第35話:次の目的地
「はい。それでは銀級用のランク維持依頼、これですべて完了です」
「はぁぁぁ」
「終わったぁ」
鉱山の町から戻って一週間。
ランク維持のために必要な依頼数はひとつではなく、もうひとつ、別の依頼も受けさせられてようやく完了。
これで一年間、ヴァルのランクも安泰だ。
「ふふ。これで一年間、依頼を受けずに済むなんて考えないで、定期的に依頼を受けてくださいねぇ」
「……めんど「面倒くさくても受けてくださいねぇ」……わかった」
ギルド職員のお姉さん、怖い!!
でも銀級より上のランクの冒険者は極端に少ないみたいだし、ギルドとしては頑張って欲しいところなんだろうなぁ。
私が定期的に依頼を受けさせなきゃな。
「結構まとまった金も手に入ったし、今日はいい宿に泊まるか」
「お風呂があればどこでもいいよ」
なーんて言ったけど、いい宿サイコー!!
前に泊ったお風呂付宿にあったのは石鹸とシャンプーだけ。
でもここには柔髪料なるものもあった。そう、これはトリートメント!
「ひゃっほー! やぁ、いい香りぃ。とぅるんとぅるんにするじぇー」
元々少しくせ毛があるから、トリートメント大事!
異世界に来て今までそれがなかったから、髪がもさぁっとしてたんだよね。
あ、これ買えたりしないのかな?
あとで宿の人に聞いてみよっと。
いつもより長めにお風呂入ってたら、部屋の前でお腹を空かせたヴァルに遭遇した。
「溺れてたんじゃないだろうな」
「なんでよ。溺れてないから」
「ったく、なげーんだよお前は」
「髪洗ってたんだし、仕方ないじゃん。先にご飯食べてればよかったのに」
ヴァルとは別々の部屋。といっても隣なんだけど。
「洗濯物干すから、ちょっと待ってて」
そう言って部屋の中へ入る。バスタオルと、それから着替えた服と下着を干すから、ヴァルに入ってこられると困る。
扉を閉めてさっさと洗濯物を干すと、中が見えないギリギリの幅だけ扉を開けて外へ。
「おし、行こう」
「あ、あぁ」
「んー、どしたぁ?」
「いや……なんか、いつもと違うニオイがするなと思って」
「おっ、おっ。気づきましたかぁ? ここさぁ、シャンプーとトリートメントがあるんだよぉ」
「しゃんぷー? なんだそりゃ」
あ、名称が違うんだった。
ヴァルには、私が異世界から召喚された人間だって説明したけど、だからって何かが変わる訳じゃない。
でもこうして、言葉の違うものを説明するときに、変な嘘を吐く必要がなくなったのは大きい。
「洗髪料と、柔髪料のこと」
「あぁ。あれはいい宿にしか置かれてないからな」
「あれって売ってるかなぁ」
「さぁな。宿はどうか知らないが、高級雑貨店とか行けば売ってるぞ」
「え!? 欲しいっ、買うっ」
雑貨屋にも、高級店とかあるのかぁ。
明日行こうっと。
食堂の料理も、お高い宿なだけあって豪華だった。
お肉も柔らかいし、あまり表情には出してないけどヴァルは大喜びしていた、と思う。
あとサラダを小皿にとって、ヴァルの真ん前に置いてやった。
嫌そうに食べてた。
「とりあえずこれでランクは維持出来た訳だが、お前、どこか行きたいところとかあるか?」
「んー。いやほら、私
行きたいというか、行かなきゃいけない所があったの思い出した!
「あのね、連れて行って欲しい所あるんだ」
「どこだ?」
「んーと、ここ」
今日は制服も洗濯したから、学生手帳は鞄に入れてある。
とりだしてページを捲り、リヒトさんが書いたページを見せた。
「フレーティアの大迷宮!? お前がなんでそんな場所を知っているんだ」
「リヒトさんに、ここへ行けって言われたんだ」
「……リヒト?」
「なんで怒ってんの」
そう尋ねると、ヴァルは咳ばらいをしていつものポーカーフェイスに戻る。
といっても、普段から表情があんまり変わらないんだよねぇ。
感情を表に出さないようにしているのか、そういう性格なのか。
「誰だ、それは」
「誰って、鉱山にいた人だよ。あ、フィレイヤさんからはこれを貰ったんだ」
「フィレイヤ? あぁ、司祭の女か」
取り出した聖典を見て、ヴァルは納得したように話す。
なんかフィレイヤさんを見たことあるぞ的な言い方。
「月の女神の聖典か」
「ん?」
「あー……あとで話してやる。ここではちょっとな」
「あ、うん。それでリヒトさんはね、魔術師か、もしかすると賢者だったかも」
「賢者……あぁ、なんか聞いたことあるな。魔術師や賢者は、自分が調べた魔術なんかを本にまとめて、迷宮に隠し部屋を勝手に作ってそこに保管してると」
か、勝手に……。隠し部屋って言ってたもんなぁ。
「そこに魔法書を置いてあるから、持っていっていいって言われたんだ。あと中にあるものも使っていいって」
「ほぉ。それは金になりそうだ」
「う、売らないからねっ」
「冗談だよ。まぁそういうことなら行くか。確かに魔導書は、お前に必要だろうしな」
「いいの!?」
「どうせ俺も、目的があって旅をしている訳じゃないしな。食うものに困らなければそれでいいってぐらいだし」
一攫千金を狙って冒険者になった訳じゃないんだね、ヴァルは。
「フレーティアか。歩けばここから半月近くはかかるな」
「そんなに!?」
「あぁ。フレーティアは王国の東の端なんだよ」
王国の面積がどのくらいか分からないけど、日本だと半月歩いたらどこからどこまで行けるんだろう。
いや、よく考えたら日本って地球ではちっさい国だしなぁ。
「フレーティアまで何度か野宿する必要もある。明日は買い出しに行くぞ」
「シャンプーとトリートメントも欲しいぃ」
「わかったわかった。店には連れて行ってやるから」
やった!
でも野宿かぁ……地面で寝ると、体が痛いんだよねぇ。
快適野宿グッズとか、あればいいなぁ。
ご飯を食べ終わってから、ヴァルの部屋でさっきの話の続きに。
「でだ、この世界には善なる神が五体、悪しき神が三体いる。まぁ知っての通り、邪神は封印されているがな」
「善なる神は実際に存在するの?」
「あー……ちょっと難しい質問だな。いると言やぁいる。いないと言やぁいない。まぁなんだ、神は神の世界に戻った的な」
天国とか天界とか、そういう感じか。
「お前が貰ったっていう聖典に、月の絵があっただろう。あれは月の女神の聖典という意味で描かれている物だ」
「ほほぉ」
「当然だが、月の女神は善なる神の陣営だ」
フィレイヤさんが邪神の信者な訳がない。
「信仰している神様によって聖典があるってことは、神聖魔法にも違いがあるの?」
「あぁ。まぁ俺も詳しくはしらねえが、基本の神聖魔法の他に、信仰している神によって別の魔法もあるってことだ」
「じゃあこの聖典を読めば、月の女神の魔法が分かるのかな」
「聖典には直接魔法が書かれている訳じゃなく、なんか聞いた話だと読んでるうちにぽーんっと頭に浮かぶらしいぞ」
なんだそのアバウトな習得方法は。
宿にいるとき何度か読んだけど、そんなぽーんなんていうのは経験してないなぁ。
「月の女神かぁ。そういえば聖水作った時、差し込んでたのも月明かりだったなぁ」
「泉の水を全部聖水に変えるとか、無茶苦茶なんだよお前は」
「だって器がなかったんだし、仕方ないじゃん。それに聖水になった泉のおかげで、ヴァルツの攻撃も聖属性になったんだよ。結果オーライでしょ」
「はぁ……もう寝ろ。明日も朝からあちこち歩き回るぞ」
「へーい」
明日はシャンプーとトリートメント買ってぇ。
あ、外でも髪を洗えるよう、バスタオル買い足そうっと。
「んぁ? ど、どうしの、ヴァル。めっちゃガン見して、なんか付いてる?」
「あ、いや……その、しゃんぷーとかとりーとめんととかのせいか、月明かりに反射して、お前の髪が光って見えたから……」
「え、そう? やったぁ、艶が戻ったかなぁ。やっぱトリートメント必須だぁ。ぁふぅ~。やば、眠くなってきた」
「だから早く寝ろ」
「うん、寝るね。おやすみ、ヴァル」
「……あぁ」
絶対シャンプーとトリートメント買うぞぉ!
シャッンプー♪ シャッンプー♪ トリ~トメ~ントォ~♪
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