第43話:その頃の勇者一行②

 弦たち一行が森から戻ってくると、さっそく薬草の準備が始まった。

 しかし薬草の量を見て、村長が怒鳴る。


「こ、これっぽっちの薬草じゃ、村の者みなにいきわたらないじゃないかっ。オルソンさん、もっとたくさん――」

「心配に及びませんわ。わたくしが部下に命じて、マーラの町まで薬草を買い付けにいかせますもの」


 割って入ったのはなんとイグリット。

 彼女は腰に手を当て、村長を見下ろすように仁王立ちした。

 実は背伸びをしていることを、勇者一行とセイゲルは知っている。


「それにしても、おかしいですわね。お話を伺う限り、オルソンさんご夫妻が成人病を他所から貰って来た可能性はまったくございませんのに」

「そ、それは……わたしらには話していないだけで、誰かと会っていたかもしれないでしょう。い、いったいなんなんです、あなたがたはっ」

「あら。あなた、わたくしを知らないですって? セイゲルっ」

「はい。こちらにおわすお方は、アルケパキス王国の第一王女イグリット姫様であらせられます。頭が高いですよ」


 セイゲルはそう言いながら、懐からハンカチのようなものを取り出した。

 葉っぱを咥えた小鳥を美しい花々が囲う刺繍が施されたそれは、王族のみ持つことを許された国章。

 村の長であれば、国章ぐらいは見たことがあるはず。


「ひ、姫様!? な、なぜ姫様がこんな村にっ」

「決まっていますわ。この方々はわたくしが召喚した勇者様。わたくしたちは今、世界を救う旅の最中なのですわよ」

「ゆ、勇者様!?」


 村長は腰を抜かしたように、その場にぺたんと座り込んでしまった。

 その顔には焦りの色が浮かんでいる。


「村長。あなた、マーラの町へ野菜の納品へ行ったそうですわね」

「い、行きました」

「往復二日の距離を、何故五日も掛けて?」

「そ、それは、急ぐと野菜が荷車にぶつかって傷むからです」

「むしろ時間をかけた方が、葉物野菜なんかしおれちゃうと思うんだよねぇ」

「翔様が仰る通りですわ!」


 とドヤ顔のイグリットだが、「刃物野菜? なんて物騒な野菜ですの」と内心思っている。


「あなた、本当は途中にあるサウス村に立ち寄っていたのではありませんこと?」

「そ、そ、そそ、それは……」

「村長! この国章を前にして嘘偽りを申せば、どうなるかお判りですわよね?」

「ひっ。もももも、申し訳ございませんっ。サウスに立ち寄りました。いや毎回サウスに立ち寄っておりますっ」


 あっさりゲロった。

 それも仕方ないだろう。王女に対し嘘を吐き、それがバレれば――死刑も免れない。

 まぁさすがに大袈裟ではあるが、タダで済まないのは確かだ。


 顔面蒼白になった村長の話はこうだ。


「サウスに愛人がおりまして」

「「な、なんだってーっ!」」

「あなた!?」


 これには勇者一行だけでなく、村民、そして村長の妻も驚いた。


「だからあんた、毎月の納品を自分で買って出ていたのか!」

「いつもひとりで行くから、道中を心配していたってのに……愛人に会いたさにひとりで……」

「酷い、酷いわあなた!」


 いろんな意味での修羅場である。

 そして村長は二十日前にもマーラの村に寄っている。

 その頃には成人病も収束しつつあったため、封鎖のために派遣された役人も帰ったあと。

 もちろん、完全に収束し、そのうえで十日間は村の内外の出入りは禁止としたうえでの帰還だ。


「なんで村長は入れたんだ?」


 省吾の問いに村長は――


「あ、愛人と会うのに、堂々と村に行くはずないでしょう」


 と答える。

 もっともだ。

 もっともだが、だからこそ誰にも知られず感染して帰って来てしまったのだ。


 村へと帰る途中に、サウス村で流行り病が蔓延しかけていた――という話を、たまたま通りかかった旅人の会話で知り、村長真っ青。


「大丈夫だと思ったのですが、村に戻って三日後に……熱を……」

「ぎっくり腰だと言ったじゃないか!」

「村長、あんたそんな状態でオルソンさんを呼びつけたのかい」

「自分から移しておいて、オルソンさんのせいにするとはなんて人だいっ」

「し、仕方なかったんだっ。おれが病気を持って来たと知れたら、浮気していたこともバレてしまうだろうっ」


 もうバレている。


「まぁまぁまぁ。病気を貰っちゃったことは、別に悪いことでもないとボクは思うよ」

「そ、そうですよね司祭様!」


 村長の表情が明るくなる。

 神の信者が、しかも勇者一行の司祭が自分を擁護してくれるのだ。

 向かう所敵なしである。


「誰だって好きで病気になる訳じゃない。好きで移してる訳じゃない。ほとんどの人は、自分が感染していることも分からずに他人へ移しちゃってるんだ。仕方ないよ」

「聞いたか! なんと慈悲深きお言葉か」

「ぐっ……」


 ドヤ顔村長。

 理不尽だと苛立つ村人(病人)。


「でもね。浮気してたり、症状が出たのにみんなに内緒にしたり、発熱中にオルソンさんを呼び出したり。村に蔓延すると、病気を持ちこんだのはオルソンさんだって責任を擦り付けたりさ。それって悪いことだよね」

「え……」

「そ、そうだぞ村長!」

「あんたが病気を貰って来たと最初に言ってくれていれば、村のもんだって対策できたんだよっ」

「それをオルソンさん夫妻のせいにするとは、なんて人だあんたは!」


 途端に村民は村長を責め立てる。

 その時、ダンッと床を踏む音がした。


「御黙りなさい! あなたがたも同罪ですわ! オルソンさんご夫妻が発熱した際、早々に薬草を森に採りに行っていればよかったものを。それを小さな少女ひとりに行かせ、戻ってくれば責め立てたというではありませんか!」

「うっ。そ、それは……」

「なんの対策もしないでご夫妻を責め、その結果、こうしてみんな仲良く寝込んでいるのではありませんこと?」

「う……」

「ちなみにだが、村の大人たちが病に感染したのは、完治もしていないのにうろつきまくった村長が原因だろう」

「「村長!!」」


 やはりフルボッコである。自業自得なので仕方ない。

 そこへ苦味のある香りが漂って来た。

 オルソン夫妻とその娘、リリーの三人が完成した薬を持ってきたのだ。


「さぁみなさん、薬湯が出来ました。今日の分しかありませんが、姫様が薬をくださるそうなので」

「イグリット姫様、本当にありがとうございます。森で怪我を負ったわたしの治療までしていただき、そのうえで薬まで。あなたはまさに聖女様です」

「せ、聖女? ほ、ほほほ。そんなことございませんわよ」


 内心「もっと言ってもよろしくてよ」と思っているイグリットである。


「お父さんっ。聖女様は私を助けてくれたあのお姉ちゃんなんだよ」

「リリー。いいじゃないか、聖女様が二人いても。その方がステキだと思わないかい?」


 言われてリリーは王女を見た。

 見上げられたイグリットの方は、純粋な眼差しを向けられて少し照れくさそうだ。

 なにせ城にいる間、彼女に寄りつくのは権力にしがみつきたい貴族やその令嬢令息たちばかりだ。

 キラキラした瞳で見つめられることなんてない。


「うん。聖女様が二人いるって、ステキだわ。王女様も聖女様ね」

「あ、ありがとうございますわ」

「私もお姫様やあの時のお姉ちゃんみたいな司祭になりたい! そしたらお父さんやお母さん、村の人の病気を直ぐに治してあげられるのに」

「まぁ、なんていい子なのかしら。あなたが本気で司祭を目指すというのでしたら、わたくしが神殿に口利きして差し上げますわよ」

「ほ、本当ですか!?」


 そんな二人のやりとりを、微笑ましそうに見つめるのはセイゲルだった。


「みなさん、早く元気になってください。わたしらのことは気にせずに」

「私たちのせいではなかったのは良かったけれど、だからといって村長さんを責める気もありませんから」


 とオルソン夫妻が言えば、村人はみんな黙るしかなかった。

 いや、ひとり黙ってはいられない人もいる。


「病気のことはオルソンさん夫妻がいいと言うから不問にするとしても、私は許せないわっ。子供もいるってのに、浮気をするなんてっ」


 村長の妻である。


「離婚よ!」

「な、何を言っているんだっ。り、離婚だなんて、女のお前から出来る訳ないだろうっ」

「何を仰っているのかはあなたの方ですわよ村長。我が国の法律では、夫に何の問題もない場合に限り妻からの離婚宣言は認められないだけで、夫に問題があれば別ですわ」

「え!? そ、そんな話――」


 平民に詳しい法律を知る者は少ない。

 都合のいい部分だけが広まっているので、男にとって都合のいい解釈が世間に広まっているのだろう。


「このわたくし、イグリットが証人となって差し上げます。奥さん、夫である村長との離婚を、このわたくしが認めて差し上げますわ」

「あぁ、ありがとうございます姫様」

「あとただの離婚ではダメですわよ。離婚後の生活を保障できるよう、村長からしっかり毟り取らなくてはなりませんわ」

「はいっ」

「そ、そんな……ああぁぁ……」


 こうして成人病は無事収束することとなる。


「でも病気に詳しい人が村にいたら、ここまで広まらなかったかもしれないねぇ」

「それならあの子が、きっと良い司祭になりますわ」

「あ、姫様本当に口利きするつもりなんだ?」

「あ、当たり前ですわ」

「でも薬の知識のあるやつもいたほうがいいだろう?」


 という勇者一行の会話を聞いていたひとりの少年が――


「お、オレ、勉強しますっ」


 と名乗り出た。すると他の子たちも「自分も」「私も」と声を上げる。

 それを見て一行は笑みを浮かべた。


 この地方に流行り病が発生しても、すぐに司祭や薬剤師が駆け付け、人々を助けるようになるのは二十年ほど先のこと。

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