第30話:全部、聖水
『さぁ、いっちょ暴れようか』
ムキムキなブォルフさんが背中に背負った大剣を引き抜く。
それが合図となって一斉にみんなが動き出す。
一瞬にして道が開き、その先に黒い塊が――
「ヴァルツ!」
黒狼が振り返る。
『ミユ……グルァアァ』
「"浄化の光よ、瘴気を祓い、すべての苦しみから解放せよ"」
瘴気に充てられているんだ。すぐに浄化の魔法を使うと、ヴァルツはよたよたとこちらへ向かって歩いて来た。
けれど直ぐにまた、辺りを瘴気が充満する。
これまた祓っても祓ってもキリがない。しかも瘴気は霧みたいなもの。
私と同じ神聖魔法が使える人にしか祓えない。
『通路が狭く、瘴気を祓っても奥からどんどん溢れ出ているからキリがありません』
「分かってるっ。せめてさっきの泉がある場所まで引き返せれば……」
ヴァルツの傍までようやく駆け寄ることが出来たけど、呼吸が荒くて意識も朦朧としてるっぽい。
『瘴気に飲み込まれようとしている。そいつが狂える精霊となれば厄介だ。離れた方がいい』
「えぇ!? そんなのダメ。ヴァルツ、しっかりしてヴァルツ。ねぇ、この先に広い場所があるの。そこまで頑張って」
効くのか分からないけど、治癒の魔法を使ってみた。
それから浄化も。
『ガァ……グ、ウゥ、ウウゥゥ』
「ヴァルツ!」
金色の瞳が、赤く濁ってる。
「ヴァルツ、ダメ。そっちに行っちゃダメだから!」
『離れたまえ、ミユキ嬢! そいつはもう、まともな精霊ではなくなっている。"始原の巨人の吐息、焔の調べ――"』
「待ってリヒトさんっ。ヴァルツはまだ抗ってるっ。ヴァルツ、しっかり……しっかりしなさいよクソワン子!」
『く、くそ?』『聖女がくそ……』『え?』
『ワン……こじゃ、ねぇ……この、クソ女っ』
「ヴァッひああぁぁっ」
濁っていた瞳が、再び金色に戻ったかと思ったら、ヴァルツは私を咥えて放り投げた。
落下した場所はヴァルツの背中。
駆けだしたヴァルツから振り落とされないよう、必死にしがみつく。
猛スピードで駆けだしたヴァルツだったけど、泉の傍まで行くとスローダウン。
そのまま泉の中に一歩入ったところで倒れてしまった。
「ヴァルツ!」
『お嬢、ヤツがおでましだ』
「え? ぅええぇ!?」
さっきまで私たちがいた通路から、どろっどろの何かが出てきた。
にゅるんっと通路から出てきたのは、かなりの量のどろどろゼリー。いや、形が出来ていく。
『フシュルルルルルル』
「うぇ……キングギドラだ」
ただし翼はなく、その皮膚はどろどろで腐っているようにも見える。
その腐った皮膚から、次々とゾンビが生まれていた。
「無限に湧いて来るのって、あれのせいなんだね」
『瘴気塊を取り込んで肉体が維持出来なくなったが、まさかネクロマンサーに進化するとはな』
『その瘴気塊から、常に瘴気も放出しています。アレは決して地上に出してはいけません』
『分かっているよフィレイア。奴はここで確実に仕留める』
アンデッドはみんなに任せて、放出され続ける瘴気からヴァルツを守るために浄化の魔法を唱える。
一瞬は祓える。でもあのギドラゾンビが瘴気を放出し続ける限り終わらない!
それはアンデッドの方もそう。
ギドラゾンビが死なない限り、ずっとアンデットが産み落とされている。
そのギドラゾンビを攻撃するためには、周りのアンデッドが邪魔。
遠距離から攻撃しようにも、アンデッドがまさに肉壁となってそれを防いでしまう。
じり貧だ。
瘴気とアンデッドを同時に処理出来れば……。
あ……。
「フィレイアさんっ。聖水って、アンデッドにダメージ与えられますか!?」
『え? えぇ、出来ますが――あっ』
「じゃ、聖水を作るときに必要な、輝く器っていうの分かりますか!」
『ふふ。輝く器というのは聖水を入れる容器に、太陽か月の光に充てた状態のことを言います』
太陽か月の光に……つまりそれって、野外じゃないと無理ゲー!?
しかもよく考えたら、ガラス瓶とか持ってないし!
『大丈夫ですよ。ほら』
フィレイアさんが天井を見上げた。
ん? 光の筋が……小さな穴が開いてるの!?
「で、でもガラス瓶が」
『あなたなら出来るはずです。異世界から来られたあなたなら』
フィレイアさんは泉に視線を移す。
私になら、出来る?
聖水を入れる瓶はないのに、どうやっ――容器……聖水を入れる……。
あぁ、そうか。
じゃぶじゃぶと泉の中に入っていく。腰の深さまで入ったところで、天井を見上げた。
太陽なのか、それとも月なのか。
そのどちらなのか分からない一筋の光は、水面まで届いている。
あとは祈るだけ。
「"清らかなる水よ。聖なる力を宿し、邪を打ち払う神の雫となれ"」
この泉の水、全部聖水にしてやる!!!
降り注ぐ光の筋が広がり、泉全体を包んだ。
プワァーっと光る泉。
『ウボアアァァァッ』
っと苦しむアンデッドたち。
聖水完成?
「スキルボード、スキルボード……あった! "水弾!"」
魔術師のスキル魔法、ウォーター・バレット。
泉の水がちゃぷんと音を立てて、アンデッドに向かって飛んでいく。
攻撃威力低め――って注意書きみたいに書かれてたけど、聖水弾はアンデッドに絶大の威力を発揮した。
しかも聖水弾が飛んでいく軌道上の瘴気も晴れ、さらに着弾してしぶきが上がれば広範囲の瘴気が消滅する。
「ふははは、ふははははははははははは。ぜーんぶ浄化するぞぉ。ぜーんぶ! "水弾!"――"水弾!"」
もうちょっと広範囲の水魔法ないかなぁ。
スキルボードを浮かべたまま探す。
お、これなんかいいかな。
「"水よ。全てを巻き上げ渦となり、飲み込め"」
アクア・ストーム。
呪文の通り、水柱がアンデッドも瘴気も飲み込んでいく。
その水は聖水。
飲み込まれた瞬間にアンデッドは塵になり、瘴気は消える。
ほーらほらほら、ぜーんぶ飲み込むじぇー。
そのまま水柱をどろどろギドラゾンビに放水。
『フシャルア゙ア゙ァ゙ァァァ』
「利いてる!」
『まったく、相変わらずむちゃくちゃだなお前は』
「ヴァルツ!?」
泉に半身が浸かっていたヴァルツが起き上がり、ぶるぶると水を飛ばす。
「ぶわっ。ちょっと止めっ」
『泉の水を全部聖水にしてしまうなんて……まぁいい。それならこちらも――』
ふいにヴァルツの足元の水だけが凍りつき、彼はその上に立った。
『オォォーン!』
ひと吠えすると、泉の水が無数の氷の刃になって飛んでいく。
『グギョアアァァァッ』
『とっととくたばれっ』
氷柱と呼ぶには大きすぎるそれが、いくつもギドラゾンビへと突き刺さった。
体内から放出される瘴気は、拡散される前に浄化されていく。
外からそして内からと浄化され、ギドラゾンビがみるみる縮んで行った。
『譲ってやる』
『託されよう』
そんな声が聞こえた。
ヴァルツは攻撃を止め、代わりにライリーさんたちが駆けだす。
手下を産み落とす力も残っていないギドラゾンビが絶命するのに、そう時間はかからなかった。
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