第54話:待ち人は来ず

「ほんとだ。この辺だけ凄く綺麗にされてる」


 昨夜聞いた気になる場所まで案内して貰った。

 通路には石とか雑草がいっぱいなのに、距離にしてわずか五〇メートルぐらいなんだけどそこだけ何もない。

 不自然だ。


「ここは何度か通ったのですが、気になったのでゴミを置いて行ったんです」

「次に通った時には綺麗に掃除されていたよ」

「誰が掃除なんて……スライムが食べたとか?」


 スライムはなんでも食べるらしい。

 想像しただけでうげぇーってなるようなものまでなんでも。


 でも彼らはみんな首を横に振る。


「この階層でスライムは見ていない」

「うぅん、じゃあ誰だろう」


 いや、そもそも「誰」かなの?


「ゴミか……落としてみるか」


 そう言ってヴァルがドロップアイテムをいくつかその場に落とした。


 ん? んん?

 なんか気配感じる。


「精霊? なんでこんな所にブラウニーがいるんだ」

「え、ブラウニー?」

「古い家に住み着く精霊で、掃除好きなやつだ」


 掃除!


「おや、前衛タイプかと思いましたが、精霊魔法に詳しいのですか?」

「ま、まぁな」


 向こうの魔術師の人に言われて、ヴァルは少し慌てた。

 魔法戦士だって言っちゃえばいいのに。


 そうこうする間に、壁の中からすぅっと箒が出現!?

 ドロップアイテムを掃いて、箒の中に吸い込んでしまった。

 終わるとまた壁の中へ消えていく。


 もしかしてリヒトさんが召喚していた精霊、なのかな。


「どうやら当たりみてぇだな」

「うん」


 言ってから私とヴァルは顔を見合わせ頷き合う。


「あ、あのぉ」


 もじもじしながら、五人を振り返る。


「えぇ、分かっていますよ。隠し部屋に入るためには合言葉が必要。それを知られたくないのでしょう」

「あ、そ、それもあるのですが、そうじゃなくって。えっと……お手洗い、行きたいんですっ」


 もちろん行きたい訳じゃない。

 ある理由からなんだけど、それでも恥ずかしい!

 聞かされた五人も少し顔赤くしてるし、ひぃぃーっ。


「そ、そうか。えっと、それじゃあこの先の角を曲がったところで。オ、オレたちはここで待ってるからな」

「角を曲がったところに、例の罠があります。踏まないように気を付けて」

「ミユキ。何か・・あれば大声で叫べよ」

「うんっ」


 そそくさと角を曲がって、魔法陣の傍に立つ。

 小声で、


「"我が召喚に応じよ。七四階層の番人よ"」


 ――と唱えた。

 魔法陣が光って、煙が出て、モンスターが……。


「きゃあぁぁぁ。モンスターがいたぁぁ」


 と叫べば、


「ミユキッ、今行くぞ」


 と、緊張感のないヴァルの声が応える。

 そして私はダッシュ。当然、召喚した番人もついて来る。


「ミユキ、こっちだ」

「"うおおおおぉぉぉぉっ"」


 雄叫びが聞こえた。

 それと同時に番人が私を追いかけるのを止めて、追い越し、雄たけびを上げた人の方へと走り出した。


「ここは任せてくれっ」

「おい、こいつ番人じゃないか!?」

「はっ、はは。ようやく見つけたと思ったら、こんな所にいやがったのかよ」


 見ただけで番人だと分かるのは、五〇階から上の階の番人がゴーレムで統一されているから。

 サイズは人とそう変わらないけど、五〇階台は木製、六〇階台は土、そして七〇階から石のゴーレムで硬い。

 硬いけど、弱点は胸にある宝玉。これを壊せばあっさり崩れてしまう。


 五人も当然、そこを狙って攻撃を仕掛けている。


 ここまで私は番人を召喚するだけで、倒すのはヴァルに任せっぱなし。

 ブレッシングで支援はしてたけど、ヒールが必要になる場面もなかった。

 むしろほとんどワンパンしてたし、そんなに強いモンスターじゃないのかなって思ってた。

 

 でも、五人の戦闘はすぐには終わらなかった。

 疲労で本来の力も出せないんだろうけど、ここまで上がって来た冒険者。

 弱いはずがない。


 それでもゴーレムを倒すのに数分とはいかず、結構な時間を必要とした。


「はぁ、はぁ……やっと、やっとこれで……」

「早くっ。階段出てますよ!」


 あぁ、もうっ。

 番人倒せた喜びをかみしめてる場合じゃないんだってば。

 一分しかないんだからね、一分!


「そ、そうだった。ありがとう、君たちには感謝してもしきれない」

「このお礼は必ずしますっ。必ず!」

「地上に戻ったらゆっくり休んでくださいね」


 荷物を持って階段へと駆け上がる五人。

 見送るために階段下に行くと、途中で魔術師さんが立ち止まっていた。


「おい、消えるぞ」

「これをっ」


 ぽんっと投げられたものをヴァルがキャッチする。


「手帳?」

「役立ててくださいっ」

「腹が減ったらスタート地点に行けっ。食料を落としておくからっ」


 声は遠のき、そして「ありがとう」という言葉と共に階段は閉じた。


「ご飯を落とす?」

「あぁ。下り階段はスタート地点にあるだろ」

「でも下りたら階段の入り口、閉じちゃうでしょ」

「あぁ。だから本人は下りずに、食い物だけ鞄か何かに入れて投げ落とすんだよ」


 食べ物を粗末に……あ。


「時々、スタート地点に転がってた包みってもしかして?」

「物好きが投げてんだよ。誰か分からねぇ奴らのために」


 たまに腐ってるけどな――とヴァルが口元を緩めながら言う。

 なんだろうって気になってたけど、ヴァルが手を出さないから触らない方がいいのかなって思ってた。

 触らなかったのは、私たちに食料は必要なかったからってだけだったのね。


「それより、さっさと扉を開け」

「あ、うん」


 ブラウニーが出てきた壁の辺りまで行って、それから――


「ヴァルフさん、ごめんなさいっ」


 と言ってから、次に合言葉を口にする。


「隠されし扉よ、姿を現せ――ヴァルフのくそったれ!」


 瞬間、目の前の石壁にすぅっと扉が浮かび上がって――開いた。

 薄暗いダンジョンとは違い、中は明るい。その明かりは通路まで漏れ出るほど。


 中は結構広くて、本棚、机は分かるんだけど、テーブルに椅子、ベッドまである。

 リヒトさん、ここに住んでたの!?


『んにゃ。リヒト、ようやく戻って来たであるか!?』


 机の奥から姿を現したのは猫。

 二足歩行の、立派な服を着た猫。あと喋ってる。


 なになになになに、かわゆすぅーっ。


 だけど、姿を見せた時には笑っているように見えたその顔は、私たちを見るなり驚き、そして悲しそうに項垂れた。

 でもそれは一瞬だけ。


『ようこそ、あるじの合言葉を知る不思議なお嬢さん』


 そう言って顔を上げた猫は、またにこやかな笑みを浮かべていた。

 でも……金色と青色のオッドアイは、どことなく潤んでいるように見えた。


 

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