第65話:お呼び出し

「うわぁぁ」


 峠から見えたのは大きな町。

 町を囲む壁は、たぶん正五角形。


「角際に建ってる大きな建物が?」

『にゃふ。大神殿であるよ』

「おおぉぉぉ」


 こっから見ると、まるで絵画を見ているみたい。

 

「のんびりしていないで、さっさと行くぞ。近くに見えているようで、あそこまでまだ四、五時間かかるんだからな」

「はーい。今からだと到着するのは夕方かなぁ」

『今日中に町の中へ入るのは、無理であるなぁ』

「え、なんで?」


 町まで行って中に入れないって、どういうこと?


「聖都の門は五つ。だが外から入るために通れる門は一つなんだよ」

『聖都の神殿には複数の高司祭、そして教皇がいるのである。邪教徒どもは、彼らの存在が邪魔であるからして――』

「そういった人を中に入れさせないため、ちゃんと調べてからってこと?」

「ってことだ。それに五神の神殿がある聖都だから巡礼者も多い。入口が一つしかねぇから、普通に列が出来てんのさ」


 順番待ちってことね。

 まぁそういうことなら仕方ないか。


 夕方、辺りが暗くなり始めた頃にようやく聖都の門まで到着したんだけど……。


「門の外にも建物がある」

「夜には門が閉ざされるからな。順番待ちしてる連中が寝泊まりするための宿があるんだよ」

『今夜は吾輩らも宿に泊まるとしよう』


 とカットは言うけど、何故か門前の列に並んでいる。

 あ、整理券配ってるんだ。その番号順に明日、町に入るための案内を受けるってことね。


 受け取った整理券番号は――


「三八九……しかもそれ、一グループごとに渡してたから、人数で言うともっと多いよね」

「昼前には入れるだろ。たぶん」


 たぶんって言ったよ、今。

 つまりお昼までに入れない可能性もありってこと……長い。

 でもまぁいいか。急ぐ訳でもないし。


 整理券の番号に合せて、泊まる宿も決まっている。

 どこの宿も同じランクだから、気にしなくていいらしい。

 単に明日の朝並ぶ位置が、泊まる宿から近くなるようにってだけ。


 ただ――


「ベッド一つしかない!?」

「三人以上じゃねえと、大部屋は割り当てられないんだとさ」

「でもベッド一つ!?」


 一緒に……ヴァルと一緒に寝るってこ……い、いっしょ……。


「お前、どっちで寝るんだ?」

「え、ど、どっち?」


 ベッドは一つ……寝るのは二人。

 二人で一つのベッド……。右側か左側ってこと?


 え、や、それはいかんでしょ?

 いくらベッドが一つだからって、それは……でも床で寝てなんて言えないし、私が床で寝る?

 

「おい、どうするんだ」

「や、待って。あの、私が床で寝るから。うん、それでいい」

「は? お前はいったい何の話をしているんだ」

「だ、だからその……い、いくら相棒だからって、同じベッドなのは……」

「なっ。お、おな、同じ!?」


 ひぃーっ。なんで真っ赤になるんだよ。こっちまで恥ずかしいじゃん!


『にゃふぅ。二人とも、話が噛み合ってないのであるよ。小僧、伝えるべきことは省略せず、しっかり全部伝えるのである』

「は? 全部って、ただたんに宿のベッドか、部屋・・のベッド、どっちを使うかって聞いただけだろ」

『隠し部屋とちゃんと伝えないと、まったく別のことを考えているであろう』


 へ?

 隠し……あ。


「あはー、そ、そうか。隠し部屋を使えばいいんだよね。うん、なるほどぉ」

「は、初めからそう言ってるだろっ。いくらガキ相手でも、同じベッドで寝るなんて真似はしねぇぞ」

「ガ、ガキ!? 私、ガキじゃないもんっ」

「はっ。だったら大人だとでも言いたいのか? 冗談だよな」

「ムキィーッ! じゃあヴァルは、大人の女だったら一緒に寝るってこと? え? なにそれすけべぇ」

「なっ。おまっ、俺がそんな不埒な真似、する訳ねぇだろうっ」

「えぇー、どうかなぁ。ねぇ、カット――ん?」


 いつの間にかカットは、部屋の壁に扉を召喚してあっちの部屋・・へと入って行った。

 そしてパタンと扉が閉まる。


 え……今この状況で二人っきりにさせられるの?


 ちらっと視線をヴァルの方に向けると、顔を赤くしているのが見える。

 そんな顔されたら、やっぱりこっちまで恥ずかしいんですけどぉ!


「わ、私、あっちの部屋使うっ」


 慌てて壁際に寄って扉を召喚。


「――ヴォルフのくそったれぇ」


 現れた扉を開いて、逃げるように飛び込んだ。

 そしてすぐに閉めて、その場に座り込む。


『若いであるなぁ』

「カットぉ。もうなんでひとりで行くかなぁ」

『にゃっふっふ。さ、お茶でも飲んでゆっくりするであるよ』

「うん」


 紅茶、それにクッキーが出てきた。

 カットはお菓子作りが得意で、いつもお茶の時には何かしら出てくる。


「思ってたんだけどさ、こういうのいつ作ってるの?」

『ミユキ嬢が寝ている時であるよ。明け方とか』

「えぇ!? 全然気づかなかったぁ」

『まぁ起こさないよう、消音魔法を使っているのであるからして。それでも小僧は気づいておるが』


 ぐっすり寝てるのは私だけかい。


『吾輩、明日は買い物に出かけるのである』

「買い物?」

『うむ。このクッキーでちょうど、小麦と卵を切らしたのである。まぁ計算通りであったが』


 聖都に到着するまでの日数から計算して、その間に作るお菓子に必要な材料をピッタリ買ってたってこと?

 確かに町や村に寄った時、たまにひとりでふら~っといなくなってたっけ。


『ミユキ嬢が寄り道して、タダ働きするのも計算のうちであったにゃ』

「ど、どこにもよらないで真っすぐ聖都に向かう可能性だってあったじゃん」

『いにゃいにゃ。ミユキ嬢はライリーやフィレイヤと同種の人間である。やたらと人助けをしたがる性質であろう』

「や、やりたくてやってるんじゃないよ。たまたま困ってる人がいて、何とか出来そうだからやってるだけだし」

『にゃふっふ』


 ひ、人助けしたいとかじゃないもん。

 出来るからやってるだけなんだから。


 目を細めて紅茶を飲むカットが、耳をピクピクと動かした後に億劫そうな顔をした。


『小僧が呼んでいるようであるな』

「え、ヴァルが?」


 扉を召喚出来るのは、カットと私だけ。

 だから閉じてしまうと、ヴァルがひとりでここに来ることは出来ない。

 ヴァルが合言葉を唱えても、扉は現れないから。

 でもカットにはヴァルの声が聞こえるようだ。


 カットが扉を開くと、その向こうにヴァルが立っていた。


「客だ」

『客?』

「お前にじゃなく……」

「え、私?」


 ヴァルは頷いて、それから宿の部屋の扉を開いた。

 そこにいたのは、どことなく見覚えのある鎧――あ、ライリーさんのに似てる?


「え、あ、え? 先ほどはいなかったのに」

「いろいろあるんだ。詮索はしないでくれ」

「しょ、承知しました。自分は月の神殿に所属する聖騎士で、エイデンと申します。教皇様の命で、お迎えにあがりました」

「え、きょうこう……え?」


 教皇って聖職者の中では一番偉い人のことだよね?

 え……ええぇぇー!?

 教皇に呼びつけられるとか、私なんかしましたぁー!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る