第45話:ゴブリンの耳だらけな鞄とウザPT

 やっぱり、魔法のトリートメントは凄いんだ。

 それを実感したのは、普通のトリートメントを買って試しに使った翌日。

 しかも――


「なんだ、寝癖か?」

「違う。昨日買ったトリートメント使っただけ」


 ヴァルに寝癖かなんて言われるほど違いが出てるっていう。


「はぁ……」

「安もんか?」

「そんなことない。でも魔法が掛かってない、普通のやつを買ったんだぁ」

「ふーん。変わるもんだな」


 興味なさそうに言いながら、人の髪弄って遊ぶなっ。


 朝市で食料を少しだけ補充して塔へと出発。

 今日も一階で名簿に登録して、いざ出陣!


「あれ? 昨日はなかったのに、魔法陣が出てる」

「あぁ。五階の魔法陣を起動させると見えるようになるのさ。俺は昨日も見えてたけどな。使い方は覚えてるだろうな?」

「ばっちり」


 大銅貨を一枚取り出し、魔法陣に描かれた「5」に置く。で、真ん中に乗って――


「五階!」

「ここにゴブリンがいるから、倒しながら番人を探すぞ。確かここの番人は赤い芋虫だったか」


 芋虫……。


「大きい、の?」

「分類としては小型だな」

「そうじゃなくって、昆虫の芋虫と比べたらって意味!」

「なんでそんなのと比べるんだよ。ったく、一メートルぐらいなはずだ」


 デカいじゃん!

 うえぇー、やだなぁ。デッカい芋虫とかやだなぁ。

 しかもゴブリンの耳集めまで……あ。


「ゴブリンの耳は鞄に入れたくない!」

「だったら抱えて持って行くか?」

「嫌ですごめんなさい」


 うわあぁぁぁんっ。






「うっ……うっ……」


 顔を仰け反って、目をぎゅっと閉じて……待つ。


「入れたぞ」

「あぃ」


 今、私の鞄の中に……ゴブリンの耳が……


「これで何個ぉ」

「三七体分だから計算してみろ」

「七四。あと何個ぉ」

「依頼は五〇だ。超えた分は買い取って貰えるんだ。次の階層に行くまでに倒した奴からは、全部取るぞ」


 ぎええぇーっ!

 うっうっ。麻袋に入れてから鞄の中へ突っ込んでいるとはいえ、その鞄には食料もシャンプーもトリートメントも着替えも入ってるんだよぉ。

 ヴァルはマジックバッグだから大丈夫っていうけど、気持ちの問題!


「お前のおかげで、収集の依頼が捗るな」

「マジックバッグもう一個欲しいぃ」

「高いんだぞ! 二、三種類しか入れられないようなものでも、金貨十はするってのに」

「たかっ!」


 え、待って。これ何種類はいる?

 ゲームのインベントリみたいに横五マス、縦十マスに枠組みされてるんだよね。

 ってことは五〇種類か。


 ……幸薄いお兄さん、なんてものくれたの!

 ありがとう!!


 五階層の番人を見つけたのは、この日の夜。


「"炎の礫よ!"」

「ギュピッ」

「よし、走るぅーっ!」


 あぁ……やっとゴブリンの耳地獄から解放される……。

 鞄……鞄……うぅぅ。

 金貨十枚か……買っちゃおっかなぁ。


 各階層での依頼をこなしながら、着々と上の階層へと上がっていく。

 ここまで五日。


「これで九階も終わり!」


 番人を倒してすぐさま階段を駆け上がる。


 五日間、お風呂に入っていない。

 ダンジョン内でもなんとかお風呂入れないかなぁ、死にそうだよぉ。


「おいっ」

「ん? ――うわっ」


 階段を登りきったところで、どんっと背中を押されてこけそうに。

 でもこけなかったのは、直ぐにヴァルが腕を伸ばしてく支えてくれたから。


「大丈夫か?」

「う、うん」

「階段上でぼうっとしてんじゃ――お、悪かったなぁお嬢さん。せっかく開いた階段だったもんで慌てて上って来たんだ」


 私を押しのけたのは六人組の冒険者――あれ?

 あの褐色肌の人、初日にヴァルがじーっと見てた人じゃん。

 魔法使いなのかな、杖持ってる。


「ペアで攻略かい? 二人だけだと戦力不足で苦労するんじゃないか?」

「よかったらさぁ、オレらのパーティーに加わらないか? もちろん君だけ」


 ……なにこいつら。

 こんな所でパーティー勧誘? しかも明らかにパーティー入ってる人間に対してとか。

 後ろにいるあの女の人、少し怯えたように顔を左右に振ってる。

 まるで「来ちゃダメ」って伝えようとしてるみたい。

 もちろん行かないけどね。


「お断りします。いこ、ヴァル」

「おいおい、ちょっと待ちなよ」

「いいじゃんいいじゃん。そんな冴えない男なんか止めてさぁ、俺らと行こうぜ」

「俺ら、鉄級冒険者だぜ。ぜってぇ頼りになるって」


 この人ら、ヴァルが銀級だと知っててドヤ顔しているんだろうか。

 まぁそんな訳ないよね。


 ヴァルがじぃーっと見つめていた女の人は、困ったような表情で私を見ていた。


「な?」

「ウザ」


 ひとりが手を伸ばしてきたので、ひょいっと躱す。


「んだと、このア――」


 ともう一度手を伸ばしてきたけど、その手はヴァルが掴んで阻んでくれた。


「いい加減にしろ」

「ぐ……く、そ。は、離しやがれっ」

「ん? なんだ、鉄級様は掴まれた腕を振りほどくことも出来ないのか?」


 にやにやと笑っているヴァルに対して、向こうは顔真っ赤。


「おい、ふざけるな!」

「仲間の手を離しやがれっ」


 前衛っぽい二人が加勢に入ってヴァルの腕を引っ張ろうとしてるけど、ビクともしない。

 ヴァルってそこまでムキムキマッチョではないんだけど、怪力だよなぁ。

 とか思って見てたら、後ろにいる魔術師風の男が何かもごもご言い出した。


「"静寂の風よ"」

「"――――" !?」


 ふっ。

 氷属性を解放する目的でウィンド・カッターを使っていたら、この魔法もいつのまにかスキルボードに出て来てたんだよね。

 これは音を消す魔法。

 言葉を発することで、それが鍵となって魔法は発動する。

 音を消すってことは、声を消すってこと。


 口をパクパクしている男は、恨めしそうに私を見た。

 あっさり魔法にかかるってことは、あんたの魔力が私より低いってことじゃん。


「ヴァル、もう行こうよ」

「そうだな」


 ヴァルが突き飛ばすように手を離すと、男は尻もちをついた。


 あぁ、この状態で転送装置を解放するの嫌だなぁ。


「待てよおい、ふざけるな!」


 と声がしたときには、隣にいたヴァルはもういない。

 私が振り返った時には、あの三人はもう地面に突っ伏していて、弓に矢を番えたままの男が宙に舞っていた。


「よかったな、口が利けなくて」


 ヴァルがそう言うと、まだ私の魔法が利いている男がこくこくと頷く。

 褐色肌の女の人は、おろおろと見ているだけ。


「あんた、こんな奴らと組むの止めた方がいいぜ」


 お、ヴァルが声かけてる!

 どうするんだろう。誘っちゃうのかなぁ。

 ヴァルがそうしたいっていうなら、私は反対しな――。


 でも、そうなったら私、いていいのかな……。


「あ、あたし……行けない、の。どこにも」

「は?」


 彼女は恐る恐る手袋を外して、手の甲をヴァルに見せていた。

 なんだろう? なにかあるのかな。

 ただ分かるのは、ヴァルが凄く怒ってるってこと。


「ミユキ。呪いの解除は出来るか?」

「え、呪い? あっ、待ってね」


 まさか呪われてるってこと?

 行けないって言ってたのは、呪いが原因?


 すぐにスキルボードを確認して、呪いを解除する魔法を見つけた。


「"光よ、忌まわしき呪いを打ち払え"」


 光る指先で彼女の手の甲にちょこんと触れる。

 その甲には黒い棘のような模様が浮かんでいたけれど、すぅっと消えてた。


「とけ、た……呪いが解けた!」

「おいっ」


 嬉しかったのか、彼女は目の前にいたヴァルに抱き着いた。

 

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