第62話:エピローグ――カット

『それでお主、もう一つの方は明かさぬのか?』

「なっ。なんのことだ」

『ふむ。黒い理由である』

「くっ。な、なんでてめぇ、そのことを」

『にゃっふっふ』


 小僧の毛並みが黒いのは、ダークエルフの血が混ざっておるからだ。

 その程度のこと、吾輩であれば簡単に見抜ける。


『不安か?』

「……別に」

『にゃっふ。ならば明かせばよいだろう』

「簡単に言ってくれる」

『明かせば捨てられる。そう思っているのであるな』


 異種族との混血は、この世界ではあまり好ましく思われていないである。

 しかも片方が邪神に組した種族とあれば、忌み嫌われるのも致し方のないこと。

 だが――


『お主にとってミユキ嬢は、自我を失わずこの数年を生きていくのに必要な存在であろう』


 瘴気すら糧とするダークエルフと、その瘴気によって狂える存在となる精霊。

 この二つの性質を持つ小僧は、邪神の封印が弱まるごとに自我を保てなくなる。

 ミユキ嬢はまったく気づいておらぬようだが、彼女は存在自体が浄化装置のようなもの。

 そのミユキ嬢の傍にいれば、小僧も自我を保つことも出来るのである。


『それとも小僧。ミユキ嬢が真実を知ったら、お主を捨てる――と思っているであるか?』

「あいつはそんな奴じゃねぇっ」

『だったら何を恐れる必要があるか』

「くっ……」


 にゃふぅ。

 まったく、お子様であるなぁ。


「ねぇ、二人で何話してるか分かんないけど、こっち手伝ってよぉ」

『……ミユキ嬢、本気で風呂を作るつもりであるか』

「当たり前じゃん!」


 聖都を目指すと言ってから、そのまま大型雑貨店を梯子して何を探しているのかと思えば……。


「こんなデカい浴槽なんか買わなくたって、樽でいいだろう」

「樽風呂かぁ、それもいいなぁ」


 リヒト……お主の秘密の部屋が、秘密の風呂に作り替えられそうである。


「ねぇカット。あの部屋って、水は持ち込みなの?」

『蛇口から……出るであるよ』

「お湯は!?」

『直接は出ないのである。お茶を出すときには、竈で沸かしているであるからして』

「じゃあやっぱりお風呂のお湯も沸かさなきゃダメか。どうやって沸かそう」


 にゃふぅ……仕方ないであるな。


『水を張った浴槽に、熱を込めた魔石を放り込んでおけば湯になるであるよ』

「魔石……あぁぁ。スタンピードの報酬で、魔石いっぱい貰ったんだったぁぁぁ」

「貰ったっていうか、お前、その場で辞退したじゃねえか。火事で焼失した家屋の再建に使ってくれって」

『にゃっふっふ。心配せずとも、魔石なら大量に蓄えてある。魔石は魔術を使うものにとって、大事なアイテムであるからな』

「大事?」

『にゃふ。質のいい魔石は、魔力の保管庫として使えるのである』


 魔石に魔力を蓄えておけば、いざという時に砕いて魔力を補充することが出来る。

 ポーションに比べて吸収率もよいし、何より魔石のサイズや質によってはひとつで全回復出来るのである。

 ミユキ嬢にも必要になってくるであろう。


 そのミユキ嬢は何やら考えているようで、表情がころころと変わっていく。

 何かいいことでも浮かんだのか、にんまりと笑って聞きなれないことがを口にした。


「シャンプーとトリートメント、たっくさん買えるかもぉ」

『しゃんぷーとりーとめんと? なんであるか、それは』

「あ、洗髪料だよ。あと髪をさらさらつやつやにするヤツ。魔法付与されたものが欲しいんだけど、高いんだよねぇ。それに匂いが強いし」


 あぁ、人族が髪を洗うのに使っているアレであるな。

 吾輩には不要なものであるが、人族種は行水だけでは綺麗にならぬからにゃぁ。 


『洗髪剤と艶出し剤であれば、主が開発した魔法があったであるな』

「「え?」」


 私とヴァルが顔を見合わせる。


「リヒトさんが開発したの!?」

「あの野郎が!?」

『主には想い人がいたである。それはそれは美しい髪の持ち主だったであるよ』


 その女性が病に伏した時、頻繁に髪を洗えぬから傷んでしまったと嘆いていて……それで艶が持続する魔法をと、開発したのであったな。

 何度も試行錯誤をして、香りも自在に変えられるものを開発したであるが。

 結局、主の想い人は長くは生きられなかった。


 リヒト。

 あの世で想い人と再会できたであるか?


「ね、ねっカット、あとでその魔導書見せて! ヴァル、樽買って来るから運ぶの手伝って!」

「はぁ……」

『にゃふっふ。探しておくであるよ』


 リヒト。

 まさかお主と同じことを考える者と出会うとは思わなかったのである。

 吾輩とお主が初めて出会ったあの日。

 まだ子供であったお主と同じ――



 ――カット。カットなんてどうだい?

 ――にゃ?

 ――伯爵という意味のカウント、それにケットシー。合わせて短くしたような名前なんだけど、どうかな?

 ――なんだか安直なのである。

 ――そう? 君は時間を切り取る能力がある。そういう意味でも、ピッタリだと思うんだけどな。



 にゃふふ。

 ま、リヒトの方が少しだけ賢かったであるが。





*******************

これにて2章終わりです。

カットの名前がアレなことを知って急遽、名前を変更しました。

元々、リヒトと美雪が付けた名前が同一だったというオチは

用意していたのですが

私の中のケットシーは時間をわずかに止める能力持ちという

設定になっておりまして。

その設定に対してこの名前は、なかなかいい感じに

命名出来たと。

なのでアレな名前を指摘して貰えてよかったなぁと

2つの意味で思っております。



しかしなんでみなさん、アレな意味を知ってるのよ!

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