第64話:温泉!

「野菜、ありがとうございます」

「こっちこそ、本当にありがとうねぇ」


 迷宮都市を出発して早一カ月。

 温泉地までもう間もなくの距離までやって来た。


「これで四、五日は野菜をたっぷり食べられるねぇ」

「俺は肉があればそれで――」

「野菜食おうね! 野菜!」


 ……返事しねーし!

 カットもしれっと視線逸らしてるし!


 くっ。この肉食どもめっ。


 旅はすこぶる快適。

 そりゃもう、ベッドとお風呂があるんだから言うことなしだよ。


 とはいえ、食料は定期的に調達しなければならない。

 で、町や村に立ち寄って買い物をするんだけど、そのついでにモンスターの討伐依頼を受けることもしばしば。

 そんな訳で、温泉地までの道のりは予定より少し遅れ気味になっていた。


「はぁ……まぁたタダ働きさせられたな」

「タダじゃないよ。野菜貰ったもん」

「ほとんどタダだろうが」


 お金には困ってないし、ヴァルだって拒否はしてないんだからいいじゃん。


『タダ働きもよいのであるが、たまにはギルドの依頼を受けた方がよいのではないか?』

「ん?」

『冒険者ランクを維持するための依頼を受ける必要があるであろう、小僧のほうは。ミユキ嬢にしても、ある程度の依頼をこなさねば登録をはく奪されるのであるよ』

「そのことか。よく知ってたね、カット」

『心配であったから、迷宮都市の冒険者ギルドで確認したのであるよ』


 やぁ、なんか保護者みたいだねぇ。


『以前リヒトと聖都に訪れた時に、かの都にも冒険者ギルドがあったのである。そこで依頼を受けることをお勧めするであるよ』

「ランク維持の依頼を受けて、まだ四カ月も経ってねぇ。そんな焦らなくてもいいだろう」

「そんで気づいたら一年過ぎてたんだよね?」

「……明日には温泉の町に着くんじゃないか?」


 話逸らしたぁ。


 ヴァルが精霊だと知らされてからも、どうにも『精霊』として見れてない。

 冒険者になって初めて入った森で聞いた精霊の言葉はたどたどしくて、感情の起伏も感じられないものだった。

 それに引き換えヴァルは、普通に会話している。

 まぁ無表情なのも多いけど、どちらかというとクール系なのかな。

 

 フェンリルは他の精霊と違う。

 別の、肉体を持つ種族と融合したことで、他の精霊とは異なる存在になった。

 そういうのも関係しているのかな?


 とにかくヴァルは……。


「難しい顔をしてどうした? 早く温泉に入りたいって、毎日のように言ってただろう」

「え? うん、温泉めちゃくちゃ入りたいよ」

「じゃあなんだ?」

「あー……うん、ヴァルはヴァルだなって思って」

「……は?」

「明日は温泉だー! 温泉満喫するぞぉ。露天風呂とかあるかなぁ」


 お肌つるつるんとか、冷え性に効くとかの効能だといいなぁ。

 温泉饅頭とかあるのかな!


『にゃっふっふ』

「くそ、笑うな」

「ん? どうしたの、早く行こうよ二人とも」

『うむ。また寄り道しないうちに行くのである』


 温泉、温泉♪

 おばあちゃんが生きてるうちは、おじいちゃんと三人で何度か旅行いったっけなぁ。

 へへ、楽しみぃ。






 ――にしていたのに。

 

「それがねぇ、二カ月前から温泉が出なくなってしまってねぇ」

「うえええぇぇーっ。な、なんで!?」


 温泉の町ベップゥ。

 聖都へ向かう巡礼者が長旅の疲れを癒す町として知られている――ってのに、温泉が出ないってどういうこと!


『源泉が枯れてしまったであるか?』

「まぁ!? ねこちゃんが喋ったっ」

『吾輩は……』

「もう温泉に入れないの? せっかく来たのにぃ」

「源泉はここから北の山の中にあるんだけど、そこに入るにはご領主様の許可がいるんだよ」


 宿のおばさんの話し方からすると、許可が下りないってことだよなぁ。

 はぁ……温泉……入りたかった。


「まぁ諦めろ」

『こればかりは仕方ないのである』

「うぅうぅぅ」

「だいたいあんな鼻が曲がりそうな臭い湯の、どこがいいんだ」

『まったくである』


 こんな時だけ仲いいな!

 カットはお風呂を嫌っている。さすが猫。

 ヴァルは嫌いじゃないけど、面倒くさいとは思ってそう。

 そして嗅覚に優れているから、温泉のニオイは嫌い――と。

 

 はぁぁ。

 でもどうして急に温泉出なくなったんだろう。


「はっ。もしかして……」

「余計な事考えるな」

「領主が温泉を独り占めするために、堰き止めてるんじゃ!」

『もしそうだとしても、どうにも出来ぬであるよ。源泉が領主の領地内にあるなら、それは領主の物なのである。人間の社会とは、そういうものであるのだから』


 ぐぬうぅぅぅぅっ。

 いいものはみんなで分け合ってこそ、価値があるのに!

 温泉!

 おんせぇーん!


 その日は温泉を満喫することは出来なかったけど、久しぶりに宿に泊まって大きなお風呂に入った。

 樽もいいけど、やっぱり足を延ばせる浴槽もいいなぁ。


 翌日、聖都へ向けて出発。


「あぁあ~。一週間ぐらい、温泉でゆっくりしたかったのになぁ」

「風呂ならなんだっていいだろう」

「温泉とただのお湯は違うんだからね!」

『さぁさぁ、気持ちを切り替えるであるよ。出ないものは出ない。仕方ないのである』


 くっそぉ。

 ぜーったい領主が独り占めしてるんだよ。


 北の山って言ってたよね。

 北――北――


「北の山!」

「そっちは南だ」

『ミユキ嬢、お主は絶対にひとりになってはならぬであるよ』

「あっちか! ――あれ?」


 そんなに高くもない山が二つ三つ並んでいる中に、もやぁっと黒い靄が――

 ん?

 消えた?


 目をごしごしと擦ってもう一度見てみたけど、何もない。

 気のせい、かな?


「行くぞ」

「あ、うん。ねぇ、黒い靄って、その辺で湧いたりするもの?」

「瘴気か? まぁ時期が時期だからな。少なからず、漂っていたりするさ。この辺りにはないようだけどな」


 ないのか。

 そっか。気のせい、かな。




******************

町の名前考えるのクソ面倒くさいんです。

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