第36話:一本数万円のシャンプー&トリートメント
「こちらなんかも香りがよく、若い女性にも人気ですよ」
にっこり笑う店員さんが、瓶のふたを開けて匂いを嗅がせてくれる。
ん~、いい香りぃ。でも少し強めかなぁ。
「香りも大事だけど、髪がとぅるんとぅるんになる方が重要なんです。この髪質だから、雨降り前とかぶわぁってなるし」
「あぁ、分かります。私もそうですから……それでしたら、少しお値段が張りますがこちらのコーナーが髪質を整える魔法の効果もございますので」
「魔法!? え、魔法アイテムなんですか?」
トリートメントがマジックアイテム!?
「しっとりさせつつ、それでいてサラサラヘアーを保つ魔法が付与されているのです。あ、先ほどのコーナーの物には魔法が掛かっておりません」
「なるほど。全部が全部って訳じゃないんですね」
「はい。特殊な魔法ですので、お使いになられる術者が少なく、市場にも出回らないのです。ですのでこのお値段に」
は、はは。確かに高い。
普通のトリートメントは、瓶一本で大銅貨十五枚。だけど魔法が付与されている方は、一本で銀貨二枚という金額。
ちなみに大銅貨二十枚で銀貨一枚というのを、ヴァルから教えられている。
ってことは、付与された方は倍以上の値段ってこと!
高いなぁ。
幸薄そうなお兄さんに貰った巾着には、金貨が三十枚、銀貨は二十枚入ってた。あと大銅貨も十枚。
この金額でだいたい二年は遊んで暮らせるお金らしい。
もちろん、これまでの宿代やご飯代で多少減ったんだけど、ギルドからの銀級依頼を二つ受けてプラスになっている。
い、いいよね。銀貨二枚、使っちゃっていいよね。
いや、シャンプーも買うから、使うのは三枚になってしまうけど。
「こちらは香りもしっかりございますよ」
「へぇ。あ、本当だ」
これまたいいニオーイ。
これにしちゃおうかなぁ……あ、そういえば……ヴァル、温泉のニオイがきついみたいなこと言ってたな。
過敏症なのかな。
だから高級雑貨店まで案内してくれたのに、中までは入ろうとしなかったんだろうね。
「あの……魔法が付与されてて、それでいて香りの弱いものってありますか? 相方がニオイに敏感で」
「あら、鼻が弱い方なんですかね?」
「はい、たぶん」
「それでしたら……実は香りの方も魔法で倍増させる付与が施されているのですが、術者がうっかりそれを忘れてしまいまして。それで微量の香りしかつかなかった品があるのですよ」
棚の奥から運ばれてきたのは、シャンプーとトリートメント2セット。
蓋を開けて貰うと、確かにほんのりと香るだけ。でも嫌いじゃない、この香り。甘い桃みたいな香りだ。
「こちら、もし2セット購入して頂けるのでしたら、合わせて銀貨三枚でいかがでしょう!」
「え、銀貨三枚!?」
シャンプーとトリートメントの2セットで銀貨三枚!?
お、お買い得じゃんっ。
この香りなら大丈夫かなぁ。
「あの、この香りを外で待ってる人に嗅がせたいんですけど……」
「んー、右手をお出しください」
「はい」
右手を差し出すと、蓋についたシャンプーを手首近くにちょんっとつけてくれた。
「ありがとうございます。ちょっと行ってきますね」
急いでヴァルの下へ。
私を見るなり大きなため息を吐く彼。
「ね、このニオイどう?」
「あぁ?」
ヴァルの鼻先に右手を差し出す。
一度だけすんっと鼻で息を吸うと、ヴァルは「甘い」と一言。
「臭くない? きつくない? 嫌じゃない?」
「いや、別に……嫌いじゃないが」
「よし、じゃ買って来る」
「は? お、い。なんで俺に聞く。お、俺は使わないからなっ」
「いやいや、別にヴァルに使って貰うために嗅がせた訳じゃないから」
「は? え?」
首をかしげているヴァルを放って店内へ。
2セット購入して、ついでに香りの弱い石鹸とふわふわのバスタオルも購入。
雑貨屋っていろんなもの売ってて、見てるだけで楽しい~。
「お待たせ~、ヴァル。次行こう!」
「お、おい。なんで俺にニオイなんて嗅がせたんだ?」
「ん? だってヴァルの鼻、過敏症でしょ?」
「は?」
「温泉がくせーって言ってたじゃん。だからニオイのきついシャンプーとかトリートメント付けてたら、嫌でしょ?」
分かるよぉ。私もさぁ、香水のきっついおばさんとかがバスで隣に座られるときつかったもん。
私たちはパーティーの仲間。傍できっついニオイ垂れ流しされたら、嫌じゃん。
「べ、別に……俺に合わせなくても……」
「さ、次行こうー! で、何買うの?」
「え、あぁ。まずは雑貨屋からだ」
「さっきのお店も雑貨屋」
「いや、あそこは金持ち御用達だから。今から行くのは冒険者御用達の方の雑貨屋だ」
雑貨屋から雑貨屋へ移動して、そこで毛布や寝袋、木製の食器に簡易調理器具やら、いろいろ購入。
「薪も買うの? 拾ったりすればいいんじゃない?」
「野宿する場所に、毎度毎度枝が落ちてると思うなよ」
それもそうか。
薪と一緒に、ヴァルは赤い石を手に取っていた。
「石?」
「火石だ。明かり石と同じ原理の――覚えてるか? 坑道にあった明かりのこと」
「あー。じゃ、これも加工されたなんとか石?」
「ま・せ・き。そうだ、こいつも魔石を加工したもので、衝撃を与えると火が出る」
「だったら薪いらないじゃん」
火が出る石があれば、焚き火なんていらないじゃん。
「火が小さいんだよ。料理に使うぐらいならちょうどいいが、暖を取るには小さすぎる」
「暖……もしかして今って、冬に向かってる?」
「もしかしなくてもそうだ」
日本にいた時も秋の終わりだったけど、こっちも季節的には同じあたりなのか。
買ったものを全部鞄に詰め込む。こんなに入れても全然重くない。
マジックバッグ最高!
「他は……お前、欲しいものはあるか?」
「うーん……か、快適な睡眠を満喫出来るグッズとか」
「はぁ? 野宿に快適さを求めるのか……ったく、そうだな……おい親父、耐火のスライムジェルマットはあるか?」
「あぁ、あるよ。サイズはどうする? シングルか? それともダブ――「シングルだ」」
おじさん、ダブルって言おうとしたときの顔がやらしかった。
って、スライム!?
え、スライム!?
おじさんが持ってきたのは、ぐるぐる巻きにされた少し厚手の白っぽい絨毯みたいなもの。あとシーツ。
ぐるぐる巻きになった方をヴァルが感触を確かめるように触って、それから私に「鞄に入れとけ」と指示。もちろんシーツも一緒に。
え……スラ……イム?
色は白っぽいけど、若干水色っぽくもある。触った感じは、ごわごわ。
スライムってつるつるとかぬるぬるとかぷよぷよってイメージだけど……スライムって名前がついてるだけで、アレとは限らないのかな。
いや、アレじゃない方がむしろいいんだけど。
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