第66話:月の女神の教皇様
「こんな時刻にお呼び立てして、申し訳ない」
連れていかれた神殿の奥で待っていたのは、人の好さそうな笑みを浮かべたおじいちゃんだった。
教皇――というよりは、ただただ普通のおじいちゃんに見える。
確かに法衣を着ているけれど、派手でもないし豪華でもないし。
「あ、あのぉ……私、何かやらかしましたか?」
「ん? これエイデン。ちゃんと伝えたとおりの宿と部屋からお連れしたのだろうね」
「もちろん。緑の宿の二階、西から二番目の部屋。間違ってないですよ、おじいちゃん」
お、おじいちゃん!?
教皇相手におじいちゃん!?
「お前は時々、おっちょこちょいだからねぇ」
「ちぇっ。だったら他の者を使いに出せばよかったでしょう」
「何を言っているんだい。お前が行きたいと駄々をこねたのだろう。まったく……あぁ、これはわたしの孫でして」
「あ……ご家族だったんですね」
なんだぁ。本当のおじいちゃんだったのか。
いやそうじゃなくって、なんで私がここに連れてこられたの!?
「で、教皇なんて偉いお方が、こいつにいったい何の用だ?」
「うんうん」
「それはもちろん、聖女様にお会いしたかったのですよ」
……ん?
「せ、せいじょ……」
誰?
きょろきょろと周りを見ると、全員の視線が私に集中していた。
「だから諦めろって」
『受け入れるしかないのであるよ』
「嫌だぁーっ。キャラじゃない。絶対そういうキャラじゃないからぁ」
「ほっほっほ。聖女様はたいへんお元気なお嬢さんなようで」
おじいちゃん、楽しそう。いや教皇様か。
「実は先日ね、月の女神様がわたしの夢にお越しになってね」
まぁここは月の女神の神殿だし、教皇様が信仰しているのも月の女神なんだろうね。
とか思っていると、唐突に鳴った。
お腹が。
聞こえていないことを祈りたい。
「おや、もしや夕食がまだでしたか?」
祈りは届かなかった。
「飯を食おうと思ってた矢先だったからな」
「それは失礼をした。ちょうどよかった。わたしもまだでしたので。エイデン、わたしの部屋に食事を運んでくれるかい」
「それはいいですが、何人分?」
と、教皇のお孫さんはカットを見て言う。
『にゃっふ。吾輩であるか? もちろん、みんなと同じものをいただくのである』
「猫……」
『吾輩、猫ではなく――』
「エイデン、その子は幻獣のケットシーだよ」
『である』
教皇様、ケットシーを知ってるんだ。
エイデンさんと他の聖騎士の人たちが出て行くと、室内には教皇様と私たち三人だけが残った。
「さぁどうぞ。テーブルにおつきください」
「神殿の飯なんて、どうせ野菜しか入ってねぇんじゃないか」
『にゃふ……そこまで考えが及ばなかったであるな。吾輩だけ別メニューを頼んでもいいだろうか』
「たまには野菜をたっぷり食べなさいっ」
って言ったんだけど――
「うめぇ……」
『これはなかなか』
ヴァルとカットが喜ぶほどの料理。それは――
「肉……めっちゃ美味しい。って、いいんですか!?」
「んぐ。聖職者が肉を、ということかね?」
こくこくと頷くと、おじいちゃんに笑われた。
「だいぶ昔はそうだったようですが、昨今じゃ野菜ばかり食べている聖職者なんていやしませんよ。野菜、肉。バランスよく食べることが、健康の秘訣ですからね。ほっほっほ」
「毎日こんなうめぇもん食ってんのか」
『こんな料理が頂けるのであれば、吾輩、喜んで神殿に招待されるであるよ』
「俺も呼ばれてやってもいいぜ」
なんてチョロいんだろう、この肉食系どもは。
二人の前にあるのは、分厚いステーキ。
他にもサラダにスープ、パン、果物の盛り合わせとかあるんだけど、ガン無視。
こっそり二人の傍に取り分けたサラダを置くんだけど、まったく手をつけない。
「食え」
ずいっとサラダをヴァルの前に運ぶ。
「食ってるだろ」
とステーキを口に運ぶヴァル。
ぐぬぬ。
「まぁまぁ、聖女様。好きなものを好きなように食す。これも人生の喜びというものです」
『うむ。まったくもってその通りなのであるよ』
「ほっほっほ。いやぁ、それにしても運命とは、なかなかに面白いものですねぇ」
「運命、ですか?」
「えぇ。今日この日、女神様がわたしに聖女の訪問をお知らせくださったのですが、まさか懐かしい者との再会まで果たせるとは」
ん?
『にゃんと。月の女神がミユキ嬢の訪れを、予見していたのであるか』
「いえ、予見というより、ここへ向かっていることを知らせてくださったようなものです。わたしの夢に訪れたのは、三日前のことですので」
「しかしそうすると、俺たちの目的地がここだってことは女神が知っていたってことだな」
教皇様はにっこり笑って頷いた。
でも懐かしい者って、
私じゃないのは確かだよね。
だって私、召喚されて四カ月、五カ月ぐらい?
その間にこのおじいちゃんに会ったことなんてないし。
「それで、お話くださいますか?」
「話、ですか?」
「えぇ……わたしの父と母の話をです」
教皇様のお父さんと、お母さん?
柔らかい笑みを浮かべたおじいちゃん。
この人のお父さんと、お母さん……。
「あっ」
『にゃるほど。そういうことであるか』
こくりと頷き、おじいちゃんが立ち上がる。
それから私に会釈をして、自己紹介をしてくれた。
「わたしの名はライウォル。父の名はライリー。そして母の名はフィレイヤといいます」
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