第61話:次なる場所

「そりゃあもう、聖女様のおかげさ」

「あぁ。ありゃあ凄かったなぁ」


 スタンピードから三日。

 迷宮都市は今日も朝から賑わっている。


「いやぁ、聖女様のブレッシングってのは、何時間も効果が持続するんだなぁ」

「おかげでちょろっと上って来たモンスターどもも、ワンパンだったぜ」

「わしの若い頃でも、あんなに力がみなぎってはいなかったなぁ」


 お昼を食べるためにやって来た食堂で、そんな会話を耳にする。

 いや、どこに行っても似たような会話で溢れかえっていた。


「そんなバナナ」

「は? ばなな?」

『南国の果物であるな。吾輩は見たことがないが』

「ねぇ、何時間も効果が持つってあり得る? あり得ないよね? それに私、町の人にブレッシングとかしてないし」


 小声でそう言うと、ヴァルもカットも私をじーっと見返すだけ。


「無自覚か」

『塔に登る際、祈ったであろう?』

「祈る? ……ん?」

「『はぁ……』」


 ちょっ。ため息吐く人が増えてるじゃん!


『神聖魔法とは、祈ることで神の力を具現化させるもの』

「お前が祈ったからブレッシングが発動したんだろうが」

「あぐ」


 ヴァルにぐわしと頭を掴まれ、軽く揺さぶられる。


「いやでも何時間も効果がって」

『ミユキ嬢はもう少し自分というものを理解した方がいいであるな』

「変な奴らに目を付けられねぇためにもな」

「ぐぬうぅ」


 なんだ、仲いいじゃん。


 スタンピードでの被害は、塔の一階にあったギルドの出張所が破壊されただけ。

 まぁそれはそれで、職員が泣いてたんだけど。

 

 町の人はもちろん、塔の中で戦っていた冒険者もみんな無事。

 それにはあの、勇者一行の大活躍もあった。


「聞いた話だと、九〇階から五〇階までのモンスターをたった五人で食い止めていたらしいな」

「おう。どうやら異世界から来た勇者一行だってな」


 と、たった五人で九〇階から五〇階までのモンスターを引き受けてくれたみたい。

 一匹も漏らすことなく防衛してくれたおかげで、以下の階層にいた冒険者の負担がぐっと減った。


 そしてここで、クスっとさせる内容がある。


「勇者一行が五人、ねぇ」

「あはは。完全にあの人も異世界人扱いされてるね」

『あの人とは?』


 食堂を出て歩きながら、あの人のことをカットに話した。

 私をぽい捨てした、あのお姫様のことを。


『はぁ……人間の雌とは、よく分からぬ生き物であるな。この世界を救うことと恋愛することを天秤にかけるとは』

「まったくだ」

『まぁおかげで吾輩はこうしてここにいる訳だから、感謝するべきと言えるであるかな』

「だね」

「おーい」


 ん、あれって――


「翔、さん?」

「うんうん。久しぶりぃ」


 人懐っこい笑みを浮かべて、同じ異世界人の翔さんがやって来た。傍には大柄な慎吾さんだっけ? も一緒だ。


「わっ。猫だぁ」

『吾輩は猫ではない』

「喋った! シンゴくん、猫が喋ったよ!!」

『だから……にゃあぁ』

「おいカケル、困ってるから止めて差し上げろ」


 カケルさん、カットの手をもみもみしてる。

 肉球気持ちいいよね!


「二人はお出かけ?」

「うん。明日には町を出て、今度は北に向かうんだ」

「北かぁ。寒そうだねぇ」

「そうなんだよぉ。この辺りもすっかり冷え込んできたのにさぁ、もっと寒い地方に行くんだよぉ」

「それで防寒着やら、必要な物を買い揃えておこうと思ってな。君たちはまだ滞在するのかい?」


 んー、どうしよう。

 リヒトさんの隠し部屋に行くのが目的だったけど、それも達成しちゃったしなぁ。

 魔導書の持ち出しもする必要がない。

 だって扉は壁さえあれば、いつでもどこでも召喚出来るから。


 あ……。


「カット! もしかしてあの部屋があれば、野宿の必要もなくなるんじゃ!!」

『にゃっふっふ。今ごろ気づいたであるか。だからあの部屋にはベッドも、そして厨房も備え付けられているのである』

「お風呂は!?」

『おふ……いや、それは……』

「なんでえぇぇーっ!」

「あっはっは。女の子にとっては大事だよねぇ。ボクもお風呂好きぃ」


 リヒトさん、なんでお風呂作ってくれなかったの!

 これは、お風呂を作るしかないな。


「勇者一行が北に向かうなら、俺らは南に行くか?」

「南?」

『バナナが食べられるのである』


 いや、バナナはもういいんだってば。


「ボクは東に行きたかったんだけどなぁ」

「まだ言ってんのか」

「だって東には聖都があるんだよ! 司祭であるボクなら、聖都に行きたいと思うのは必然でしょ」

「聖都?」

「いや、こいつは温泉に行きたいだけだから。聖都の近くに温泉地があるらしいんだよ」


 お、温泉!

 うおおぉぉ、行きたい。行きたい行きたい。


「やれやれ……こっちの目的地が決まったみたいだな」

『バナナはまたの機会であるな』

「えぇー、いいなぁ温泉。北にもないかなぁ」

「旅行じゃねぇって。ユズルの武器探しだろう」

「え、武器ないんですか?」

「いや、また折ったんだよ。あいつに会う武器がなかなか見つからなくって、なんでも相性がよくないとポキポキ折れちまうんだと」


 へぇ、そういうものなんだ。

 チラっとヴァルを見ると、そうだと言わんばかりに頷いてた。


「じゃ、オレたち行くよ」

「ミユキちゃん、元気でね。何か相談したいことあったら、ボクをお兄ちゃんだと思って頼ってね」

「あはは。うん、ありがとう」


 お兄ちゃん……に見えないんだけどね。

 むしろ弟。


 二人に手を振って別れると、私たちも歩き出す。


「ね、聖都ってどんなとこ?」

『聖都は五大神の大神殿がある巨大な都市である』

「神殿があるってだけで、国ではない。だがどの国も介入することが出来ねぇってのもある」


 神殿で成り立ってる町ってことか。

 神殿……そうだ。


 鞄から聖典を取り出す。

 月が描かれた聖典。


『にゃふ。それはフィレイヤの聖典であるな』

「え、知ってるの?」

『にゃあ。ライリーとフィレイヤは、主の数少ない友であるからして』

「そっか。じゃ、ブォルフさんは?」

『悪友』


 即答だし。


『だがよい悪友であった』


 とカットはぽつりと漏らす。

 その顔はどこか優し気に見えた。


『おぉ、そういえば。ライリーとフィレイヤには、息子がひとりいたであるな』


 二人の子……見た!

 記憶の中で見たよ、男の子!

 

「つったって、何十年も前だろう。生きてたとしても、よぼよぼのじーさんだぞ」

『うむ。あれから七八年と二六九日、一三時間よん――』

「あぁぁ、七八年前ね。うん、分かった」


 もうカットってば、何時間何分何十秒まで説明しなくていいのに。


「カットが知ってる、二人の息子さんって何歳だったの?」

『四歳であったな。つまり生きていれば八二歳である』


 八二かぁ。

 でも生きてる可能性はあるし、そのお子さんとかお孫さんがいるかもしれない。


「で、その息子と聖都に、なんの関係があるんだ」

『うむ。二人が鉱山に向かう際、息子殿は聖都に預けられたであるよ。二人は聖都の司祭と聖騎士であったからな』

「じゃ、もしかして聖都にいるかもってこと?」

『聖職者になっているのであれば、そうであろうな。生きていなくとも、その家族がいるやもしれぬであるよ』

「だよね! だよね! よし、それじゃー」


 温泉。

 聖都。


「東に向けて出発しよう!」

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