第28話:淀んだ泉

『君は、異世界からやって来たのだろう?』

「はひ!?」


 聖騎士さんの案内で、下へ、下へと続く坑道を進んでいた時、突然の言葉にふぁびょった。


『あぁ、驚かせて申し訳ない。僕はね、勇者様を間近で見たことがあるんだ。たぶん、君の前にこの世界に来た勇者様だ』

「え? じゃ、百年前の?」


 さっきまでゾンビだのレイスだのがわんさか出て来てたのに、今は何も出てこない。

 聖騎士さんの昔話を聞きながら、順調に坑道を進んで行った。


『あれは、ボクがまだ幼い子供の頃だった。邪神の封印がもっとも弱まった時期で、モンスターの大群が町を襲ったんだ』

「それを救ったのが、異世界からの勇者様?」


 そう尋ねると、聖騎士さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 体が透け、向こう側の壁が薄っすら見えている聖騎士さん。


『その時なんだ。僕は彼らのように、人を助ける人間になりたい――そう思ったのはね』

「勇者に憧れて聖騎士……凄い」

『ははは、ありがとう。恵まれていたんだよ。父は町の衛兵だったから、剣術は幼いころから学んでいたし、母は司祭だったからね』


 おぉ、プチサラブレットだったわけだ。

 でもきっと、凄く努力したんだろうな。だから神にも愛されて、ネクロマンサーの支配から守られたんだろうし。


『僕が聖騎士になった頃には、邪神は再び封印された頃だけどね。けれど世界がそれで平和になる訳じゃない。邪神の影響が色濃く残っていた頃、この鉱山にオーガたちが住み着いてね』


 オーガはオークやゴブリンを手下として使い、何百匹もの群れを作った。


『モンスターを一掃するときに救援に駆け付けてくれた聖女様が――あぁ、勇者召喚でこの世界に来た司祭様だがね。全部が終わった後、ここの地上で聖女様が鎮魂の祈りを唱えてくれたんだ。その時にはもう、僕は死んでしまっていたけれど』


 その鎮魂の祈りで聖騎士さんも、一度は成仏しかけたらしい。

 でも逝けなかった。

 だって――


『この先に、残してきてしまったから。妻を、仲間を……。その想いが、僕をここを留めてしまった』

「そう、なんですか」


 いいな……。こんなに想ってくれる仲間がいるって。

 アリアたち、もう故郷に帰ったかなぁ。


『同じなんだ』

「え?」

『死んだからこそ、見えるようになったものがある。それはね、魂の輝きなんだ』

「魂、の……」

『そう。聖女様、そして他の勇者様一行もね、この世界のどの人とも違う輝きをしていたんだ。そして君も。だからもしかしてと、そう思ったんだけれどね』


 この世界で生まれた訳じゃないから、もしかしてそういうところで関係があるのかな。


「はい……割とつい最近、召喚されました」

『そう、か……申し訳ない。この世界のために、君の人生を奪ってしまって』

「え!? 聖騎士さんのせいじゃないし、むしろ召喚して貰ったから今こうして生きてるんです。だから割と、感謝してるんですよ」

『そう、なのかい?』


 聖騎士さんは知らないのか。

 彼を安心させるために、勇者に選ばれる人の条件ってのを教えてあげた。


『そうか……そうか。あの方たちはやはり、勇者になるべくしてなった人たちなんだね。とても優しくて、正義感の強い方たちだった』

「そうなんですね。先輩勇者も、いい人たちだったんだ」


 なんとなく嬉しい。同じ世界から来た人のことを、褒めて貰えて……嬉しい。


『さぁ、そろそろだよ』


 坂道を下りきると、そこは開けた空洞。

 

「暗い……」

『石に聖なる光を灯して投げるといい』

「投げる……確かに!」

『妻がそうしていてね』


 何も長い物にこだわらなくていいんだ。

 まぁ持ち歩くことを考えたら、石は不向きかもしれないけど。


 コロンと転がってる石を拾って、聖なる光を灯す。それを適当な方向に向かって全力投球すれば、その周囲が照らされた。

 同じように三つほど、別々の方角に向かって投げる。


「池?」


 明るくなったことで見えてきたのは、小さな池。

 こぽこぽと音がして、底から水が湧き出していることが分かる。

 でも……。


「この水、淀んでるみたい。ウンディーネの元気がないもん」

『ウンディーネ? 精霊を見ることが出来るのかい?』

「あ、うん。私、司祭の他に賢者の職業も持ってて」

『おぉ、それは凄い! この世界に初めて召喚された勇者様も、二つの職業を持っていたそうです。勇者と、それから司祭を』


 私以外にも複数の職業を貰って転移してきた人がいたのか。


 池の中からふぃーっと浮かんでは、また池の中に消えるウンディーネたち。


「どうしてそんなに元気がないの?」

――水……汚れて……。


 汚れ……浄化で戻るかな?


「"浄化の光よ、瘴気を祓い、すべての苦しみから解放せよ"」


 ぷわぁっと池の水が光る。

 それと同時に黒い靄が湧き出て、四散した。


――汚れが消えた。

――気持ちいい。

 

「よかった。ねぇ、近くに蜥蜴のボスがいると思うんだけど。知らない?」

――あっち。

――気を付けて。

――汚れたもの、たくさん。


 たくさんかぁ。

 ここまでモンスターは一匹も出てなかったけど、待ち構えてるってことかぁ。

 そうと分かっているからと言って、進まない訳にはいかない。


「行こう、聖騎士さん」

『お供しよう』






~~~~


「くっそ……」


 ヴァルツはぬめりとした漆黒に包まれていた。

 それは膨れ上がったリザードの肉体から漏れ出た、瘴気を含んだ体液だった。

 ヴァルツはその体液に包まれ、地面に転がっている。  

 

(瘴気に蝕われる前に、ここから抜け出さねぇと)


 だが力が出ない。

 先日、仮の契約を交わしたことで精霊力を著しく消耗していることで、抵抗力が普段よりも更に弱まっていた。

 

「ぐ……うぅ……オォォン」


 ヴァルツは体をこわばらせた後、狼の姿へと変貌した。

 人の姿の時よりも、この姿の方が精霊力を引き出せる。


『ウオオオオォォォォォォォォン』


 体液を自分もろとも凍らせ、そして砕く。


『はぁ……はぁ……はや、く……あいつの下へ』


 辛うじて立ち上がったヴァルツだが、その時には既に周囲を囲まれていた。

 恨めしそうに天井を睨む。

 そこには黒光りする、ぬめりと肥大した皮膚を持つ巨大な蜥蜴が張り付いていた。


『ったく……醜く進化しやがって』


 仲間を喰い、さらに仲間の死体を喰い、その先に進化したリザードの姿は、まるでドラゴンゾンビ。

 その体液は怨霊を受肉させ、自身の手ごまとして操る力を得ている。


 ヴァルツを囲むのは、かつてこの地に巣食ったオーガやオークといったモンスターたち。


『死にぞこないめ』


 悪態をつきながら、ヴァルツは身構える。

 一刻も早くここを抜け出し、美雪の下へ向かうために。


 急がなければ、既にヴァルツの体を瘴気が蝕み始めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る