第42話:その頃の勇者一行①

「大人の方は村に入らないでください」


 八歳ぐらいの女の子が両手を広げ、勇者一行の前に立ちふさがった。


「どうしてかな?」


 弦は穏やかな笑みを浮かべながら、少女を怯えさせないよう優しく尋ねる。

 ぽぉっと頬を赤らめた少女は、もじもじしながらその理由を答えた。


「あのね、今村のほとんどの大人の人が病気なの」

「病気!?」

「大人だけ……ふむ」


 翔は慌てたが、隣でトーヤが何かを思い出したようだった。


「大人だけ、かい? なんの病気だろう」

「成人病だな。十五歳以上の者が発症するもので、人に移る」

「ちょっと待って。一時間限定だけど、感染症を防ぐ魔法があるから」


 翔が慌てて全員に魔法を付与する。

 それを見た少女が――


「あ、あのっ。オルソンおじさんとリリーが、森に薬草を採りにいったの。でもその森には……」

「分かったよ。森というのはあっちの森かな?」


 弦は後方に見える森を指さした。

 少女が頷く。


「僕が行こう。みんなは村の人を」

「イグリット様も弦と行って。そのオルソンさんって人たちがもし怪我をしていたら、治療する人が必要だから」

「わ、分かりましたわ。お任せくださいませ。セイゲルはみなさまのお手伝いを」

「畏まりました。弦さま、よろしくお願いいたします」


 弦は頷くと、急いで踵を返した。

 イグリットがそれに続き、さらに二人の護衛騎士が続く。


「病気の人のところへ連れて行ってくれる? ボクたちも看病をお手伝いするよ。大丈夫。魔法で病気にならないようにしたから」

「じゃ、案内するね。みんなは集会所にいるの」


 四人は少女に案内され、集会所へとやって来た。

 公民館のようなそこには、四十人ほどの大人たちが寝かされている。


「な、なんですかあんたたちは」


 声を上げたのはこの村の村長。

 また妙な奴らが首を突っ込んできた――そう言いたげな顔をしている。

 どうやら村長は感染していないようだ。

 ただ時折、体が痛むのかあちこちさする仕草が見られる。


「あの、今この村には大人だけに移る流行り病が蔓延しております。みなさん、危険ですので直ぐにお出になったほうが」


 もうひとり元気な女性がいた。

 彼女は一行を心配して声を掛けたが、翔は首を振って「大丈夫」と。


「ボク、通りすがりの司祭なんだよ。今仲間が森に入った人を探しに行ったから、直にに薬草を持って戻ってくると思うよ」

「ほ、本当ですか? あぁ、よかった……。薬草を採りに森へ入ったのは、夫と娘なんです」


 聞けばこの女性とその夫が、この村で最初の発症者だという。

 高熱にうなされる両親を心配して、娘が危険な森へ薬草を探しにいったのだとか。


「その時も、娘を助けてくださった旅の方がいまして。おかげで私と夫はすぐに回復したのですが……」

「村の人に移ってしまったんですね。まぁ移るのは仕方がありませんよ。それにこの病、後遺症があるものの命の危険があるような病気ではありませんから」

「へぇ、セイゲルさん結構物知りなんだぁ」

「まぁ一応。それにこの病、つい最近別の村でも流行していましたから記憶にあったんです」

「え、そうなの?」

「あぁ。一カ月ほど前、隣国から来た行商人と取引のあった村で発症している。その商人が運んで来たんだろう」

「おわっ。トーヤも知ってるの!?」

「じゃ、奥さんと旦那さんはその村の人と接触があったってことか」


 省吾の言葉に、女性は首を傾げる。


「どう、でしょう? 私も夫も、ここ三カ月ほどは村を出ていませんし、他所の村の方も来ていませんから」

「なら、どこで感染したんだ?」

「そっ、そんなことより司祭様っ。村の者を診てやってくださいよっ」

「……うん、そうだねぇ」


 何故か村長は顔を青ざめる。それを見て翔は不審な目を向けた。


(なーんでこの村長は感染してないんだろうね。奥さんは薬を飲んでよくなったっていうから抗体が出来てて、もう感染しないってのは分かるんだけど)


 患者を診始めた翔が、あることを思い出す。


「そういえばさ、成人病って本で読んだの思い出したよ。これ、インフルエンザに似てるんだよね」

「インフルエンザなのか?」

「似てるって言ったじゃん、省吾。高熱が出て、体の関節が痛むんだよ。たださ、この病気って後遺症が凄く長引いてね」

「そうなんです。実は父がこの病に一度罹ったことがありまして」

「セイゲルの親父さんが?」

「はい」


 薬を飲めば数日で熱は下がる。さらに数日もすれば、人に移すこともなくなる。

 が、半数近くの者が後遺症に悩むことになるのだ。


「父はその半数に入ってしまいまして。三カ月ほど、関節痛や倦怠感に悩まされていました」

「奥さんは大丈夫そうだねぇ」

「あ、はい。娘を助けてくださった見習い司祭だという女の子の魔法のおかげでしょうか。夫も私も、幸いすぐに元気になりまして、関節痛などもありません」

「へぇ、よかったねぇ」

「よかねぇよまったく。とんだ迷惑だぜ。あつつっ。オルソンさん夫婦が病をまき散らしたせいで、俺たちはこんな目に……うぅ」

「流行り病をどっかで貰ってきたんなら、そう言ってくれれば俺らも対処できたってのに! あいたたたた」

「す、すみませんみなさん。私たちのせいで……」


 口を開く元気のある村の者が数人、女性を非難するように声を荒げる。

 だが声を荒げることで体の節々が痛み、結局また寝込むことになる。


 女性は献身的に村人の看病を続けた。

 何人かはお礼を言うが、大半の者は看病されて当たり前という態度である。


「なんかイヤな感じの連中だな」

「同感」

「しかし不思議な話もあるものだ。村から出ていない夫婦が病に罹るのだから」

「あの……それなら……ごほごほっ」

「あぁ、無理しないで」


 何か言いかけた村人に翔が駆け寄り、小さな声で呪文を唱えた。

 傷みを軽減する魔法だが、わざと他の村人には聞こえないように唱えている。


「それで?」

「は、はい。収穫した野菜を荷車に積んで、村長がマーラの町へ納品に行っています。だいたい二十日前だったか」

「マーラの町と言えば、多少道を逸れるが成人病が発症したサウス村から近いな」

「この村からマーラまで行って野菜を納品するだけなら、往復で二日といったところでしょうか」

「いえ、村長さまはマーラに行くと、五日は帰ってきません。野菜をたくさん詰んでいるから、ゆっくり行っているんだとか」


 村長、怪しい。

 四人が同時に彼を見たが、そのことに村長は気づいていない。


「ねぇ奥さーん」

「はい?」


 呼ばれた女性が急いで駆けてくる。


「あのね、奥さんたちが熱を出したのって何日前?」

「えっと……夫が先に熱を出しまして、それが二週間……あ、十五日前です。翌日には私が。その三日後に娘が薬草を採ってきたんです」


 その日のうちに熱は下がり、関節の痛みなども翌日には収まった。


「ですが五日は家に閉じこもっていました。まだ人に移すかもしれませんので」

「じゃ、その間に村の人と会ったりは?」

「いえ、していません」

「では夫婦が家の外に出たのは、三日前からということだな」

「はい。その日に、何人か熱っぽい症状があると言われて……私たちのせいで、とんでもないことに……」


 と女性は今にも泣き崩れそうになった。


「ふーん。計算合わないね」

「合わないな」

「合いませんねぇ」

「そうなのか?」


 省吾以外の三人がため息を吐く。それから翔が説明を始めた。


「この病気はね、潜伏期間が長いんだ。といっても三日から八日ほど。旦那さんの発熱が十五日前で、そこからはもう誰とも接触してない。でしょ?」

「は、はい。娘ぐらいにしか」

「娘さんからは感染しない。そういう病気だから。でね、奥さんと旦那さんが人と接触するようになったのは三日前から。発熱からそこまで十二日間ね」

「ほうほう。ほ?」

「だーかーらー。潜伏期間が長くても八日間ぐらいの病気なのに、十二日間他の大人と接触してなくてどうやって移せるのかってこと」

「いや、移せないだろ?」


 省吾の言ったことが答えである。


「じゃ、いつ移ったんだ?」


 十中八九、あの人物しかいない。


「マリーさんっ。そんな所で突っ立ってないで、水を汲んできてくれっ」

「は、はい、村長さん」


 マリー――オルソンの妻にしてリリーの母は、村長に怒鳴られ身をこわばらせながら集会所を出た。

 そこへ村長が四人の下へやって来る。


「司祭様。病気を治してくださらないのでしたら、どうぞお帰りください。今村の者が薬草を採りに行ってますので、ご心配には及びません」

「でもその薬草って、モンスターが出る森の中だよねぇ。しかも子連れで行ってるって言うし」

「当然です! 行っているのは、村に疫病を持ちこんだ本人ですからっ」

「だったらあんたが行くべきだろう」

「なっ、何を言うかこの青二才が!」


 顔を真っ赤にさせた村長がトーヤに向かって拳を上げる。

 だがその拳は当然のこと、省吾が掴んで振り下ろさせなかった。


「おーい、みんあ。薬草持ってきたぞ……って、どうしたんだい?」


 そこへ勇者弦の登場である。

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