第40話:フラグ回収

「ヴァルツさん、ミユキさん。塔への入場登録完了しました。こちらをお持ちになってご入場くださいね」


 翌朝、さっそく冒険者ギルドに行って塔に入るための申請を行った。

 まぁ審査が特にある訳でもなく、ただ登録するだけ。


「なんで登録する必要があるの?」

「塔に入ったまま半年戻ってこない奴は死んだとみなされる。そのための登録だ」

「うえぇー……」

「地上に戻ってきたら、そん時もギルドに報告しなきゃならない」


 生きて帰ってきましたって報告かぁ。


「塔に昇るのは明日からだ。まずは買い出しに行くぞ」

「何かするときにはとりあえず買い出しなんだね」

「旅と冒険の基本だ、しっかり覚えとけ」

「へーい」


 まずは食料の買い出しから。

 日持ちするかたーいパンと干し肉、それから乾燥させた野菜。


「それ、必要なのか?」

「必要。ちゃんと野菜食べようね」


 ほんっと肉ばっかりなんだから。肉食獣かなにか?

 たとえば……そう、狼とか。

 狼と言えば――ヴァルツ、どうしてるかなぁ。あれから姿を見せないし。


「おい、次行くぞ」

「あ、はーい」


 次は雑貨屋で、火石や明かり石の購入。

 明かりは私の魔法もあるけど、魔力を節約したい場合に備えてのもの。


「お前、聖域とかいう魔法は使えるんだろう?」

「聖域? うん、スキルボードにあったよ」

「そうか。なら魔除けの香は予備程度でいいか」

「なにそれ?」

「モンスターが嫌うニオイを出すやつだ。迷宮内で野宿するんだから、そういうのも必須だろ。だが聖域の魔法があれば必要ない」


 聖域――モンスターの進入を防ぐ聖属性の結界を張る魔法。一定範囲があって、しかも中にいると怪我もゆーっくりだけど回復する。

 持続時間を長くすれば、それだけ魔力の消費も大きくなる。

 けど、寝る前に使えばどうってことない。

 最大で八時間ってあるから、睡眠時間としては十分だね。






「うぁ、人いっぱいだ」


 翌朝、少し早めに塔へ向かうと、入口には冒険者風の人が数十人も。


「ここにいる連中は、転移装置のある階層の前後を探索している冒険者だ。夜は地上に戻って宿で寝て、朝早くにまた迷宮に潜る暮らしを繰り返しているんだ」

「へぇ。こんなにいるんだねぇ」

「中にはこの数倍の奴らが攻略して――」


 ん?

 ヴァルの視線がある方角で止まった。

 彼の視線の先には、ひとりの女の子が。


 褐色の肌をした、かなり綺麗な女の人。

 私と同年か、二十歳前ぐらいかな。


 おっ、おっ。

 も、もしかして一目惚れ!?


「ヴぁるぅ~」

「……ぁ、な、なんだ?」

「んふぅ~。いいよいいよ、私のことは気にしないで、声かけてみたらぁ? ヴァルさぁ、結構イケメンなんだしOK貰えるかもよぉ」

「はぁ? なんのことだよ。行くぞ。ついでに下層階で受けられる依頼がないか、見てみよう」


 照れてる……訳ではない。

 ん? 私の気のせい?


 塔の一階は冒険者ギルドの出張所になってて、塔の内部で行える依頼の紹介や中へ出入りする冒険者の受付をする場になっていた。

 壁いっぱいに張り紙がされてるなぁ。あれ全部依頼なんだ。結構あるんだね。

 チラっと見てみたら、モンスターの素材採取や植物採取なんかがある。


「迷宮で植物採取?」

「話しただろ。一部は森や荒野、草原みたいになってると。迷宮内でしか自生しない植物もある。そういうのは決まって貴重な薬の材料なんだよ」

「はぁ、なるほどぉ」

「しかも自生数が少ないから、需要に対して供給が追い付いてない。だから高額で取引されてんのさ」


 転移装置のある階層でそういった植物が採取出来るポイントがあると、それだけを狙って稼ぐ冒険者もいるんだとか。

 実際、朝からここに来てる人たちの半分以上はそうだってヴァルは言う。

 比較的安全かつ、確実にお金を稼げる方法だからと。


 ヴァルが何枚か依頼の紙を剥がして持ってきた。二階から四階で集められる採取依頼だった。

 二階へ上がる階段の手前にギルドのスタッフがいて、名簿に名前を書いて塔に入る――という簡単な仕組みらしい。

 その階段付近にも張り紙があって、こちらは――


「ゾル――最終報告階層……一七階……最終入場報告日……二月一三日。これって」

「半年経っても戻ってこなかった冒険者だ。だが張り出されてるのは、本人から希望があった場合だけ」

「え? どういうこと」

「そこで分かる」


 ヴァルの言う「そこ」とは、ギルドのスタッフがいるところ。

 名簿に名前を書くとき、スタッフに聞かれた。


「あなた、初めてですね。ご家族は?」

「あ、えっと……いません」

「そうですか。初めての方には確認しているのですが、迷宮内で死亡した場合、遺品を届けて欲しい相手などいますかね?」

「いえ、いません」

「では、遺品の回収はしなくてもよろしいですか? 回収をご希望する場合には、事前に依頼料を頂くことになります」


 あぁ、そういうことか。

 あそこに張り出されている冒険者は、亡くなった場合に遺品の回収を依頼した人たちなんだ。


「回収は……いいです」

「承知しました。ではお気をつけていってください。またここでお会いしましょう」


 その言葉に私は、嬉しくなった。


「はいっ。また!」


 そう返事をするとスタッフの人は少し驚いた顔をしていたけど、それからすぐに笑顔で「また」と返してくれた。


「行くぞ、ミユキ」

「うんっ」


 階段を上るヴァルに追いつく。最後にもう一度振り返って手を振った。

 ギルドの人も気づいて、あちらは小さく手を振る。


 また会いましょうっていうのは、生きて帰ってきてねって意味。

 必ず生きて帰るよ。

 必ず。


「ね、最初にやる依頼は?」

「スライムだ」


 え……?


「スライムジェルマットの素材」


 え……ここでスライムのフラグ回収?



******************

前話、リヒト氏のメッセージにあった階層を

77→74に変更しました。

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