第46話:バカなの?
「俺たちは奴らに襲われたんだっ。見てくれ、この痣をっ」
ここは塔の一階。冒険者ギルドの出張所。
地上に出て今すぐにでも宿に行ってお風呂に入りたいのに、さっきの連中が涙ぐましく支え合って追って来た。
何故かギルド職員に詰め寄って、大声で叫ぶ五人。
あ、静寂の効果切れたんだ。
「冒険者は同じ冒険者に危害を加えてはいけない。そうだったよな!」
「はい。冒険者に限らず、正当な理由もなしに人に危害を加えることはギルドとしては容認しておりません」
「だよなぁ。だったらあいつらを処分してくれ!」
と、私たちを指さす。
「何言ってんだろう、あいつら。バカなのかな?」
「バカだからあーなんだろ」
「そっか。やっぱりバカなんだ」
「ばかばかうるせぇぞてめぇら! おい、職員!」
最初に私を押しのけたあいつがリーダーなのかな。その男の呼びかけに返事をするギルドの人はいない。
だってもう事情は説明してあるもんね。
「おい、聞いてんのか!」
「ヒューリさん。先に手を出したのはあなたがたですよね?」
「は? な、なに言ってんだ。怪我してんのはこっちだろうっ」
「それは返り討ちにされたからでしょう?」
「ぐっ……メルキュア――"ここにいる奴ら全員眠らせろ"」
え?
今こいつ、普通じゃない言語で喋った。でもなんて言ったのか分かる。
「ほぉ。今のは従属魔法の専用言語か。ここにいる奴らを全員眠らせろ――そう言っただろ?」
塔の出入り口からそんな声が聞こえ、野次馬を押しのけひとりのおじさんが入って来た。
やたら大きな体が筋骨たくましくて、冒険者の中にいてもすごく目立つ。
「あ、ギルドマスター。二時間の遅刻ですよ」
「うっせー、バァーロー。ギルドマスター様は忙しいんだよ」
え、あのおじさんこの町のギルドマスターなの!?
「寝癖を付けたままでは説得力がありませんね」
「ふぐっ……そ、それよりもだ! 従属魔法ってのは、どういうことだろうな」
おじさんがあいつを睨みつける。
結構強面だからってのもあって、めちゃくちゃ怯えてるみたい。
それに褐色の女の人を見て、驚いているようにも見える。
「な、なんでだ……"おい、メルキュア、俺に従えっ"」
「あなたに従う理由がもうありません」
彼女――メルキュアって名前なのかな――彼女が左手を見せる。
棘の模様があった手の甲だ。
「解呪!? ど、どういうことだっ。あの呪い、金貨五枚もしたんだぞ!!」
「ほぉ、呪いかぁ。女を呪いで従属させ、連れまわしていたのか。本人の承諾なしに無理やりパーティーを組ませることを、ギルドは容認していないはずだが?」
「あぐ……そ、それは……。けどギルドマスター! その女はハーフダークエルフなんだっ」
え……ダークエルフの……混血?
野次馬冒険者がざわつく。
この世界のダークエルフは、邪神が創造した悪しき存在――ヴァルはそう言っていた。
世間一般的に、ダークエルフは人類の敵のような存在なんだろう。
そのダークエルフの血が半分とはいえ流れているなら、同じような認識のはず。
でも……。
「そうさ。こいつは邪悪なダークエルフの血が流れてんだっ。だから従属の呪いで言うことを聞かせる方が、世間にとってもいいことじゃないか」
「あ、あたしは……あたしは何も、何もしていないわ」
「はっ。メルキュア、教えてやるよ。お前は生まれてきたことが間違いなんだよ。存在自体が悪なんだよ! だから俺たちがしっかり飼いならして躾してやらなきゃならないんだよ」
「お前ら、黙って聞いて「ふざっけんな!」――ミ、ミユキ?」
「ヴァル、遮ってごめんね。でも私、こいつら許せない」
だんっと足を踏み鳴らし、男の前に仁王立ちする。
「あんたたちがパーティーに入ってる私を強引に引き抜こうとした時、この人は心配そうな顔して首を振ってたの。こっちに来ちゃダメって伝えてたんだと思う。まぁそうよねぇ。あんたたちみたいな男がいるパーティーなんかに入ったら、どんな目に会うか分かったもんじゃないんだし」
「なっ。なんだと小娘!」
「この人は優しい人よ! 自分が辛い目に会っているのに、他人を心配してくれるような人だもん。それに引き換えあんたたちは、両親揃って人間だってのになんでこんな悪人な訳?」
「あ、悪人だと!?」
「悪人でしょ! こんな優しい人に呪いをかけて無理やり従わせてたんだもん。善人な訳がない!!」
もう一度だんっと脚を踏み鳴らす。
男たちが一歩後退する。
ざわついていた冒険者たちも静かになった。
「あのね、子供は親を選んで生まれてこないの。分かる? 生まれてきたことが間違いだなんて、勝手に決めつけるな!」
「うっ……」
「誰にだって生まれる権利はある! 誰にだって自由に生きる権利がある! 親がなんだとか関係ないでしょ、選べないんだから!」
親を選べるのなら、私だってちゃんと愛情を注いでくれる人たちの間に生まれたかった。
生まれて一週間で捨てるような人たちの子供に、生まれたくなんか……なかったよ。
「そう、だよな……。ダークエルフとの混血だと言っても、子供が悪とは限らない」
「あぁ、そうだ。俺、前に彼女から助けてもらったことがある。お礼を言おうとしたけど、あいつらが無理やり腕を引っ張って連れて行っちまったから言えなかったんだ。あの時は危うい所を助けてくれて、ありがとう」
「俺はポーションを分けて貰ったことがある」
「ランタンの火が消えて慌てていたら、明かりを灯してくれた魔術師がいたの。後ろ姿しか見えなかったけど、銀髪の女の人だったのは覚えてる。もしかしてあなただったの?」
急に堰を切ったかのように、集まっていた冒険者から感謝の言葉が溢れ出した。
それだけメルキュアさんが、人に親切にしてたってことだね。
「そっちのお嬢ちゃんの言う通り、いったいどっちが悪人なんだろうな」
「なっ……お、お前ら、こいつにはダークエルフの――」
「それがどうした!」
「お前らの方こそ、真っ黒な血が流れているんじゃないのか!」
「そーだそーだっ」
そーだそーだ!
「ちなみに、ギルドだってバカじゃない。彼女が冒険者登録に来た時には、三カ月かけて身辺調査が行われている。本人の承諾なしにやってるから、完全な抜き打ちだ。すまねぇな、規則なもんでよ」
「えっ、いえ……仕方ありませんから」
ギルドマスターが申し訳なさそうに言うと、メルキュアさんは少しだけ笑みを浮かべて首を横に振った。
三カ月という決して短くはない期間で調べた結果、彼女に邪な面はどこにもない――というもの。
「という訳でだ。罪を犯したわけでもない相手に従属の呪いをかけ、さらに禁止事項である強引なパーティーへの勧誘、及び人を襲撃した罪で、貴様らの冒険者資格をはく奪する。と同時に、王国法で禁止されている他者へ呪いを付与した罪で役人に引き渡す」
「そ、そんなっ」
ギルドマスターが指をパチンと鳴らすと、野次馬の中からムキムキマッチョな人たちが前に出てあいつらを全員捕まえた。
持ち物は全部没収され、そのまま引きずられて町の方へと消えて行った。
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