第59話:契約を結ぶ

『ミユキ。これがもう一つの俺の姿だ』


 黒狼がそう言う。


 ヴァル……ヴァルツ……。

 黒い髪。黒い毛並み。

 金色の瞳。


 いや待って。

 共通点ありまくりじゃん!


『ミユキ……』

『にゃふ。やはり人には受け入れがたいようであるな』

『なっ。てめぇが煽ったんじゃねぇか』

『にゃっふっふ』

「ああぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


 両手で顔を覆う。


『ミ、ミユキっ』

「なんで今まで気づかなかった!? いやぁぁぁ、恥ずかしいぃぃーっ」

『……は?』

「だってヴァルとヴァルツ……いや、ヴァルもヴァルツって名前だし、ヴァルツはヴァルツだし、黒髪で黒い毛並みで目は金色だし。ヴァルツいないときはヴァルツがいて、ヴァルツがいたらヴァルツ――じゃなくってヴァルが――」

『落ち着くのである。今はそれより、やるべきことがあるであろう』


 はっ、そうだ。

 パニクってる場合じゃない。


 今だって私たちのこんなやり取りに、視線を向ける余裕がみんなにはないんだし。

 それだけいっぱいいっぱいなんだよ。


「んで、どうすればいいんだっけ?」

『あ、あぁ。俺と契約しろ。いや、仮でもいい』

「仮? もうそんなの面倒だし、本番でいいからっ」

『いや、だが』

「それともヴァルが嫌? それなら仮でもいいよ」

『それは……ない……』

『ぐだぐだするようであれば、ここは吾輩が』

『契約だっ、契約するぞっ』


 この感じだと、カットも契約することで本気モードがあるってことなのかなぁ。

 でもカットと契約しているのは、リヒトさんだもんね。

 もう無効になっているのかもしれないけど、カットはきっと、リヒトさんとの契約を忘れたくなくて次の契約は誰とも結ぼうとしないと思う。


『俺の名と、それからお前の名を口にして、契約する意思を示せ』

「おっけー。えぇっと、氷狼フェンリルのヴァル。私、美雪の初めての精霊として、契約して……でいい?」

『はぁ……』


 ちょっ。狼の姿でも溜息掃くの止めてよっ。

 なんか人間の時より、呆れた感が半端ないから!


『我が名はヴァル。ミユキの精霊として、契約を結ぶ』


 私の手に、太くもこもこした腕が乗せられる。

 ふへへ。まるでお手みたい。


 ぶわって一瞬風が吹き、そこに冷気が加わる。

 その瞬間、ヴァルは風のように駆け出した。


 うわっ。今にも前衛の人たち、倒れそうっ。


「カット!」

『"木霊"』

「"聖なる光よ、邪悪な力から守る盾となれ"。もう一回!」

『にゃふ。"木霊"』

「"癒しの光よ"」


 ヴァルはあっという間に最前列に躍り出て、モンスターを次々と凍らせていく。

 凍ったモンスターを太い前脚で薙ぎ払って、あっけなく粉砕。


「お、狼?」

「黒い狼……噂の魔狼フェンリルか。しかしどっから湧いて出た」


 え、どっからって、さっき……いや、気づかないハズないよね?


『にゃっふっふ。人間たちには吾輩らの会話は聞こえておらず、意識の中にすらなかった、であるよ』

「カットが何かしたってことね」

『にゃっふっふっふ』


 ヴァルは何も知らないみんなの前で、どんどんモンスターを凍らせていく。

 みんなはヴァルが凍らせたモンスターを軽く剣の柄で殴って壊して行った。

 そんな簡単に割れるの!?

 試しに私もメイスでこつんってやると、パキパキって割れた。


 え、楽勝じゃん。

 なんかガラス割るぐらいの力加減で割れる。


 こうなると形勢逆転。

 だけどスタンピードが終わる訳じゃない。ボスを倒すまで止まらないのだから。


「やっぱり下の階だったのかな」

『にゃあぁ、そうなると厄介であるなぁ』


 そう言いつつ、カットは余裕そうな笑みを浮かべている。

 その右手にはいつも懐中時計を持ったままだけど、何か意味があるのかな?


『ヒヒィーンっ』


 馬?

 迷宮に馬なんて――と思ったら、階段から出てきたのは上半身馬で下半身が魚!?

 ビックリしたのもつかの間、馬魚の後ろから大量の水が溢れ出た。


「流されるなっ、踏ん張れ!」


 ギルマスがそう叫ぶけど、そんなの無理いいぃぃーっ!


『ここであるな――世界よ、時よ――止まれ!』

「カット?」


 杖をくるりと回し、オシャレにポーズを決めたカットの手には懐中時計が。

 時よ……止まれ……ってまさか!?


『吾輩が用意出来るのは三〇秒である。時を動かす者をひとりだけ選び、その者に触れるであるよ』

「え、私が!?」

『にゃふぅ。吾輩は動けぬのでな』


 カットが時間に細かいのって、時間を操作する能力があるから!?

 三〇秒……ひとりだけ。

 

 波のように押し寄せようとしている水は、次の瞬間にはギルドマスターたちを飲み込むだろう。

 ヴァルはどこ?

 あ、ジャンプして水を躱してたんだ。ってか宙で止まってるの凄い!

 でもそのせいで――


「ちょ、届かないっ」

『やれやれであるなぁ。残り一八秒、一七秒』

「カウントダウンやめてぇ。焦るじゃんっ」


 天井高いし、ヴァルも高いし……

 ぐぬううぅぅぅぅ。


「マスター、ごめん!」


 そう叫んでから、流されまいと踏ん張ってるギルドマスターに向かって走り、踏み台にして――跳んだ。

 あぁ、ギルドマスターこけちゃったあぁぁぁ。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!

 だけど届いたよ。


「ヴァル!」

『!? アレか』

「やっちゃって!!」

『ったりまえだ』


 時が動き出したヴァルは、落下する私をそのまま掬い上げるように鼻先で持ち上げると、ぽぉんと放り投げた。


「投げんなしぃーっ」

『オオォォォォォォォォォンッ』


 そのひと吠えで全ての水が、そして馬魚が凍り付く。


「こんの馬あぁぁーっ!」


 ヴァルの背中から飛び降り、パワーメイスを掲げた。


『カチ割れっ』


 勢いに任せてメイスを振り下ろせば、パキンッと音がして馬魚にヒビが――そして、砕けた。

 同時に凍っていた水やモンスターが、霧のように散っていく。


「もしかしてアレって」

『ケルピー。どうやら群れのボスだったようだな。クソ、あの猫は知ってやがったのか』

『吾輩、猫ではないと何度言えば分かるのだ小僧。ま、吾輩ぐらいになると、初見であろうとスタンピードの元凶は見極められるのであるよ。にゃふ』

「カット、カッコいい!」

『なっ』

『にゃっふっふ。お嬢さん、惚れてはいけませんよ』


 はあぁぁ、紳士カットも最高にカッコいい。

 それからカットは懐中時計の蓋をパタンと閉じ、指をパチンと鳴らした。


「踏んば――お?」

「あ、あれ? 水はどこに。ギルドマスター、なんで寝てるんだ?」


 あ、みんなの時間が動き出したんだ。


「ギルマス。なんか背中に足跡が」

「なに? いったい、どうなってんだ?」


 ごごごごごごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


「まさか魔狼、お前がやったのか」


 ギルドマスターがそう言って振り返った時には、ヴァル――フェンリルのヴァルはいなくなってた。

 正確には上の階にぴゅぴゅーっと上っただけ。

 そして何食わぬ顔で、人の姿に戻ったヴァルは転移装置から現れる。


「秘密ってこと?」

「まぁ……」

『その方がいいであるな』


 カットもそう言ってるし、他の人には知られない方がいいってことか。

 にしても、魔狼……。ヴァルツ・・・・の存在って、知られてるってこと?


「お宝だ!」


 誰かがそう叫んだ。

 ん、んん!

 なんかいっぱい落ちてるうぅぅぅぅぅ。


『二時間二三分三一秒の成果であるな』

「こまかっ!」


 こうしてスタンピードは終わりを告げた。

 他の人たち、みんな無事だといいな。


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