第52話:聖女に捧げる鈍器

 もふもふな手触り……冷たくて気持ちいい、ちょっと硬めの……なんだろう、これ。

 肉球?

 猫の肉球じゃないなぁ。


 ・

 ・

 ・


「んぁ……れ?」


 なんか冷たくて気持ちいいもふもふに包まれていたような……。


「はぁ。やっと起きたか」

「あれ、ヴァル?」

「ここは宿だ。お前、丸一日眠っていたんだぞ」

「あ、あはは……ごめん、心配かけて」

「まぁ……今回は俺も傍にいたし、仕方ねぇ状況だったけどな」


 あ、怒られなかった。


「そうだっ。火事は!?」

「心配ない。すぐに鎮火した」

「え、すぐに?」


 そんな小さな火事じゃなかったのに。

 気絶する直前に聞こえたヴァルツの声……幻聴じゃなくって、やっぱり来てくれたのかな。


「ねぇ、ヴァルツ見なかった?」

「は? 俺なら」

「あっ。そうじゃなくって、ほら、前に話した精霊のヴァルツだよ。声が聞こえたんだけどなぁ」

「や、奴か。あ、あぁ。見たぞ」


 やっぱり!


「それで、どこに行ったの?」

「どこって……せ、精霊だから、どっか行ったんだろう。そもそもフェンリルは、火を嫌うからな」


 あ、そっか。

 氷の精霊だから、火は苦手だよね。

 それなのに来てくれたんだ。

 ありがとう、ヴァルツ。

 今度会った時に、ちゃんとお礼言わなきゃ。


「まぁ俺ひとりの力じゃないけどな」

「そりゃそうでしょ。ヴァルツだって手伝ってくれたんだろうし」

「あ、あぁ、そうだな。いや、それだけじゃなくてだ。あの眼鏡――賢者が来たんだよ」

「賢者……あぁ、トーヤさん?」


 ヴァルが頷く。

 水の大魔法であっという間に消火してしまったって。

 他の魔術師の出番はまったくなし。

 私の治癒魔法が届かなかった怪我人も、カケルさんがみんな治してくれたようで――


「死人はなし。結果的に怪我人もゼロだ」

「ほんと!? よかったぁ」


 ほっとしたら――お腹が鳴った。

 ひぃっ、前にも同じようなことあったじゃん。

 恥ずかしぃいぃぃ。


「何か食うものを貰って――誰か来る」

「え?」


 誰か来る?

 ヴァルがそう言ってざっと十数秒して、足音が近づいて来た。

 ほんと、どんな聴覚してんだろう。

 

「おーい、おるかぁ?」


 おるかぁって、誰に向かって言ってるんだろう。

 ここ、たぶん宿だよね?

 隣の部屋? それとも――


「この声は昨日のドワーフのおっさんだな」

「そう、なの?」


 おじさんの声なんて覚えてないよ。

 ヴァルが扉に近づこうとしたら、ドアノブに手を掛ける前に一歩下がる。

 するとドアがバンっと開いた。


「目を覚ましたようで何よりだわい」

「おい、おっさん。まだ眠ったままだったらどうすんだ」

「声が聞こえとったんだ、寝とる訳なかろう」

「ったく、地獄耳だな」


 さっきの声が聞こえてたの?

 ドワーフって人間寄り耳が少し大きいけど、関係あるのかな。

 あとヴァルは人のこと言えないと思うよ。


 ――にしても。


「なんかいいにおいするぅ」

「お、気づいたか? いやなぁ、かーちゃんがどうしても持っていけって、うるせぇからよぉ」


 そう言っておじさんは手に持った風呂敷をテーブルの上にどんっと置く。

 その様子をヴァルがじぃーっと見つめていた。


「もしかして、肉料理?」

「お、分かんのか?」

「あー……お肉大好きヴァル先生が、めっちゃじーっと見てるから」

「なっ。お、俺かよ!」

「がっはっはっは。そうか、若けぇのは肉好きか。そりゃたまんねぇだろうな」


 豪快に笑いながらおじさんが風呂敷を開くと、中には土鍋に似たものが。

 蓋を開けると、もわぁっと湯気が立ち上る。


「こ、これは!?」

「かーちゃん特性の、肉饅頭だ」


 肉饅頭――どうみても肉まんです!

 あぁ、ヴァルの視線が釘付けになってる。


「腹が減ってるといいんだけどなぁ」

「空いてる! ちょうどさっき、お腹が鳴ったところで」

「おぉ、そうか。そりゃあよかった。ほれ、お前ぇも食え」

「あ、あぁ」


 素っ気ない返事だけど、今めちゃくちゃ嬉しいはず。

 ヴァルが犬だったら尻尾ぶんぶんしてるだろうね。


 ひとつを私が、もうひとつをヴァルが、そんでもうひとつをおじさんが。

 三人でひとつずつ、ハフハフさせながら食べる。

 んん~。お肉が多くて美味しい。


「おじさん、ありがとう。あぁ、美味しかったぁ」

「いいってことよ。それでだ、オレの方の用は別にあるんだよ」

「え?」


 肉まん持ってきてくれたんじゃなかったの?


「オレの用ってのは、こいつをお前さんに渡すことだ」


 おじさん、今度は背負っていた包みを私に差し出した。

 長い棒かなにか?


 転がすように解くと、出てきたのは……メイスってやつかな?


「これ、は?」

「おぅ。これはオレが打った、聖女用のパワーメイスだ」


 ……え?


「三カ月ぐれぇ前だったか、異世界から聖女が召喚されるっつぅ夢を見たんだ」

「ぶほっ」

「お? 大丈夫か、嬢ちゃん」

「だ、大丈夫です。はい」


 さ、三カ月ぐらい前って言えば、私がこの世界に召喚されたぐらいじゃん。


「そんでオレぁ、無性にメイスを打ちたくなってなぁ」

「な、なんでメイスを?」

「なんでってそりゃあ、聖職者が持つ武器つったら鈍器だろう」


 あぁ、そうか。


「で、つい先日だ。打ちあがったのは。オレの懇親の一品だぜ」

「ほえぇ……うわっ、細かい模様がある。綺麗」


 武器っていうよりは、芸術品みたい。

 それになんか、凄く軽い。


「おいおっさん。こいつは……オリハルコンかよ」

「あぁ、そうだ。若けぇの、見る目があるようだな」

「へぇ、オリハル――オリ……」


 待って!?

 オ、オリハルコンって、いろんなファンタジー作品でも、最上級の鉱石のアレ!?

 激レアで、超高額で、超強い!?


「オリハルコンじゃなきゃならなかったんだよ。しかもな、都合よくオリハルコンが手に入ったんだ。こりゃもう、火の神の啓示みてぇなもんだろ」

「火の神?」

「火の神ってのはドワーフの間で呼ばれている名前で、人間の間では勇敢な戦の神と呼ばれている」

「オレらドワーフは、知っての通り職人が多い。その中でも特にオレみてぇに鍛冶師は、火の神――つまり戦の神を信仰している者も多いのさ。鍛冶ってのは火を使うからな」


 へぇ、そうなんだ。


「しかし聞いてくれよ。召喚された勇者一行は、野郎ばかりじゃねえか!」

「あ……あぁ、そうですねー」

「そうだな」


 私とヴァルが棒読みで応える。


「ドワーフの勘は当たるんだよ! なのに聖女がいねぇって、どういうこった!」

「えぇっと……なんでだろー」


 おじさん、めちゃくちゃ悔しそうに拳を握りしめ、歯を食いしばっている。

 けど、私を見てにこぉっと笑った。


「けどな、オレの勘はやはり当たってたんだ」


 ごくり……こ、この展開はもしや。


「嬢ちゃん。あんたぁまさに聖女様だぜ」


 やっぱりそう来るのぉー!?

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