第53話:取引
「"マナと炎を融合させ、宿せ"」
オリハルコン――魔法の伝導率がめちゃくちゃよくって、他の素材武器に付与するより効果が数倍にもなるらしい。
「ほほほほほほほほ。燃えろぉ、みーんな燃え……くっさっ」
貰ったオリハルコンのメイスに火をエンチャントして芋虫のモンンスターをぼこすかしていたら、なんか臭くなった。
「昆虫型モンスターは燃やすと臭うからやめろ」
「はやぐいっでよぉ」
水を付与しても、弱点属性じゃない限りあまり効果はないらしい。
土は……土の付与ってなに?
じゃあ風は?
「おぉ、触れる前にモンスターが千切り……うっ。グロい」
「嫌なら大人しく後ろに下がってろ」
二日ほどゆっくり体を休めてから、塔の攻略を再開。
せっかく貰ったメイスだし、なんでも打撃力を大幅に上げる付与石を仕込んだ一級品だっていうからワクワクしてモンスターを殴ってんだけど……いろいろと無理。
「攻撃力もあって、臭くならなくって、グロくならないエンチャントってないのかなぁ」
「注文の多い奴だな。だったらせ――あー、氷ならお前の無茶な注文もクリア出来るんだがな」
「氷? んー……氷のエンチャント魔法はない」
スキルボードに出ているエンチャントは、火、水、土、風の四属性だけ。
氷の魔法の熟練度が上がれば、発現するのかなぁ。
氷……ヴァルツ、どこ行ったんだろう。
たまたま通りかかっただけなのかな。
「ねぇヴァル」
「なんだ」
「あのさ。氷の精霊と契約したら、氷のエンチャント魔法とか使えるようになるのかな」
「え……お前……」
「でもなー、やっぱり猫がいいんだよねぇ」
ケットシーは精霊じゃないっていうけど、幻獣だっけ?
それってどこで会えるんだろう。
召喚?
あぁ、ケットシーみたぁーい!
「――召喚」
「え? 召喚すればケットシーに会えるの!?」
「いいからさっさと番人を召喚しろっ」
えぇー、なんで怒ってんの。
あー、ヴァルは犬派だもんねぇ。
そんなに猫嫌いかなぁ。
朝八時に出勤して一時間で帰る。
宿でゆっくりしてお昼ご飯を食べて、夕方五時にまた出勤。
一時間で帰ったら宿でお風呂に入ってご飯食べて寝て――一日二回の塔攻略で一気に十階駆け上がる。
二日攻略したら一日休んで、また二日攻略して。
「ふぅ、やぁっと七四階だねぇ」
「なにがやっとだ。たった五日で四〇階上ったんだぞ。異常な早さだろうが」
「そんなん知らないし。さぁて、隠し部屋はどこかなぁ」
塔に行って呪文を唱えろってリヒトさん言ってたけど、塔の中で呪文を唱えても何も起こらなかった。
七五階じゃないとダメなのかな?
と思って――
「"隠されし扉よ、姿を現せ――ヴァルフの……くそったれ"。もう! リヒトさん、変な呪文作らないでよ!」
「はっ。仲のいいことじゃねえか。――とりあえず扉は出てこないようだ。やっぱり特定箇所じゃないとダメみてぇだな」
「特定って……はぁ、どこにあるんだろぉ」
「声が届く範囲で反応すると思うんだけどな。とりあえず唱えまくるしかない」
あちこち歩きまくって、呪文を唱えるしかないのかぁ。
はぁ、面倒くさぁ。
歩いては呪文を唱え、歩いては呪文を唱え――
「お腹空いた……」
「休憩するか。今日はこのまま塔の中で野宿するぞ」
「えぇ!? 番人召喚してひとつ上の階に行けば、七五階じゃん。宿に泊まって、明日またやろうよ」
上り階段は番人を倒さなきゃ出てこないのに、下り階段は普通に存在する。
だけど空間が歪められているから、下の階に下りた瞬間見えなくなってしまう。
しかも階層のスタート地点は、階段を降りた場合も番人を倒して上ってきた場合も同じ位置。
ほんと、変な迷宮。
「スタートに戻るのはこっちのルートを全部試してからだ。そのために一週間分の食料を持ってきたんだろうが」
「うぅ。お風呂……」
「魔法があるだろ」
そうだけどさぁ。
小部屋を見つけてそこで聖域を展開。
火を起こしてご飯の準備を始めようとしたとき、突然ヴァルが短剣を抜いた。
「どうしたの?」
「……人間だな」
「冒険者?」
番人を召喚するようになってから、まったく塔内で人を見ていない。
この階層で何時間も歩いてたけど、誰とも会わなかったなぁ。人少ないのかな。
「おい」
ヴァルが威嚇するように声を上げる。
正方形の部屋には扉はなく、二方向に人が出入りできる穴があるだけ。
そのひとつからガチャりと音が聞こえた。
「悪い。その、この光は司祭が使う聖域か?」
「だったらなんだ?」
「ヴァル、そんなに警戒しないで。相部屋でもいいですよ」
このぐらいの階層だと人が少ない。
少ないから、冒険者が冒険者を襲う……なんてこともあるって言ってた。
食料やドロップアイテムを奪う程度なら、奪われる方の実力不足だからってギルドも関与しない。
もちろん、それで済まないこともある。
こんな上層だと目撃者でもいない限り、犯人がモンスターか人かなんて分からないから。
ヴァルはそれを警戒しているんだろうな。
でもこの人たちは違う。
疲れ切った声をしているし、わざわざ声を掛けてきたんだもん。
襲うつもりから声を掛けてきたりなんかしない。
部屋に入って来たのは、見るからにボロボロな五人。
「ありがとう」
「あぁ、助かるよ。あの、効果時間は?」
「さっき使ったばかりだから、八時間ぐらいです」
「八!? あぁ、久しぶりにぐっすり眠れそうだ」
五人は鞄から何か平ぺったいものを取り出すと、ひとりがそれに向かって火の魔法を打つ。
や、焼いてるの? 魔法で?
あ、でもコントロール上手いな。焦げない程度にちゃんと焼いてる。
「こ、これは二つ下の階にいた、パラライズマッシュルームの肉なんだよ」
「え……パラ?」
「麻痺性の毒をまき散らすキノコだ」
とヴァルが教えてくれる。
……毒キノコじゃん!!
「ちなみにモンスターだ」
……おぅ。
「傘の部分はね。だけど胴の、とりわけ下部の方には毒がないんだ。まぁ味もないけどね」
それでも何も食べないよりはまし――と言って五人はそれを食べている。
何もって……
「え、食料は?」
「半月前に食べきってしまったんだ」
「待って待って。何日篭ってるの!?」
「二カ月近く、だったか?」
に、二カ月!?
七〇階からここまで、一時間で来てしまってごめんなさい。
でもそうか。普通に上がってきたら、四階上るだけでそんなに掛かるんだ。
五〇階から上は、階層も広くなるという。
塔なんだから普通は狭くなっていくはずなのにね。
「探索の済んでいない場所はあと少しなんだ。そこに行ければ、かならず番人がいるはずだ」
「そうすりゃ地上に出れる……なぁ、塔の攻略はこの辺りで止めねぇか?」
「自分も賛成です。さすがに疲れました……」
と、五人が揃って大きなため息を吐く。
そりゃ二カ月もいたら、肉体的にも精神的にも疲れるよね。
よし。
「食料、まだまだいっぱいあるんでぇぇえぇ――」
言い終える前に、ヴァルが私を羽交い絞めして部屋の隅へ。
「おいっ」
「いーじゃん、少しぐらい」
「俺たちだってここで何日過ごすか分からないんだぞっ」
「食料がなくなる前に番人召喚して、一度上に行けばいいじゃん」
外に出てからまた食料を買い込んで、七五階から階段を下りればいい。
確かにスタート位置がまた戻るけど、違う道を行けばいいだけなんだからさ。
「だが――」
「分かった。見返りを貰えばいいんだよね? あのー」
ヴァルを押しのけて五人の方へ戻る。
私がさっき何を言おうとしたのか、きっと分かっているんだろうね。
期待するような表情を見せるけど、直ぐに申し訳なさそうな表情に変わった。
「安心して眠れる場所を借りれるだけでも感謝しているんだ。俺たちのことは気にしな――」
「取引しませんかっ」
「え? とり、取引?」
「はい。あなた方はこの階層に長くいるんですよね? 私、この階層にあるっていう秘密の部屋を探しているんです」
「秘密……もしかして賢者リヒトの隠し部屋のことですか!?」
「リヒトさんのこと、知っているんですか!?」
ローブを着た人が、表情を明るくして頷いた。
「自分の師のそのまた師が、賢者リヒトと同じ学び舎の出身でしてね。この塔に彼が作ったという隠し部屋のことも聞かされたことがあるんです。あなたもそうですか?」
「あ……ひ、ひいおじいちゃんが、リヒトさんのその……友達だったんです」
「そうでしたか」
「そ、それで、おじいちゃんはリヒトさんに会いたがってて、もうずっと前に亡くなったんですけど。私もやっと塔に入れるようになったから、探したくて」
それっぽく言えた?
ヴァルを見ると、特に呆れたような表情は浮かべていない。
「取引内容は、それらしい怪しい場所に心当たりはないかってことです。もし情報があれば、食料をお分けします」
「ほ、本当か!?」
身を乗り出したのは前衛職っぽい人。
でも心当たりはないのか、すぐにパーティーの人たちを切なそうな顔で見てる。
「気になる場所……なら。だけど気になる点があるってだけで、隠し部屋とは限りませんよ」
「はぁ……それでいい。どこだ。どう気になるっていうんだ」
ヴァルも納得してくれたのか、話を進めてくれた。
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