第60話:少し前の勇者一行

 ――時間は少し遡って、スタンピード絶賛開催中の塔五〇階。



「団体様、おなぁーりぃー」

「"紅蓮の炎、灼熱の海――全てを飲み込み、全てを灰と化せ"」


 トーヤの呪文が完成すると、壁を塞ぐ形で立っていた弦と慎吾の二人が左右にステップを踏む。

 空いた空間に放たれたのは炎は、階段を駆け下りて来た無数のモンスターを包んだ。

 一瞬にして黒焦げとなり、灰のように四散するモンスターたち。


 仕事を終えたトーヤは迷宮には似つかわしくないソファーに腰を下ろし、一息を付く。


「トーヤ様、相変わらず素晴らしい魔法の腕前ですわ」

「……はぁ」


 イグリットがすかさずお茶を差し出す。

 貴族の令嬢たるもの、お茶のひとつも入れられなくては嫁にはいけぬ。

 それは一国の姫とて同じようだ。


 ティーテーブルもソファーも、全てイグリットが用意したものだ。

 用意というか、持ち歩いている大容量のマジックバッグに入れているものだ。

 それを彼女は『ティーセット』と呼んでいる。

 ティーセットにしてはずいぶんと大きすぎるサイズであるが。


 がしかし、そもそも何故ティーテーブルやソファーを用意しているのか。


 お茶がしたい――訳ではない。


 スタンピードがどういうものなのか、幸薄家臣のセイゲルから聞かされていた。

 延々と続くモンスターの大行進。

 その大行進を防衛するために必要なのは、ズバリ、体力だ。

 魔術師や司祭であれば魔力と言ってもいい。


 勇者一行に快適な休憩を取って貰うために、イグリットが用意したのがこれだった。


 彼らは単独でこの五〇階の防衛に当たっている。

 最前線に向かわなかったのは、イグリットを美雪に合せないようにするためという、彼らなりの気づかいだ。

 それに、「大丈夫だろう」という確信もあったからだろう。


 しかし、九五階と九〇階にも冒険者はいるが、そこからこの五〇階までは防衛を担う者は誰もいない。

 ある意味、ここが一番の激戦区だ。

 そんな場所を防衛するのは、たったの六人。


「トーヤ様、そろそろです」

「セイゲルっ。トーヤ様はお疲れなのですよ。もう少しお待ちなさいっ」

「しかしそうなると、ユズル様やシンゴ様のご負担が」

「セイゲル、あなたの魔力をトーヤ様に差し出しなさいっ」

「まぁそうなりますよね……」


 公爵家の次男にしてイグリット姫の側近であるセイゲルには、剣や魔法の才能がなかった。

 が、彼は特異体質の持ち主でもある。


 それは――やたらと魔力の回復速度が速いということ。


 人には最低限の魔力が誰にも備わっている。

 セイゲルは人並みよりほんの少し多いが、魔法が使えるというほどでもない。

 だがどんなに魔力を消耗しても、直ぐに回復するのだ。

 故に、イグリットが魔力を消耗しすぎた際には、彼が魔力を譲渡する――ということで、イグリットの魔法修行を手助けしていた。


 自身の魔力を他者に譲渡する。

 その効果を持つマジックアイテムである指輪を使い、セイゲルはトーヤに魔力を譲渡した。


 どっと疲れる。

 疲れはする。

 だが二、三度深呼吸して、甘い砂糖菓子を一つ食べればもう回復している。

 それを何度か繰り返せば、トーヤは再び大魔法をぶっ放した。


「セイゲル、大丈夫か?」

「平気ですよ、トーヤさん。はぁ、それにしても終わりませんねぇ」


 彼らはモンスターが下層に向かわないよう、下り階段に蓋をするようを立てた。

 その壁は土で出来ており、トーヤが召喚した精霊ノームを使って立てた壁だ。

 挟み撃ちされないように、五〇階層の奥へと繋がる通路にも壁がある。

 そして上りと下り階段に面したこの通路にモンスターを貯めこんで、みちみちになったら大魔法で一掃する――を繰り返していた。


 翔は弦と慎吾の足元にサークルヒールを常にかけ続け、ブレッシングと聖なる盾も切らさないようにしている。

 イグリットはトーヤの魔法に合せて、魔法効果を倍増させる祝福と、時折聖属性の攻撃魔法で前衛の援護にあたった。


 そして弦と慎吾は、モンスターたちを前進させないよう抑え込む。

 もちろん武器を使って薙ぎ払ったりもしていたが、それでも五分ほどで通路はモンスターで溢れた。


「あぁ、早く終わらないかなぁ」

「なんだユズル、弱気じゃないか」

「弱気っていうか……折れそうなんだよ」


 心が?


 否。


 その答えは次の瞬間、訪れた。


 パキーッンと音を立てたのは、弦が手にした剣。


「ああぁぁぁぁ」

「……あぁあ」


 折れた。弦の剣が折れた。


「ユズっち、これで何本目だろう」

「これまででか? それとも今日か?」


 弦は今日だけで、これで五本目だった。

 そして今ので予備の武器もなくなった。


「ど、どうしよう」


 いくら頑丈とはいえ、慎吾ひとりで全モンスターを足止めするのは無理がある。

 それに、弦がそれをよしとする訳がない。

 だがどうにもできないどうしよう。


「なら、素手で殴るか?」

「え? す、で?」

「そう! 鍛えあげた肉体があれば、何だって出来る!」


 と、慎吾がマッスルポーズで自らも武器を放り投げた。


「なんでそうなるの!?」


 と後ろから翔の悲痛な叫びが聞こえる。


「武器がないのなら……そうするしかないよな」

「そうだ。いくぞ弦! おい翔、エンチャントしてくれ。聖属性なら効果あるだろう」

「そりゃあるかもだけど、素手だよ!?」


 といいつつ、翔は聖属性を二人に付与した。

 そして二人の拳がほのかに光る。


「いくぞ、弦」

「あぁ。絶対にここは死守するぞっ」


 と気合を入れ、二人は輝く拳で殴った。

 迫りくるモンスターを殴った。


 パンチ、パンチ、パンチパンチ。

 ひたすらパンチ。


 その光景を見てゲラゲラと笑いだす翔と、深いため息を吐くトーヤ。そして苦笑いを浮かべるセイゲル。


 ただひとり、顔面蒼白にはっているのはイグリット。


(勇者様が……勇者様が……殴り勇者様に!?)


 きらめく汗を散らしながら、輝く拳でモンスターをばったばったと殴り飛ばしていく二人。


 スタンピードが終了するまで、二人はモンスターを殴り続けた。


 幸か不幸か、この場には彼らしかいない。

 この先『殴り勇者』という噂が立つことはなかった。


 たぶん。


 

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