第51話:ワンワン消防団

「寝たおかげで元気もりもり!」


 と塔の入り口で言うと、何故か視線が集まった。


「お前……言い方……」

「ん? 言い方がどうしたの?」

「……もういい。さっさと行くぞ」

「はーい」


 晩御飯にはまだ早すぎる。

 でも暇。


 ってことで、三五階まで行くことにした。

 午前中と同じ左ルートでさくさくっと三三階へ。

 そして三四階に向かう途中に中型のモンスター三体発見!


「私にやらせてっ」

「気絶だけはするなよ」

「うぃ。"光よ、無数の槍となりて悪しきものを貫け"」


 ホーリー・ジャベリン。

 唱えたら私の左右にそれぞれ五本ずつ、長細い光の槍が現れた。

 魔術師の魔法と同じで、投げて当てるやつか。


 ひゅいっと手を動かすと、それに合わせて光がシュバっと飛んでいく。

 十本の槍が三体のモンスターに飛んでいく。


 光――普通に考えたら、アンデッド以外に効果はなさそうなんだけど。

 まぶしーっ! とか、そんな程度?


「そんな風に思っていた時期がありました」

「は? 何を言っているんだ、お前は。さっさと行くぞ」


 ホーリー・ジャベリンがぶっ刺さったモンスターは、その瞬間に素材を落として塵になった。

 そう、塵に。

 まるでアンデッドのように。


 ふ、ふーん。凄いじゃん。

 ちょっとオーバーキル過ぎて、少数相手に使うのは勿体ないな。

 ってことで――


「次からはヴァルに任せるね」

「……言うと思った」


 はっ。読まれてる!

 でも有言実行。三五階まで道中のモンスターも番人も全部ヴァルに任せて、私は召喚するだけ。

 サクっと三五階まで上がって、転送装置を起動して塔を出た。


 晩御飯、楽しみだなぁ。

 お昼を食べたお店に向かうため、町を下っていく。

 塔は町で一番高い場所に立ってるから、どこへ行くにも坂を下らなきゃいけない。


「塔に行き来するだけでも、いい運動だよねぇ」

「こんなもん、運動のうちには――」

「ん? ……ヴァ」


 どうしたのかと思ったその矢先、ドンっという轟音が聞こえた。


「今のなに?」

「何かが爆発したんだろう。火の気配・・がする」

「火? 火事ってこと?」

「これからそうなる。密集地帯だと火の手が回って危険だ。町の外にいったん――」

「行こうヴァル!」


 小さい頃、わりと近所の商店街で火事があった。

 スーパーで買い物をした帰り道だったのもあって、まさに消防車が到着したばかりの現場に遭遇。

 怪我をした人、煙を吸った人。

 何人もの人が苦しそうにしていたのを覚えてる。


 私にはその人たちを助けてあげる力はなく、ただ見ていることしか出来なかった。

 子供だし、医者でもないし、消防士でもないし、当たり前なんだけど、その当たり前が悔しいなんて思ってたっけ。


 でも……今の私には、魔法がある。

 助ける事が出来るのに、何もしないんじゃ昔の私と同じ。


「ったく……ん」

「ん?」


 ヴァルが手を差し出す。


「途中で逸れたらお前、現場までたどり着けねえだろ」

「おぉ! よく分かっていらっしゃる」

 

 差し出された手を掴み、二人で駆けだした。






「なんか見覚えのある通り」

「行こうとしてた飯屋の近くだ。火元はもっと奥だがな」


 この辺りまで来ると、さすがに黒い煙も見えてきた。

 同時に焦げ臭いにおいも風に運ばれてくる。


「ねぇ、火ってどうやって消すの? 消防士は?」

「しょーぼーし? なんだそれは」


 いないかぁーっ。


「火は魔法で消す。だが善意でやる魔術師が何人いるか……」

「もしかして依頼を受けたらとか言わないよね?」

「残念だな。もちろん、金次第だ」


 ぐああぁぁーっ。

 い、いや、消防士さんだってお仕事で給料貰ってるんだし、依頼を受けて消火しにいく魔術師だっておかしくはない。

 ないけど……。


「あんたっ。この先に行く気かいっ」

「あ、おばさん!? 怪我ない? 大丈夫?」


 大きな声で私を呼び止めたのは、食堂のおばさんだった。


「この辺はまだ火の手も回ってないんだから、怪我なんてする訳ないだろう」 

「よかったぁ」

「あんた、火元に行こうとしてんだろう? やめときなよ。今日は風も強いし、いつ広がるか分かったもんじゃないよ」

「だったらなおさらだよ。怪我する人もいるだろうし、消火も急がないとっ」

「無茶だよっ。怪我人なら西門か北門の方に運ばれるだろうから、そっちへおいき。消火は魔術師に任せとけばいいんだよ」


 おばさん、私の心配してくれてるんだ。

 たった一度、ご飯を食べてあかぎれの治癒した程度なのに。


「ありがとう、おばさん。でも私、水の魔法も使えるから。治癒も消火も、どっちも出来るから大丈夫」

「治癒と消火もって、え?」

「もしもんときは俺が首根っこ掴んで安全な所まで走るから、心配するな」

「首根っこはやめろぉ」


 ヴァルに頭をぽんぽんと叩かれ抗議する。

 あばさんは心配そうにしてたけど、私たちは走った。

 近づくにつれ、煙の臭いも強くなっていく。


 消火は――誰もいない。

 怪我をしている人もいるけど、治療に当たってる司祭らしき人もいなかった。


 なんか背が低くてずんぐりした人たちが多い。

 もしかしてドワーフ?


「親父ぃーっ」

「バッカ野郎……オレ、は、いい。早く火を、消せ」

「バカはどっちだよ。くそっ。すぐそこから出してやるからなっ」


 焦げた柱の下敷きになってるドワーフのおじさんがいた。

 太い柱はひとりの力じゃ動きそうにない。

 誰か……。


 近くにいる人はみんな、似たような状況に陥っている。


 治癒?

 消火?


「火は嫌いなんだが……くそっ。持ち上げてやるから、すぐに引き抜けよっ」

「ヴァル!?」

「せぇのっ――ぐっ」


 ヴァルが柱を持ち上げる。

 なんて怪力!?

 でもじゅって音がした!


「ヴァル! 火傷してるじゃないっ」

「俺より、つっ――こっちのおっさんが先だ。アバラをやられてんだろ」

「どっちもすぐ治癒するからっ。"癒しの光よ"」


 おじさんの治癒が終わったら、すぐにヴァルの火傷の治癒を。


「司祭か! こっちも頼むっ」

「娘が怪我をしたのっ」

「頼む、助けてくれっ」


 あちこちから治癒を求める声が上がった。

 ひとりひとりに治癒を掛けてたら追い付かない。

 そうだ、聖域!

 あれも回復効果あったよね。

 いや、でもヒールのように瞬時の回復じゃない。

 ゆっくり、しかも範囲内に留まってないといけないし、ここでずっと留まってる訳にもいかない。


 治癒したばかりなのに、ヴァルもまた人助けに行ってる。

 また火傷してる。


 回復……誰を優先に?

 医療ドラマとかだと、怪我の程度で優先順位決めたりしてるよね。


「司祭様っ」

「治癒を」

「熱いよおっ」


 こんな……こんな状況で優先順位なんて……。


「ミユキ! おい、あるだろう!」

「ヴァル?」

「さっき聖典読んでただろうが」


 せいて――あ!

 サークル・ヒールがあったじゃん!


 でもどのくらいの半以下分からない。


「怪我をした人は私の周りに! 動けない人は誰か手伝ってあげてっ」


 呪文――呪文――あった。


「"救いを求める者のために、祈りましょう。癒しの祈りを"」


 出来るだけ広く――出来るだけたくさんの人を――出来るだけ早く!

 出来るだけ――


 足元が明るくなる。

 魔法陣?

 それがぱぁーっと広がって、淡い緑色のホタルのような光が沸き上がった。


「傷が……傷が塞がっていく」

「ママ、熱くない。もう熱くないよ!」


 まだ、もっとずっと広い範囲を。

 もっと。

 もっと。

 もっと!


「――キ! ミユキ!! 広げ過ぎだっ」

「なんてこった。ここまで広範囲の治癒魔法なんて、俺ぁ初めて見たぞ」

「え、広げ、すぎ?」

「もういい。治癒は十分だっ」


 もう、いいの?

 辺りを見渡すと、さっきまで怪我をしていた人たちが全員ぴんぴんしていた。


「じ、じゃ、次は火を消そう。す、すい――あ、れ?」


 視界が歪む。

 あ、これ、倒れるやつだ。


「ったく、バカ野郎。おいおっさん、こいつを安全な所に運んでくれ。あとは俺がなんとかする」

「なんとかって、おい若いのっ。まった――――」


 ヴァル……どこ行くの?

 なんとかするって……あぁ、ヴァルって魔法剣士だったよね。

 私の髪を凍らせたことがあった。

 氷の魔法が得意ってこと?


 それで……火を……消す、のかな……。


 遠くで狼の遠吠えが聞こえた。

 この声は、もしかして……ヴァルツ?


 来てくれたのかな?

 来てくれたんだよねヴァルツ。


 お願い。ヴァルを助けてあげて。

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