第57話:肉球

「はぁ、はぁ……これで?」

「一〇五階だ」


 前にヴァルは、一〇四階まで攻略されている――と言った。

 でもそれはヴァルが以前、塔に通っていた時のこと。

 今は一〇八階まで攻略されている。


「一〇八階が最上階?」

『いや、そもそもこの迷宮に最上階は存在しないのである』

「えぇ!?」

「だろうと思った。番人が召喚出来るなら、最上階だって楽して目指せるはずだしな」


 実は現在進行形で上層階を攻略している冒険者の中には、リヒトさんの暗号を知っている人がいた。

 過去形になるけど、ギルドマスターもそう。

 もっともギルマスの場合、仲間の魔術師が見つけたってことだけど。


「あ、あの……やっぱり最上階はないんですか?」


 今回はある目的のため、急いで一〇五階まで上るために他の冒険者にも来てもらっている。

 魔法陣の場所まで数百メートルだけど、その間にもモンスターはいる。

 急ぐために、実際に一〇〇階以上まで上ったパーティーに来て貰っているの。

 もちろん、召喚呪文を知っている人たち。


 このパーティーの魔術師の人と私と、交代で番人の召喚をして魔力の消費も抑えられた。


『そもそもここは、塔のように見えて実際は違うのである。二階から上は別の空間に無限生成されれいるだけ。もしかすると並列階層かもしれないのであるよ』

「はぁ……どこまで上っても、ずっと続くだけってか」

「どこかの階層に最上階へ上る仕掛けがあるんじゃないかって、この一年はずっと一〇〇階から上をくまなく探索したんだけどなぁ」


 そういいつつ、心のどこかで「最上階はない」とは思っていたらしい。



「じゃあ、なんで上を目指していたの?」

「迷宮なんてのはどこも、最深部にお宝があったりするもんだ」

「そう。それが冒険者の浪漫ってやつだよ」


 ヴァルの言葉に、一緒に来てくれたパーティーのリーダーさんが頷く。


『財宝は一定時間経過するたびに生成されるにゃが、当然、一番乗りした者には莫大な量になる。なんせ迷宮が生成されてから、ずっと蓄えられ続けたものであるからして』


 塔が出現して数百年という。

 数百年分のお宝が、ずーっと溜まり続けている――かもしれないってことか。

 それはまぁ、「もしかして最上階があるかもしれない」と思ったら上を目指したくなるよね。


「まぁ一〇〇階から上にはネームドモンスターもいるし、奴を倒せばレアなアイテムもドロップするから稼ぎとしては悪くない」

「だな」

「とはいえ、一攫千金の夢も諦められない!」

「だな!」


 あはは。仲いいなぁ、この人たち。

 まぁだからパーティー組んでるんだろうけど。


「談笑はそれぐらいにして、さっさと戻るぞ」

「あ、うん・……ヴァル、なんか機嫌悪い?」

「……別に」

『たんなりヤキモチであるな』

「ん?」

「よ、余計な事言うんじゃねえ、クソ猫っ」

『吾輩は猫ではないのである』


 こっちの仲はどうなんだろう。

 悪い……ように見えて実はいいのかな?


 地上に戻った私たちがまずやったのは、疲れを癒すこと。

 ご飯食べてお風呂に入って、寝る。


 翌日、カットが懐中時計を見て、


『残り五三分、一七秒……一六秒……』

「秒数はいいから!」


 カットって、やけに時間が細かいんだよなぁ。

 昨日もお風呂から上がってきたら、何十分何秒入ってた、長すぎるってうるさかったし。


「そんじゃまぁ、そろそろ行くか」

「ギルドマスターも行くんですか?」

「おうよ。これでも現役時代は金級だったんだぜ」


 うおぉう。さすがギルドマスター。


『では皆様を、賢者リヒトの隠し部屋へとご案内しよう。決してその辺の物にお手を触れないよう、お願いしますよ。もし勝手に触れようものなら――』


 と言ってカットがジャキーンっと爪を伸ばす。

 おぉ、伸縮自在なんだ。

 っていうかすごんでるカットもかわいい。


 私たちが昨日、必死になって一〇五階を目指したのは、まだそこに到達していない実力のある冒険者を運ぶため。

 リヒトさんの隠し部屋は迷宮と同じで、別の空間に繋がっている。

 その空間っていうのが――


『幻獣界。リヒトはそこに自らの隠し部屋を作って、扉で繋げているのである』


 とカット談。

 今までは『鍵』を掛けて場所を固定していたけど、今はカットが解錠してるからどこからでも繋げられる。

 それが出来るのはカットと、何故か私。


『隠されし扉よ、姿を現せ。ヴォルフのくそったれ――である。にゃっふ』


 カットが唱えると、塔の外壁に扉が浮かび上がった。

 何組かのパーティーが中に入り、カットが最後に続いて内側から扉を閉めた。

 もちろん、ギルドマスターも入っている。


 出発する前に、町を見下ろす。

 絶対に止める。

 止めなきゃ町が大変なことになる。


「なぁに、心配するな」

「え?」


 聞き覚えのある声に振り向くと、大きな金槌ハンマーを持ったドワーフのおじさんが。


「お前さんが群れのボスを仕留めるまでの間、オレらがここで踏ん張るさ」

「踏ん張るって、おじさんっ」

「おいおい、オレ様ぁドワーフだぜ? ドワーフってのはな、職人であり、戦士なんだよ」


 おじさんがそう言って拳を上げると、後ろから続々とドワーフがやって来た。


「この町にいるドワーフ仲間さ。他にもいるぜ」


 ぞろぞろと武器を手にした人たちが集まって来た。

 二カ月もいるせいか、見覚えのある人もいる。

 ちょ、宿のおじさんもいるじゃん!


「女子供は、町の東西南北にある避難所に避難させた。少々のことじゃビクともしねぇ、頑丈な建物だ」

「わしらの町だ。わしらだって戦うさ」

「そのために在庫を大判振舞してやったんだからな。ま、あとで全部回収するけどよ」

「え!? ドルトンさん、これくれるんじゃなかったのか?」

「バカ野郎っ。オレ様が大損するようなこと、するわけねえだろう」


 メイスをくれたおじさんがそう言うと、ドっと笑いが起こる。


 町の人も来てくれたんだ。

 冒険者だけじゃ外と中、両方に人手を割くのは難しかったけどこれなら――


「おぅ、気ぃつけてな」

「うん。おじさんたちもね」

「終わったら酒でも飲もうや」

「いや無理」


 だって私、未成年だし!

 しょんぼりしているおじさんを見て笑って、それから塔の中に入った。

 階段を上りながら「みんなが無事でありますように」って祈る。

 お酒は飲めないけど、美味しいものを一緒に食べたいな。


「よし、行こう」

「あぁ」


 横にならぶヴァルと視線を合わせ、それから魔法陣を発動させた。

 転移装置で一〇五階に向かい、装置の傍で扉を開く。


 隠し部屋の仕組みで扉はどこにでも召喚出来るけど、中から開く場合は外――つまりこっち側から開いたのと同じ場所にしか出られないってこと。

 だから私が一〇五階で扉を召喚すれば、中に入った人たちも一〇五階に出れるって訳。

 逆に言えば私が一〇五階で扉を開かなきゃ、内側から外に出ても地上なんだけどね。


「着いたよぉ」

「おぉ、ここが一〇五階……まぁ他と代わり映えしねぇな」

「まぁ迷宮だから、ね」


 ここからは何組かが周辺に散らばる。

 この階層のモンスターが階段を目指して暴走を始めるから、そいつらを食い止めるため。

 そして残ったメンバーは、下の階から駆けあがって来るモンスターを迎え撃つ。


「下は大丈夫かなぁ」

「それなら心配ねぇ。ここだけの話だが、実は勇者一行が来てるんだ」

「ぶふぇっ」

「あ? どうした嬢ちゃん、変な声出して」

「いや、ははは。ビックリしただけです」


 そういやいたなぁ、勇者さんたち。

 でもこっちには来てないし、どこにいるんだろう?


「一行は五〇階で、下りてくるモンスターを片っ端から殲滅していくんだとさ」

「五〇階で?」

「あぁ。中間層の人手が少なくてな。だったら自分たちがって、買って出てくれたのさ。あと、実戦経験が少ないから、上は任せたいとも言っていたな」


 ふぅん。

 もしかして私に気を使ってたりとかするのかなぁ。

 うん。なんとしてでも頑張らないとね。


「一〇八階まで行ってボスを探した方が早くない?」

「その階だと万が一逃げなきゃならなくなっても、転送装置がねぇだろうが」

『退路を確保するのも、大事なのであるよ』


 なるほど。

 うん、そうだよね。

 死にに行くんじゃないんだもん。逃げ道をしっかり確保おするのも大事。

 それに転移装置を使えば、取り逃がしたボスを五階下で待ち構えることも出来るし。


 スタンピード……本当に発生するのかな。

 普段と同じで、迷宮内はいたって静か。

 みんな緊張で黙ってしまってるのもあるけど、普段も人がいなければこんなもんだし。


 ただ……みんなでここに来た時からずっと、ぞわぞわする何かにまとわりつかれているような気がする。

 それに――


「ヴァル、靄が見えるんだけど」

「靄? いや、俺には……」

『かなり薄い瘴気であるな。人や精霊・・の目には見えぬ、極微量の。ミユキ殿には見えるであるか?』

「うん。でも見えたり見えなかったりしてる」

『それは肉眼で見ているのではなく、感じているのであるな』


 そっか。見えているんじゃなく、感じているのか。

 それはそれで嫌だなぁ。

 もうこれ、絶対何かが起きますフラグじゃん。

 

 時間まで体力を使わないよう休んでろって言われたけど、緊張してそれどころじゃない。


「はぁ……」


 壁にもたれかかって体育座りしてると、隣にヴァルが座って私の頭をぐわしっと掴んだ。


「ま、心配するな」

「ん?」

「だから……お前のことはちゃんと俺が守ってやるってことだ」

「ヴァルが……」


 いっつもヴァルはこう言う。

 守ってやるって。

 そんで、いつも守ってくれてる。


 たまたま道端で拾った迷子に、どうしてここまでしてくれるんだろう。


「ヴァルは、なんで……」

「なんでって、俺は……俺は、お前の保護者だからな」

「まぁたそれだ」

『にゃっふっふ。犬歯も生えそろわぬ小僧が保護者とは、片腹痛い。心配せずとも、ミユキ嬢は吾輩がちゃーんとお守りするのである』


 そう言ってカットは私に手を差し出す。


「お前じゃなく、俺が守るんだ」

『にゃふふ。小僧の出番などない』

「このクソ猫」

『子犬ちゃんはよく吠えるであるな』

「もう二人とも止めなよ。仲良くしよう。ね?」


 差し出されたカットの手を握って……にぎ……に……にくきゅうだぁぁ。


『……ユミキ嬢、何をしているであるか?』

「ぷにぷにだぁ。やっぱり犬の肉球より、猫の肉球だよぉ」

「お、おいっ。猫よりか犬の肉球の方が大きいだろ?」

「やぁらかさが違うんだよなぁ。大きさより触り心地よぉ」


 ぷにぷに、ぷにぷに。

 はぁ、癒されるぅ。


「ねぇカットぉ、今度吸わせてよぉ」

「お、おいっ。こんな野郎のどこを吸うつもりだっ」

『はにゃあぁ……そろそろ始まるであるよ』


 私にぷにぷにされている方とは逆の手で、カットは懐中時計をポケットから取り出して蓋を開く。


『スタンピード開始まで、あと三分と四九秒……四八秒……』


 もしかしてゼロになるまで、カットのカウントダウンは続くの?

 ん?

 カットの……カウントダウン?


 ぶっ。

 親父ギャグ!?

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