第38話:寄り道

「やぁぁーっ」


 森近くの道を歩いていると、突然子供の叫び声が聞こえてきた。


「ヴァル!?」

「森ん中からだな」

「だね、行こうっ」

「はぁ……またかよ……ハトを出てこれで何度目だ」


 世界には困っている人がたくさんいる。それは地球でも同じこと。

 でも、日本にいた頃の私には、なんの力もなかった。

 出来ることと言えば、落とし物を交番に届けたり迷子の両親を一緒に探したり……それぐらい。

 でもこの世界に来てからは違う。


 私は力を貰った。

 誰に貰ったのかなんて知らない。


 でも、だったらこの力を役立てなきゃ、くれた人に失礼ってもんよ。


「ヴァル! 私はいいから先に行ってっ」

「分かったよ。ったく……」

「"聖なる祝福よ、かの者の肉体に活力を"」


 ヴァルには必要ないけど、少しでも早く助けを求めている子を救えるようにブレッシングを唱える。

 全力で走っても、ヴァルには敵わない。だから彼に先に行って貰う。

 その選択は正しく、私が追い付いた時にはヴァルが女の子を抱えてこっちへ歩いてきていた。


「コボルトに襲われていたが、怪我はやつらに負わされたものじゃない。たぶん転倒して擦りむいたんだろ」

「見せて。治癒するから」


 ヴァルに抱えられた女の子は、ぶるぶる震えながらその手に何かを握っていた。

 葉っぱ?


「"癒しの光よ"。痛くない?」

「ぁ……はい。痛くな――ああぁぁっ」

「ど、どうしたの!?」


 急に大きな声を上げ、女の子が自分の手を見つめた。


「薬草……たったこれだけしか……どこに落としたんだろう。見つけなきゃ。お父さんとお母さんが……死んじゃう」

「え? お父さんとお母さんが?」

「ひっく。ひっく。うえぇぇん」

「だ、大丈夫。お姉ちゃんも一緒に探してあげるっ」

「おい」


 反対しようとするヴァルを睨みつけ「探すのっ」と押し通す。

 だって放っておける訳ないでしょ。


「どんな薬草か見せて」

「こ、れ……ひっく。あっちの崖、生えてる」

「え、生えてる場所分かるの?」


 こくりと頷くと、女の子は森の奥を指さした。

 ヴァルが大きなため息を吐き、彼女を背中に背負う。


 指さした方角に進んでいくと、高さ十メートルほどの崖にぶつかった。


「あれ」

「どれどれ……あぁ、あそこかぁ」


 崖のやや上の方に平らな狭いスペースがあって、そこに草が生えているのが見える。


「あそこまで登ったの!?」

「ううん。私はそこに生えてたのを摘んだの……でも、なくなっちゃった。えぐっ」

「あぁ、俺の背中で泣くな。あれを取ってくりゃいいんだろ。ミユキ、ガキを見てろ」

「あ、うん。大丈夫、ヴァル。結構高いよ?」


 返事もせず、ヴァルが跳躍。

 うひぃー、どんな身体能力してんの。

 七、八メートルぐらいの高さがあるのに、ぽんぽんと崖を蹴って数歩でたどり着いてるよ。

 信じらんない。


 草を摘んで戻ってくるときには、ジャンプしてそのまま着地してるし。

 なんで無傷なん?


「なんだよ、その目は」

「ドン引きしてるだけです」

「は?」

「あー、いいのいいの。薬草も採れたことだし、この子を家に送ってあげよう」

「……なんで引かれなきゃならねぇんだ」


 森を出て道を進むと、直ぐに村が見えてきた。


「あの村?」

「はい。お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとうございます」

「いいよいいよ。それよりご家族心配だね。えっと、よかったら診てみようか? 見習いだけど、一応司祭だし」

「本当!? ぁ、でも……私、お金持っていません。お金がないから、お薬……買えなくて……病気に効く薬草を、村長さんの奥さんが教えてくれて、それで」

「お金なんていらないいらない。困ってる人を助けるのも、見習い司祭の修行のうちなんだから」

「よく言うぜ」

「んん?」


 何か言いたげなヴァルを睨む。

 すぐそっぽを向いて、女の子を背負ったまますたすたと歩き出した。

 ちょ、待って。足の長さ違うんだから、ゆっくり歩いてよっ。






「これを三日間、朝と晩に飲ませろ。一度使った乾燥葉は、細かく切ってスープに入れれば食える」


 ヴァルが薬草の使い方を知ってて、女の子にそれを教えてくれた。


「何年か前に立ち寄った町で、同じ病が流行ってたんだ。そん時に薬草採取の依頼を受けたんだが、人手が足りずその後の面倒まで見せられた」


 と、愚痴をこぼすかのように話してくれた。

 その後ってのがつまり、煎じ方とかだろうな。


「この子も感染したりしない?」

「大丈夫だろ。この病は大人にだけ発症する。ミユキ、お前何歳だ?」

「十七。ヤバい?」

「そうだ、な……十五歳以上に症状が出やすいってのは聞いた。病を退ける魔法とか、あるんじゃないのか?」


 おぉ、そうだ!

 スキルボードを開いて探してみると――


「あった! 効果時間一時間だけど」

「掛けとけ」

「うん。"心身を蝕む病から身を守る、神の加護を"」


 ヴァルにも魔法を掛けて、これで一時間はどんなウィルス兵器にも勝てる!

 スキルボードで調べてみたけど、病気を治す魔法っていうのはないらしい。

 ただ薬を効率よく染み渡らせる魔法とか、治療に必要な体力を一時的に与える魔法っていうのはある。


 魔法は万能じゃなくって、お医者さんや薬屋さんも必須な世界なんだね。

 とりあえず少しでも早く病気がよくなるよう、その二つの魔法もご両親に掛けておいた。


「あとはご飯もしっかり食べさせてあげないと」

「や、野菜ならあるの。うちの畑で栽培してるから」

「じゃああとはパンかなぁ」


 後ろの方でぼそっと「肉」という声が聞こえたけど無視しておこう。


「お金が……」

「じゃ、野菜を売ってくれない」

「野菜を?」

「そのお金で村の人からパンを分けてもらうの。いい案でしょ?」


 さっそく畑に行って、野菜をいくつか引っこ抜いて鞄へ。

 こっちの世界にもサツマイモあるんだぁ。ヒャッホー!

 人参とキャベツも買ったから、今度野菜炒めしようっと。


 大銅貨を三枚、彼女に手渡す。


「相場分かんないから、とりあえずこれね」

「た、たぶん多いと思うっ」

「そう? じゃあ次来た時、また野菜ちょうだい」


 それから彼女と手を繋いで歩いた。

 ヴァルには留守番を頼んで、もし二人が目を覚ましたら事情を説明して貰うことになっている。


 小さな村にもパン屋さんはあった。八百屋は――ない。だって野菜作ってる村だし。

 そのおパン屋さんへ向かう途中――


「リリー! まさかひとりで森へ行ったんじゃないだろうなっ」

「コボルトが住み着いてからは、子供だけで森へ行ってはダメだと言っただろう!」

「もしお前が帰ってこなければ、わたしらが捜しに行かなきゃならないんだぞっ。わたしらを殺す気か!」

「い、一緒に来てって言っても、誰も来てくれなかったでしょっ」


 なに、この大人ども。


「薬なら店で買えばいいだろうっ」

「お、お金なんか持ってないもし」

「だから野菜を普段より多めに納品してくれれば、村長のわたしが代わりに町まで売りに行ってやると言ったじゃないか」

「でも、でもっ、言われた量の野菜を売ったら、うちが食べる分がなくなっちゃう」

「そ、村長。そんなことを言ったのか?」

「ち、違うっ。わたしは普段より少し多めにと言ったんだっ」


 なんなの、こいつら……。


「ひとりで森に行くな? だったらなんであんたたちが一緒に行ってやらなかったの! この子はねぇ、コボルトに襲われてたんだよ!」

「な、なんだお嬢さんは。よ、よそ者は黙って――」

「黙る訳ないでしょ! こんな小さな子が両親のために、命がけで森に入ったのよっ。それを『わたしらを殺す気か』だぁ? 子供を危険な目にあわせてんのは、あんたたち大人だろうが!」

「ぐっ」

「薬は今、すぐ、必要なのよ! それを呑気に十日間畑を手伝えだの町まで野菜を売りに行ってやるだの、バッカじゃないのっ。その野菜と薬を物々交換してやれば済むことでしょ。あ、それとももしかして、子供相手だからって売上金をくすねてもバレないとか思ってない?」

「なっ、なんて、なんてことを言うんだ! わたしらはリリーが危険な目に合わないよう、親切でだなぁっ」


 なんか思いっきり顔真っ赤になってんですけど、図星ですか?

 さっきからこの大人たちの、「お前を心配して言ってやってるんだぞ」という態度が嘘に見えて腹が立つ。


「あんたたちの本音は、コボルトが怖いから森に入りたくない、でしょ。この子のことや、この子の両親が苦しんでいることなんて、どうでもいいのよ」

「ぐっ……そ、そんなことは……」


 そういいつつ、言葉に詰まるのは図星だという証拠。


「自分が同じように病気になって、お子さんが薬草を探しに森に行くと言っても村の大人が誰も同行してくれなかったら……あんたたちはどう思うの?」

「そ、それは……」

「なんで相手の身になって考えてあげられないの。小さな村で助け合って生きて行かなきゃいけないんでしょ。ほんっと、大人の癖に情けない」


 そこまで言うと、ようやく大人たちは黙った。

 その足でパン屋に行って、柔らかいものをいくつか買って帰る。


「これをスープに浸して食べさせてね。最初は少しずつでいいから」

「うん。ありがとう、お姉ちゃん」


 家まで戻ると、リリーの両親が――


「お父さん、お母さん!」

「リリーッ」

「心配かけてごめんなさい。無事でよかったわ」


 二人が目を覚ましていた。

 思ったよりも元気そうでよかった。薬が効いたのかな。


「そろそろ魔法の効果が切れる頃だろ。さっさと行くぞ」

「うん。リリー、私たち行くね」

「お、お姉ちゃん、お兄ちゃんっ」

「次来るときにまた、新鮮な野菜をお願いね」

「うん! 美味しい野菜、いっぱい育てて待ってるからっ」


 それをヴァルにいっぱい食べさせるんだぁ。


 村を出て東へと歩き出す。


「はぁ……予定が狂った。今夜も野宿確定だな」

「うっ……ごめぇん」


 ぐわしっとヴァルに頭を掴まれた。


「異世界の聖女様は人助けがお好きなようだし、仕方ねぇな」

「せ、聖女じゃないからっ。わ、私、ただの司祭なのっ」

「あと賢者な」

「そう。司祭と賢者。聖女じゃないからね!」


 聖女とかガラじゃないし、なんか乙女ゲーのノリになるから嫌っ!

 あぁ、明日こそは宿に泊まれますようにぃ。

 もう二日もお風呂入ってないよぉー!!!






~~その頃、勇者一行は~~


「あ、あの……みなさま?」

「おばあちゃん、他に痛い所はなぁい?」

「えぇえぇ、ご親切にどうも。おかげさまですっかり元気ですよ」

「君も大丈夫? 痛い所があったら、お兄ちゃんに言うんだぞ」

「お兄ちゃん、ありがとう」

「どうどう。ビックリしたんだね。もう大丈夫だから落ち着いて」

『ヒヒーン』


 荷車を引いた馬の前に子供が飛び出し、驚いた馬が暴走した。

 その騒ぎに駆け付けたのは勇者一行。


 弦はすぐに馬を止め、落ち着かせ、翔は怪我人に治癒の魔法を掛けて回った。


「車輪が外れてしまったな。ふんっ。俺が持ち上げて路肩に寄せるから、そこで――おいトーヤ! 持ち上げてるんだから、落ちた積みにを乗せるの止めてくれっ。重たくなるだろうっ」

「自分の魔力を物に付与することで、自在に動かすことも出来るのか」

「だったら荷車ごと動かしてくれよう!」

「どうせ動かすのなら、全ての積み荷を乗せてからの方が効率的だろ。おい、斜めになってる。積み荷が崩れるからしっかり持ちあげてくれ」

「ふんぬぁぁーっ」


 慎吾は車輪の外れた荷車を持ち上げ、トーヤは散乱した積み荷を荷車へと移動される。


 人助けをする勇者一行。

 さすが人助けの末に死ぬ運命だったお人好したちだ。


 ただ、それを見つめるイグリット姫の表情は暗い。


「ど、どういうことですの……わたくしたち、早朝に城を出立したはずですわよね」

「はぁー、そうですねぇ」

「それでセイゲル、今何時ですの」


 セイゲルは懐中時計を取り出して時刻を確かめる。


「現在、午後三時を回ったところです」

「……それでセイゲル、ここはどこですの?」

「王都です」


 城を出発して早八時間。

 しかし彼らはまだ、王都にいた。


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