第37話:水(お湯)でもどします

「乾物かよ!」


 ハトの町を出発したのは、買い出しをした三日後。

 さっそく初日に野宿となった訳だけど、例のごわごわした絨毯にヴァルがぬるま湯を注いだ。

 水分を含んだ絨毯は、みるみるうちにふっくらぷるんぷるんに。


「スライムを加工したジェルマットだ。乾燥させればさっきみたいにからっからになって、持ち運びにも便利なんだぞ」

「でもそれスライムでしょ! 本物? 生きてるの?」

「本物のスライムで生きてない。冒険者なら持ってる奴も多いぞ」

「ヴァルは!?」

「俺は必要ねぇ」


 自分は使わないのに、人には使わせる訳!?

 スライムのマットレスとか、溶かされそうで嫌なんですけどぉーっ!

 それにべどべどしそうだし、冷たそうだし。

 ヤダよ、ヤダヤダヤ……あ……


「ぬっくぅ~い」

「わざわざぬるま湯で戻してやったからな」

「べとべとしてなぁ~い」

「加工段階で粘液は洗い落とされてるからな。シーツで包めばつるつる感もなくなって快適だろ」


 あぁ、これいい。気持ちいい。


「これどうやって乾燥させるの?」

「天日干しか、火の傍にでも置いておけば半日ほどで干からびる」

「意外と長い! でもどうすんの、そんなのんびり乾燥させてる時間ないんじゃ?」

「ん」


 それだけ言って、ヴァルは私の鞄を指さした。

 あ、乾燥させなくてもこのまま突っ込んでしまえばいいのか。


「マジックバッグ持ちはそのまま鞄に突っ込んで持ち運ぶみてぇだが、そうじゃねえ奴は焚き火の傍で温めて絞るらしい」

「絞る……」

「あぁ。そうすれば水分が抜けるんだとさ」

「雑巾かよ! あ、じゃあ火の傍で寝ない方がいいね」

「わざわざ高い金を払ってまで耐火性能のジェルマットを買ったんだぞ」


 じゃ、火の傍でもいいんだぁー。

 マットそのものも温いし、寒さ対策ばっちり――でもヴァルは?


「ねぇ、ヴァルは寒くない?」

「俺か? 別に」

「ほんとに?」

「俺は……寒い地方の生まれなんだ。むしろ今の季節でも温かく感じるぐらいだぞ」

「うぇー、マジかよ」


 そういえばヴァルって薄着だよね。

 上下ともに色は黒で、上着は袖なしの腹チラ見せデザイン。

 フード付きのジャケットも生地は薄いし、袖をまくり上げて半袖仕様。丈は当然短い。

 鎧を着ていないのは、素早さを最大限生かすため?


 ヘソ出し……寒そう。


「なんだよ、じっと見て」

「うん。お腹冷やさないのかなと思って」

「……そんなやわな腹をしてねえよ」


 頑丈なお腹だね。シックスパックだし。硬そう。


「さぁて、ご飯作るぞぉ」


 簡易調理器具――キャンプで使う小さな鍋二種類と、それを置くスタンドを使って、料理を始める。

 ここで初の火石体験!

 衝撃当てればいいんだよね。よぉし。

 その辺の少し大きな石を拾って、叩きつける!!


「バカ野郎ッ」

「むぐぅ――」


 火石を叩いた瞬間、凄い勢いで押し倒された。


 今、私は……あれ、これってデジャブぅ?

 うわっ、冷たっ。

 なに? なに? なんで髪の毛凍ってんの?


「バカかお前はっ。火をつけるのに、直接叩く奴がいるかっ」

「な、なんでっ。だって衝撃を与えなきゃ火が出ないんでしょ」

「火が出るんだぞっ。直接叩きゃ、当然火傷するだろうが」

「……あ」


 起き上がりながらヴァルは大きなため息を吐く。

 その奥ではごぉーっとガスバーナーのような勢いで火を噴射している石があった。


「あ、じゃねえよ。こういうのはな、剣先で軽く叩けばいいんだよ」


 ヴァルが短剣で石をこつんと叩くと、火が消えた。

 またこつんと叩くと、そこそこに火が出る。


「た、叩く勢いで火の勢いも変わる?」

「説明してなかった俺も悪かった」

「いや、いいよ。さっきの勢いだと、確かに火傷してた。ってか髪の毛燃えてただろうし。ただ――なんでか知らないけど凍ってるの、髪」

「ぁ……悪い……」


 ……え?

 これヴァルがしたってこと!?


「ヴァル、魔法使えるの!?」

「ぅ……いや、その……そうっ。俺は魔法剣士なんだ」


 ん? なんか顔が引き攣ってる気がする。


「使えるようで実はちゃんと使えないとか?」

「え?」

「本当は上手くコントロールできなくって、魔法とは言えないようなレベルとかぁ?」

「なっ――ま、まぁ……魔法剣士っていうのは盛り過ぎた」


 やっぱり。

 ってか危ないじゃん! そんな状態で魔法使うなんて。


 まぁ、凍らせたってことは火傷させないようにってことなんだろうけど。


「悪かったよ、凍らせちまって」

「まぁ溶かせばいいんだし、別にいいけど」

「いや、それは――」


 凍っているのはひと房程度。まぁ百本以上はあるんだろうけど。

 人肌で溶かそうと指で摘まんでみるけど――あ、れ?


「俺がやる。魔法だから、簡単には解けないんだ」


 ヴァルが髪に触れると、パキンっと音を立てて氷が砕けた。

 そのまま、そのまま……私の髪をこねこねするヴァル。


 ……なぁにぃ、この空気ぃ。


「ヴァ、ヴァルぅ?」

「……ぁ、いや。ま、前より髪艶よくなったな」

「お、そう? いやぁ、宿に泊まってるときも買ったヤツ使ってたんだぁ。やぁ、いい買い物をした」


 その代わり、シャンプーとトリートメント減ったけど……。


「このしっとりサラサラ魔法、どこかで教えてもらえないかなぁ」

「お前でも使えないのか?」

「スキルボード見たけど、どこにもそれらしい魔法載ってなかったぁ」


 フィレイヤさんが基本魔法しかスキルボードにないって言ってたけど、賢者の魔法も同じなのかも。


「これから魔導書を貰うために、迷宮の隠し部屋まで行くんだろう。そこにあったりしてな」

「えぇー、リヒトさんがしっとりつやつや魔法をー? うぅん……いや、ないな」

「……ないな」


 男のリヒトさんが真剣な顔して、つやつや~、さらさら~、しっとり~とか言いながら魔法の研究してたとか想像できないししたくない。

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