なことじゃないですか」

「そうだねぇ。まぁわたしのことよりも、聖女様がどう思っているかが大事だよ」

「私、ですか? もちろん、捨てられて良かったと思ってます」


 そのおかげでヴァルやカットにも出会えたし、自由に行動も出来る。

 今回は温泉に入れなかったけど、行きたくなったら別の温泉地を目指すことだって出来るしね。


「あ、そうだ。この近くに温泉ってありませんか!?」

「温泉? あぁ、西の温泉が出なくなったという話でしたか――」


 周辺に他の温泉がないか聞こうとしたら、部屋の外でガシャガシャという音が聞こえてきた。

 扉がノックされ、エイデンさんが開ける。

 聞こえてきたのは「ベップゥ」「行方不明者が」とかなんとか。

 ベップゥって西の温泉の町だよね。


「教皇。光神の神殿から使いの者がこちらに」


 エイデンさん、さっきまで「おじいちゃん」って言ってたのに、急に教皇呼びになってる。

 何かあったの?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る