第33話:勇者一行のこれから

 場所はアルケパキスの王都アルケキス。

 召喚された勇者らは、日々ここで鍛錬を行っていた。


「僕らがこの世界に来て、何日だっけ?」

「ユズルくん、ボケるにはまだ早すぎると思うなぁ。えぇっとねぇ……」

「まだ十日だ。カケルもぼけてきたようだな」

「い、いまボクが言おうとしたのに! トーヤくんはいじわるだ」


 そう言ってカケル=司祭として召喚された園田翔は、勇者である竹内弦の背中に隠れてあかんべをする。

 その相手は、賢者の久川トーヤ。外国人の父を持ち、勇者一行の中で一番異世界に馴染んだ容姿の持ち主だった。


「みんな、飯に行こうぜ!」


 バンっと勢いよく扉が開かれ、入って来たのは彼らと同じく召喚された人物。

 戦士の佐々木慎吾。


「あ、シンゴくんだ。まぁたお城の周り走ってたの? ってかご飯にはまだ早くない?」

「あぁ。五〇周してきたぞ」

「うえぇ、体力すっごいよねぇ。さすが戦士」

「俺は消防士だったからな。普段から筋トレは欠かしてなかったんだが、こっちの世界に来て体力が増えた気がするんだ」

「あ、それは僕も感じてるよ。体力もだけど、なんだか体も軽く感じてるしね」


 うんうんと省吾が頷く。弦の隣では、翔が「消防士だったんだぁ」と感心していた。

 翔が十九歳、他三人は揃って二十歳。みな若い。


「食事なら外に行かないか。今、すぐ」

「あぁ、だからこうして早めに来たんだろ」


 トーヤは分厚い本をパタンと閉じながら立ち上がる。

 ファッション雑誌のモデル経験もあるというトーヤは、眼鏡をくいっと上げる仕草も絵になった。

 だが沈着冷静系イケメンのトーヤにも、焦りの色が見える。


「じゃ、行こうか」

「うんうん。こっちからだね」


 弦と翔がへと向かい、周囲に視線を向ける。

 頷き合い、それから窓を開け放ち外へと飛び出した。それに省吾とトーヤの二人も続く。

 と同時に、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「昼食の前にイグリットがぁ、みなさまのためにマッサージをいたしますわぁ。うふ、うふふ、ぐふふふふ」


 甘ったるい女の声を背に、彼ら四人は駆け出す。

 扉の向こうには、イグリット姫ともうひとり、幸薄男が立っていた。

 その幸薄男が姫の顔を覗き込む。


「姫様、涎が出てますよ」

「はっ! セ、セイゲル!? あ、あなたいつからそこにいましたの!?」

「いつって、さっきからずっとお傍にいましたけど?」


 幸薄男の名前が公表された瞬間である。


「……はっ。そうだわ、勇者様方ぁ」

 

 セイゲルのことが既に眼中にないと言わんばかりに、イグリットは「失礼いたしますわぁ」と再び甘い声で囁き、ドアノブを回した。

 だが、室内に彼らの姿は既にない。


「おや、いらっしゃいませんね」

「そんなっ。さきほど省吾様が筋トレを終え、汗を輝かせながら部屋に向かっていくのを確認しましたのに」

「汗が輝くって……」

「あの逞しい胸板を、優しくマッサージ……ぐへへ」

「だから涎が出てますって」

「は!? ゆ、勇者様がたがどこへ向かったのか、お探しなさい!」


 勇者一行との逆ハーレムを夢見て、イグリットは彼らとのスキンシップに精を出している。

 が、ほぼ空振り。


 セイゲルは思う。


(ぐいぐい行き過ぎるんだよなぁ)


 ――と。


 そして今現在、にこやかに王城を出て行く翔も同じことを口にしていた。


「あのお姫様さぁ、推しが強すぎるっていうか、ぐいぐい来るから苦手なんだよねぇ」


 その発言に省吾も頷く。


「なんだろうな。なんかこう、乙女ゲームの悪役令嬢みたいじゃないか?」

「え、省吾って乙女ゲーやったことあるんだ?」

「い、いやっ。姉貴がまぁ、やってたからさ」

「ふぅーん。ボクはやったことあるよぉ」

「あるのかよ!」


 城を出て町へと繰り出すと、四人は走るのを止めてゆっくりと歩き出す。

 特に行動を制限されるわけでもなく、彼らは比較的自由に過ごすことを許可されていた。

 ただ王都を出ればアラームが発動する魔法を付与されてはいる。

 が、それもトーヤが先日解除に成功し、付与されたフリをしているだけだ。


「帰りに雑貨屋に寄りたい」

「雑貨屋? トーヤ、もしかしてここから出て行く準備をするのかい?」

「いや。純粋に興味があるだけだ。日本だと雑貨屋と言ったら、ファンシーな女性向け雑貨の店をいう印象だろ?」

「あぁ、まぁねぇ~」

「だがこの世界の雑貨屋と言えば、冒険者や旅の必需品から、どうでもいいものまで売っていると聞く。だから行ってみたい」


 と、意外にも子供のように眼を輝かせてトーヤが言う。


 昼食は気の向くまま歩き、鼻を頼りに一軒の店へと入った。

 お金は毎朝、セイゲルから一定額を支給されている。

 これを四人は「お小遣い」と呼び、それを使って好きな食事をし、買い物を楽しんだりもした。

 つまり、毎日城から脱走することは、セイゲルから許可済み――とも言えよう。


「セイゲルさんも大変だよねぇ。あのお姫様のお目付け役なんて」

「あれでも一応、公爵家の次男坊だぞ」

「えぇー!? めっちゃ貴族じゃん。そんな風に見えないなぁ。幸薄そうな気さくなお兄さんって感じだったんだけど」

「あれは三十路過ぎたら一気に禿げるだろうなぁ」

「かわいそぉ」


 セイゲルは知らないだろう。

 自分がネタにされていることなんて。


 四人は食事をしながら、周囲の客の会話にも耳を傾けていた。


「最近、瘴気の影響で病人が――」

「ゴブリンが狂暴化して、村がまた襲われたらしい――」

「南の森でボス化したゴブリンが――」


 町には人が溢れ、その顔には笑顔も浮かんでいる。

 平穏そのもの――そう見えていても、確実にそれを脅かす影は着々と伸びていた。


「僕らはいつまで、王都でのうのうとしているんだろうか」

「だな。なんのためにこの世界に来たのか、これじゃわかんねえよ」

「そうだよね。ボクも早くこの力で、何か出来ることをやりたい」

「なら行くか。東の迷宮で発生するモンスターの数が、最近やけに増えているらしい」

「「迷宮!」」


 迷宮――つまりダンジョン。

 RPGに没頭した少年時代を過ごした者なら、誰もがワクワクするその単語に、省吾と翔が反応した。

 もちろん、弦も――だが彼はワクワクよりも緊張が勝った。


(迷宮でモンスターが大量発生……この世界のダンジョンに生息するモンスターは、ダンジョンから生まれると聞いた。

 その数は一定に保たれているとも。

 それが増えたってことは……。

 急がないと、アレは起こるかもしれない)


 未だ手に馴染まない腰の剣に触れ、弦は神妙な面持ちになる。

 それに気づいたトーヤが、彼の手に触れ笑みを浮かべた。


「心配するな。お前の手に馴染む剣が、必ずどこかにある」

「だと、いいのだけれど」

「えー、なになにぃ? ユズっちがまた剣を壊しちゃった話ぃ?」

「こ、壊してないさ。き、今日はまだ……」

「強すぎるってのも、大変だなぁ」

「省吾も大剣、壊したんだよねぇ」

「はっはっは。けど俺はここにきてまだ二本だぞ」


 自慢にはならない。


 そう。

 彼らは強すぎた。

 故に力加減をしないと、直ぐに武器が壊れてしまう。


 武器との相性もあるが、伝説級の武具でなければ役不足なのだろう。


(この旅で、相性のいい武器と出会えればいいのだけれど)


 期待を胸に、弦はそう願うのだった。






「うふふふふふふふふ」

「イグリット様、不気味です」

「御黙りなさいセイゲル! あぁ、ようやく夢見た勇者様たちとの冒険の旅ですわぁ」

「夢見心地になってないで、現実を見てくださいね」

「わ、分かっていますわよっ」


 夕刻、弦たちはイグリットと面会し、勇者一行として旅に出る提案をした。

 その提案にイグリットは大喜び。

 なんせ恋愛冒険譚に、旅は必須ポイント。


 と思うのと同時に、最近各地で囁かれる災厄の噂も王国の姫としては気になるところ。


(恋も出来て民も救えるのですから、一石二鳥ですわ)


 などと考えていることを、セイゲルはお見通し。


(はぁ……悪いお方ではないんだけどなぁ)


 イグリットは悪い人間ではない。

 むしろ王族としては善良な方ともいえるのだが、なんせ恋に夢見がち過ぎる乙女だ。

 勇者一行に迷惑が掛からないよう、自分がしっかりしなければ――と思うセイゲルであった。



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ここまでで1章となります。

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