第31話:記憶とともに

 最後に残ったのは、直径一メートルほどもありそうな真っ黒な塊。


「これが瘴気塊しょうきこん……浄化すればいいんだよね?」

『あぁ、頼むぜ嬢ちゃん』

「頼まれました。"浄化の光よ、瘴気を祓い、すべての苦しみから解放せよ"」


 シューっと音を上げながら、瘴気塊がどんどん小さくなっていく。

 ギドラゾンビはこの塊を取り込んで力を得て、生かされたのか……それともこれを取り込んだからこそ肉体が朽ち、命を落とすことになったのか……。

 

 塊が全て消滅すると、辺りの空気が軽くなった気がした。


『終わったな』

『あぁ、やっと終わった。ライリーを行かせた後、まさかあんなデケー塊が見つかるとは思わなかったからなぁ』

『あの瘴気塊が、大規模なモンスターの群れが出来た原因だったのだろうね』

『あれのせいで我々は成仏出来なかったんだ。礼を言おう、ミユキ嬢』

「や、お礼だなんて……ここに来たのは偶然で、ヴァルの依頼――ヴァル!?」

『ウォンッ』


 ヴァルツが驚いたのか声を上げた。


「あ、や、ヴァルツじゃなくってね。えっと、黒い髪の男の人、見なかったヴァルツ?」

『黒髪の彼ならそこ――『ウオウオォォン』……あぁ……うん、分かったよ』


 ライリーさん、何が分かったの?


『この奥に男がいたぞ』

「ヴァルツ、本当!? 無事なの?」

『あ、あぁ。生きていた。大丈夫だ』

「早く助けに行かないとっ」

『ミユキ殿』


 ライリーさんに呼ばれて振り向く。

 あれ……みんなの姿が薄く……薄くなってる。


『ミユキ殿。僕らはそろそろ逝くよ』

「ライリーさん……うん、そうだね。奥さんや仲間に再会出来たんだし、目的は達成したんだもんね」

『ありがとう、ミユキ殿』

『しけた面すんなよライリー。もしかすると来世では冒険者仲間になるかもしれねぇーぞ。じゃーな、嬢ちゃん』

「さようなら、ブォルフさん」


 自然と右手を差し出してしまったけれど、そういえば幽霊だったんだ。触れられる訳がない。

 でも、ブォルフさんはハグをするように両手を広げて私の下へ。


 ハグ、出来た訳じゃない。

 でも確かに私は、この人の分厚い胸板に抱かれた気がする。

 そして記憶が流れ込んできた。


 ここでの戦いの記憶。絶望にも等しい……だけど死のその瞬間まで、ブォルフさんは戦った。

 鎮魂した冒険者たちの時と同じ。

 でも記憶はそれだけじゃなかった。


 村を救ってくれた冒険者に憧れる少年の記憶。

 幼い頃のブォルフさんは、同年代の子たちと比べても体が小さかったんだね。

 意外だ。


 痛くて、辛くて、悲しい記憶だけじゃない。

 彼らの楽しかった記憶も一緒に流れてくる。

 ひとり、またひとりと私に別れを告げ、光になって消えていく。

 自然と私は、鎮魂の言葉を口にしていた。


『ミユキさん。これを貰って欲しいの』

「フィレイヤさん。これって……本?」


 彼女が差し出したのは、一冊の本。

 古い感じはするのに、でも傷み自体はない。あと、少し光ってるようにも見える。


『これは聖典。聖職者にとって必要不可欠な物です。聖典を読めば、今現在、魔法ボードに表示されていない魔法も使えるようになりますよ』

「え?」


 後半は小声で、私にだけ聞こえるように言った。

 魔法ボードって、私がスキルボードって呼んでるあれ?


『聖女様がそう仰っていたの』

「あ……ありがとうございますっ」


 フィレイヤさんが言う聖女様ってのは、百年前の人のことだろう。

 表示されてないというのも、クエスチョンマークになってる部分だろうな。

 聖典を読むと表示される魔法があるみたいね。


 入れ替わりで、今度はリヒトさんがやって来る。


『ミユキ嬢。君は賢者の資質もあるのだな』

「あ、はい。司祭と賢者、二つの職業があります」

『ではわたしがしたためた魔導書が役立つだろう。だが生憎、ここにはない。ミユキ嬢、紙は持っているか?』

「紙? か――あっ」


 思い出して、上着の内ポケットを探った。

 この世界に召喚されたのは、学校から帰宅してバイトに向かう途中。

 その時の服装は、学生服のまま。だからポケットには――


「あった、学生証!」

『がくせいしょー? 書けるページがあるならなんでもいい』


 学生証の後ろの方はメモ帳としても使える。何にも書いてないけど。

 そのページを開くと、リヒトさんが宙を指でなぞり始める。それに合わせて学生証に文字が浮かんだ。


「えっと、東の……ん?」

『そこへ行って、下に書いてある呪文を唱えろ。そうすれば隠し部屋への扉が開き、わたしが書き溜めた魔導書が手に入る。他にもいろいろあるから、好きに使うといい。君さえよければ、アレも連れて行ってくれ』

「え、でも大事なものなんじゃ?」

『大事な物でも、死んでいては使えないだろう』


 ふんっと鼻を鳴らしながら、でも最後にはにっこりと笑ってリヒトさんが……逝った。

 その時に流れてきた記憶は、夢中で本を読むリヒト少年もの。

 すっごい分厚い本読んでる……私、無理。

 あはは、でも楽しそう。


 そんなリヒトさんの傍には、一匹の猫がいた。

 おおぉ、リヒトさんって猫好きなんだぁ。


『ミユキ殿』

「ライリーさん」


 残ったのはライリーさんと、それからフィレイヤさん。


『ありがとう。そして申し訳ない』

「え、なんで謝るんですか?」

『僕は君に救われた。なのになんの恩返しも出来ない。君はこれから、さまざまな困難にぶつかるだろうというのに』

『あなた。大丈夫ですよ。ね、ミユキさん』

「え……あっ、はい!」


 柔らかい笑みを浮かべ、フィレイヤさんは私を見る。


「私にはヴァルが――あ、れ? そういえばヴァルツは?」


 いつの間にかいなくなってる!?


なら、あの道を行ったよ』

「もうっ。なんで先に行くかなぁ。私を迷子にさせる気か!」

『一本道だから、大丈夫よ』


 それは一安心だ。

 最後に二人とハグを交わす。もちろん、触れることは出来ないけれど。


『君が彼のことを信頼しているなら、話しておくといいかもしれないね』

「話す?」

『あなたが異世界から召喚されたということをです。どうしてひとりでいるのかは私たちには分からないけれど』


 ど、どうして、かぁ。

 ほんと、どうしてこうなったのやら。

 いや、理由は分かってるんだよ。乙女ゲーなノリのお姫様が、逆ハーを完成させるために追い出しただけだし。

 それを……それを勇者に対して憧れを抱いてるライリーさんに言えない!!


『勇者一行は、絶大な力を持っている。それを悪用しようとする者は、必ずいるからね。知っていれば、そんな連中からも君を守りやすいだろう』

『それに、これからも一緒に旅を続けるなら、いつか隠していたことが見抜かれてしまうかもしれないでしょう? そのいつかを怯えるより、いっそ話してしまった方がスッキリすることもあるのよ』

「あはは、確かに……」


 既に無理のある言い訳とかしてるし、うすうす嘘だってバレてる気もする。

 それでもヴァルは無理に聞き出そうとしない。


 もしかすると、私から話すのを待ってくれているのかも。


『無理にとは言わないよ。君が一番いいと思う方法をとるといい』

『そうね。あなたの人生だもの』

「うん……ちゃんと考えてみる。ありがとう」


 二人に抱かれて……なんかこれって、親子に見えないかな。

 私が欲しくても手に入れられなかった、両親の温もり。


 あぁ、やっぱり私、生きている頃の二人に出会いたかった。


『君の進む先に幸あらんことを』

『あなたの進む先に、幸運が訪れるよう祈っています』


 二人の記憶が同時に流れ込んできた。

 そっか、二人は幼馴染だったんだね。


 幼い頃の記憶。

 お互い別々の道を歩むことになり、その修行の日々の記憶。

 再会したときの喜び。

 結ばれた時の幸福。

 残してきた命の――


 小さな男の子が笑う姿が、二人の最後の記憶だった。



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