第27話:鎮魂
ほんのりと緑色の光を纏った枝は、どことなくライトセイバーに見えなくも……いや無理か。
『あ゙ひぃ゙いぃ』
「お、おお?」
ん?
心なしか、アンデッド――特に蜥蜴ゾンビが光から逃れようと、踵を返す。
「逃がすかあぁぁっ。うらぁーっ!」
木の枝を振る。
ベシンっと蜥蜴ゾンビに当たると、ゾンビは一瞬で塵になった。
「おおぉぉ、ホーリー・ウェポンつええぇ」
『げろ゙、あ゙あ゙ぁ』
反撃してくる蜥蜴ゾンビは、聖属性の防御魔法に阻まれてこちらも塵になる。
攻撃してもしなくても、敵は勝手に塵になっていく。
これ棒立ちしててもいいんじゃ?
ただ、勝手に塵になってくれるのは蜥蜴ゾンビだけ。
人の姿をしたゴースト系の、たぶんレイスなのかな? あちらは用心深く、こちらの様子を窺っている。
このレイスたちは、たぶん……冒険者だった人たち。
生気はなくとも、その外見は逞しく、何より武具を身に着けている。
大規模なゴブリン討伐に参加した冒険者なのかな……。
許せない。
モンスターを倒して困っている人たちを助ける冒険者を、モンスターとして蘇らせるなんて!
『ゔぁ……あぁ、う……』
「苦しいよね、辛いよね……ぁ、もしかして……抗ってるの!?」
様子を窺っているんじゃなく、ネクロマンサーからの支配に抗ってるんじゃ!?
私を襲おうとして、でも頭を抱えて苦しんで、後退してる。そしてまた、何かに取り憑かれたように前進しては、頭を抱えて呻きながら下がる。
ずっとその繰り返し。
あんな姿になっても、人である私を傷つけまいと必死にもがいてる。
お金のためだけじゃない。
人のために戦っていたんだ、この人たちは。
死んでもその志は変わらない。
それを魔法で無理やり……。
『鎮魂を』
「え?」
突然声がして後ろを振り返ると、さっきの鎧の人が!
よく見ると、その鎧には十字架が描かれていた。
「聖騎士、さん?」
半透明のその人が、優しい笑みを浮かべて頷く。
彼の背後に、すぅっと別の人影が現れた。こちらは十字架が描かれた法衣を纏った男の人だ。他に女の人もいる。
そっか。聖職者だから、神の加護みたいなものに護られてて、邪悪なネクロマンサーの召喚から逃れられたんだね。
『鎮魂を頼みます。わたしにはもう、その力がありませんから』
「鎮魂……分かりました」
そう答えた瞬間、レイスとなった冒険者たちから激しい苦痛の声が上がる。
その声はすぐに収まり、彼らの目は赤々とした輝きを宿していた。
『支配の力が増しました。彼らの抵抗もここまでのようです。お嬢さん、私のあとに続いて呪文を唱えてください。きっとあなたなら、この魔法を使えるはずです』
『その資格があなたにならあります』
『我々の力、存分に使ってくれ』
三人が何を言おうとしているのは、不思議と私には分かった。
頷いて、女の司祭様が口にする言葉を紡ぐ。
「"暗闇に囚われし、尊き魂よ――光の使徒となりて、我と共に進まん――我が剣、我が盾となり、彷徨えし者に道を示せ!"」
光が辺り一帯を包む。
その光が収まると、聖騎士さんと二人の司祭様がめっちゃ輝いてる!
え、さっきまで青白い半透明な完全幽霊だったのに、今はうっすら黄色がかった色に光って、しかも背中に天使の羽根えぇー!?
召されたの?
いや、違うってことは分かってる。
三人は今、幽霊から神の使徒にクラスチェンジしたんだ。
私を護るために。
『我らが時間を作ります。今のうちに鎮魂を』
「は、はいっ」
聖騎士さんが盾を構え、襲って来る冒険者レイスたちを防いでくれた。
二人の司祭も、聖なる盾で応戦している。
三人は防戦に徹し、レイスと化したかつての仲間を傷つけないようにしているみたい。
「"彷徨いし魂よ――"」
鎮魂の呪文。
「"悲しみも苦しみも忘れ、光に身を委ねて天へと昇れ"」
辛かったよね。苦しかったよね。
今、その苦しみから解放するよ。
「"汝らの思いは、私と共に生きよう"――私が、全部持って行くから」
光に満たされる。
その光の中で、たくさんの景色が見えた。
薄暗い洞窟の中で、無数のゴブリンと見覚えのないモンスターに囲まれ、命を落としていく彼らの姿。
見覚えのないモンスターは、オークやオーガなんだろうな。
絶望的なまでの数の差。
それでも立ち向かっていく冒険者たち。
仲間をひとりでも救おうとする人も……
そして、最後まで諦めず戦い続け、勝利した……彼ら。
「あの鉱山の町が今でもあるのは、みんなのおかげ。町の人たちも、すっごく感謝してたよ」
町の人がモンスターの巣穴の討伐話をしてくれたとき、まるで英雄譚を語っているようだった。
ううん。町の人にとってこの人たちは、英雄そのものだったんだ。
「ありがとう」
光が激しさを増す。
私は目を閉じて、その時を待った。
――おっ。やっと俺たちをむりやっこ目覚めさせた野郎の声から解放されたぜ。
――あぁ、これで眠れる。
――眠るんじゃなくって、逝くんだよ。光の先にね。
――来世では今度こそ、お宝を手に入れるぜ!
――俺、来世にいったら結婚するんだ。
――お前、それ死亡フラグだろ?
――死んでんだし、関係ないんじゃないの?
――それもそうか。わははははははは。
楽しそうな笑い声。
自然と私の顔も緩む。
そして――静かになった。
目を開くと、明かりは枝に灯した聖なる光のみ。鎮魂の光は消えたみたい。
そこに冒険者の姿はなく、私を守ってくれた三人の姿も……
「あ、れ? 聖騎士さん!? ほ、他の二人は?」
『彼らは仲間たちと一緒に逝ったよ。ありがとう』
「聖騎士さんはなんで」
『僕にはまだ、君を案内する役目があるからね。それに……』
聖騎士さんは洞窟の奥を見つめ、悲痛な面持ちになる。
『この先にまだ、仲間が眠っているんだ』
「この奥に……」
『僕たちを逃がすために、囮になった仲間がね。そこには妻もいる』
お、奥さん!?
それは絶対に再会させてあげないと。
『きっと彼もそこにいるだろう』
「彼って……ヴァルも!?」
こくりと頷いた聖騎士さんは、私の前を歩き出した。
鎧を着込んでいながら、その足音は一切ない。生きている人ではないから、かな。
『この鉱山内で、もっとも過酷で熾烈を極めた場所……怨念が渦巻く場所に、奴はいる――大量の瘴気を取り込み、仲間を喰らって進化したリザードが』
そこにヴァルも……。
待っててね。今から行くから!
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