第63話:氷狼
「ふふんふんふ~ん。"絹のごとき艶やかさを"」
迷宮都市で購入した、普通のシャンプーとトリートメント。
これにリヒトさんの魔法書にあった、艶効果をアップさせる魔法を付与する。
シャンプーにも付与出来るから、ダブルで効果!
香りの方も消したりつけたり出来るから、その日の気分で変えられる。
まぁ香りのエキスが必要になるんだけど。
でもほんの一滴垂らすだけで、あとは魔法で香りの強さを調整出来るんだから凄いよね!
「リヒトさん、天才!」
『ま、まぁ、リヒトは賢い人間であったが……にゃあぁ』
「シャンプー賢者か」
『言うな小僧』
剣の手入れをしていたヴァルの頭を、カットが杖で小突く。
ヴァルが睨みつけるけど、それ以上手出しはしない。
なんだかんだと仲良くなってきてるのかな。
『それにしても小僧。その剣、ずいぶん使い込んでいるようであるな。刃こぼれもしておるぞ』
「あぁ。そろそろ買い替え時だな」
二本の短剣は、同じデザインのもの。
全体的に黒っぽいのが、ヴァルに凄く似合ってる。
ちょっと悪役が使いそうなデザインとも言えるけど、それは黙っておこうっと。
「どのくらい使ってたの?」
「あぁ、そうだな……ご……」
ヴァルは少し考えてから、言いかけてやめた。
「五年?」
『にゃっふっふ。五〇年、であるな』
「五〇年!? え、待って。ヴァルって……二十代ぐらい、じゃ?」
『にゃっにゃっにゃっ。ミユキ嬢、忘れているであるよ。こやつは人間ではない』
……あ。
「そうだった。へへへ、見た目通りの年齢じゃないんだね。でもカットはヴァルのこと子供扱いしてるから、カットよりは――」
『もちろん。吾輩から見れば、よちよち歩きの子犬であるな』
「おい、だったらてめぇはよぼよぼのじーさんだろうが」
『失敬な。吾輩はまだ六二七歳と二一九日二時間三六分五〇秒である。ケットシー族の中では比較的若い方なのであるぞ』
ろっぴゃく……ん? 時間? 歳?
え?
ええぇぇーっ!?
『驚くのも無理はないであるが、幻獣は等しく、人間よりも遥かに長い時間を生きておる。吾輩らにとっては、これが普通なのである』
「そ……か。普通なんだね」
『うむ。まぁそうであるな、人間の年齢で例えるなら、三〇歳を少し過ぎたぐらいであろうか』
中年!?
じゃ、ヴァルは……。
「おい、俺を見るなっ。俺はまだひゃ――……一五〇……ぐらいだ」
カットは六〇〇歳を超えてて、ヴァルは一五〇歳ぐらい。
確かに――
「若いんだ」
「は?」
『にゃっはっはっは。まぁ本来であれば、精霊に年齢の概念などないのであるがな』
「え?」
「おい、猫っ」
抗議しようとするヴァルを制して、カットは話を続ける。
『精霊の中でフェンリルだけが、肉体を持つ――というのは聞いたであるか?』
そういえば、そんな話聞いたっけ。
『大昔、神々の大戦時期にこの世界と精霊界の門が閉ざされた時期があったのである』
「門?」
「精霊はこことは違う、精霊界に存在している。その門を通じて精霊はこっちの世界を行き来するんだ」
『うむ。だが門が閉ざされれば、来ることも出来ぬが帰ることも出来なくなるのであるよ』
行き場を失った精霊は、門が開かれるまで自らの属性に適した場所に身を隠した。
そうしなければ力を失い、存在が消えてなくなるから。
だけど氷の精霊フェンリルは――
『灼熱の砂漠に召喚されたせいで、身を隠す場所もなかったのであるよ』
「そんな……でも――」
今、ヴァルはここにいる。
どうやって危機を乗り越えたんだろう?
「言っとくが、俺はその時、まだ生まれてなかったからな」
「あ、そっか。六〇〇年以上生きてるカットが、昔々って言うぐらいだもんね」
何千年も昔の話なんだろうな。
『にゃふ。今にも消滅しそうであったフェンリルは、同じ砂漠で滅びようとする狼の群れに出会ったのである。それが銀狼族。神の戦士と共に戦うため創造された獣』
「普通の狼じゃないってこと?」
『うむ。邪悪な神は銀狼族に対抗するべく、竜を僕として創った。となれば、善き神々も同じように竜を創る』
「要はお払い箱になったってことだ。消滅しようとするフェンリルと、滅びようとしている銀狼族。お互い生き残るために、手を組んだって訳だ」
『フェンリルは銀狼族を依り代に。銀狼族は氷の精霊の力を手に入れる。そうして氷狼フェンリルは誕生したのであるよ』
その砂漠は今、極寒の大地に変貌しているという。
ヴァルの故郷でもあり、氷狼フェンリルの住まう大地。
『肉体を得て存在し続けるフェンリルであるが、肉体を得たことで時間と、そして死の概念が付きまとうことにはなったであるがな』
「死? でも、生きてる限り誰だっていつかは死んじゃうし」
『そうであるな。だが精霊は違うのであるよ』
カットがティーカップを用意して、お茶を入れてくれる。
『ミユキ嬢。肉体を真っ二つにされたら、どうなるであるか?』
「いや、死ぬから」
『そうであるな。だが精霊は死ぬことはないのである。例えばこの紅茶。ポットのお茶を半分だけカップに注いでも、紅茶は死んではいないのであるよ』
「そりゃあ、液体だし」
ポットの中の紅茶も、カップの中の紅茶も、同じ紅茶。
それは変わらない。
「精霊も同じだ。肉体がないんだから、傷つけることも出来ない。魔力を使った攻撃でのみダメージを与えられるが、消えたとしても精霊界に戻るだけなんだよ」
『フェンリルはそれが出来なくなった。肉体を得たので、物理的な攻撃も利くし、深手を負えば死ぬ』
「じゃ、フェンリルは銀狼と一つになったことで、結局ほろ――」
滅んじゃうなんてヴァルの前で言っちゃダメじゃん!
『にゃっふっふ。フェンリルは肉体を得たことで、はんしょ「あぁぁーっああぁぁーっ」である』
「ん?」
「そ、そろそろ樽風呂の湯が沸くころだ」
『にゃっふっふ。レディーファーストである。ミユキ嬢、小僧は吾輩が見張っておくから安心して入って来るであるよ』
「は? 見張られてなきゃならねぇようなことは何もないからなっ」
「はいはい、分かってますよー。今日はどの香りにするかなぁ」
リヒトさんの隠し部屋は、1LDK。
ここにカットが新しく、お風呂の空間を増設してくれた。
ちゃーんと排水機能も備えたお風呂場には、お酒を入れるような樽が大小一つずつ置いてある。
シャワーはない。
小さな樽に入ったお湯は、体や髪を洗う流すため用。
樽風呂は足を延ばせないけど、すっぽりと包まれるような感じがなかなかいい。
温泉地までは徒歩で二十日ぐらい。そこから五日ぐらいで聖都に着くって言ってた。
ふっ。
前回と違って毎晩ベッドで眠れるし、お風呂にも入れる。
なんてステキな旅だろう!
カットはなんて言ったんだろう。
ヴァルが大きな声出すから、聞こえなかったじゃん。
もうっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます