第25話:ヒール砲

「"暗闇を照らす優しき光よ"」


 坑道に行くまでの間に拾った、握りやすそうな太さの枝。

 ヴァルが余計な小枝やささくれを取ってくれて、さらに握りやすいよう布を巻いてくれた。

 その先端に光を灯し、暗い坑道へと入っていく。


 普段だと灯りがあるそうなんだけど、モンスターのせいで鉱山は臨時閉鎖中。

 ってことで、今は真っ暗だ。


「でもあちこち光ってるの、なに?」

「明かり石の効果が残ってんだろ」

「あかりいし?」

「……モンスターの体内から取れる魔石を加工したものだ。衝撃を与えると一定時間光る。また衝撃を与えれば光は消える。光っている間だけ、魔石は消耗して最後には砕けて消えるんだ」

「へぇ、便利なものがあるもんだねぇ」


 電気の代わりみたいなものか。

 ゴブリンとかボアからは、魔石とか出てなかった気がするけど。


「弱いモンスターからは、魔石って出ないの?」

「魔石を出すのは、ダンジョンに生息している奴らだけだ」

「ダンジョン!?」


 あるのかぁ、ダンジョン!


「お前、本当に何も――いや、いい」

「え? なにがいいの」

「なんでもない。ほら、さっさと照らせ。先進むぞ」


 ずんずんと歩くヴァルを、慌てて追いかける。

 聖なる光が照らす範囲は、狭くはないけど広くもない。だいたい光源から、半径十メートルぐらいは照らしてくれてるかな。

 とはいえ、その先にモンスターがいれば十メートルの距離なんて一瞬で詰められてしまう。


「もう少し広範囲を照らしてくれないかなぁ」

「光の精霊を召喚できりゃあ、先行させて先の方まで照らせるんだがな」

「召喚どうやるの」

「……契約してねぇんだから無理に決まってるだろ」


 NOoooooooooooooooo!!!


「あれ? もしかして精霊師が召喚出来るのって、一種類の精霊だけ?」

「は? なんでそうなる」

「だって契約が必要なんでしょ? 契約出来るのって、一種類だけなんじゃ?」

「いや、そうじゃない。前に話した成長うんぬんが頭に残っているんだろうが、それは初めて契約した精霊に限ってのこと。つまりそれ以後も精霊との契約はいくらでも出来る」

「あ、そっか。成長するかしないかの差だったね」


 光の精霊と最初に契約したら、半径数百メートルまで明るくしてくれたり――とか出来るのかな。

 いや、範囲広すぎてご近所迷惑だよ。


 とはいえ、早く最初の契約精霊を決めないとなぁ。じゃないといつまで経っても精霊魔法が使えない。

 精霊師のスキルタブに「精霊契約」しかないのは、 他のスキルが全部、精霊との契約が前提で発生するものだからだろうな。

 クエスチョンマークがないのは、前提すら未だにないからとか。


「強くてカッコいい精霊……」

「つ、強くてカッコいい精霊? そ、それがどうした」

「どっかに落ちてないかなぁ」

「……精霊は拾得物じゃねえぞ」


 拾得物……それを聞いてふと浮かんだのは、『拾ってください』と書かれたダンボールに入った、黒狼のヴァルツ。


「ぶふっ」

「……なんだお前、急に笑い出して気色わるい」


 くっ。ドン引きされた。

 くっそ。ダンボールinしたヴァルツを想像したら、思わず噴き出したじゃん。

 あっ。目の前のもうひとりのヴァルツがダンボールin……ダメ、想像したら負けよ!


「わ、分かれ道だよ。どっち行く!?」

「あ? んー……」


 二股に別れた道は、片方が微妙に下り坂になっていた。

 ヴァルは道の前に立って、奥の様子を窺う。

 明かり、届いてないでしょ。


「こっちだ」

「そっち?」


 ヴァルは下ってる方の道に入っていく。


「なんでそっち?」

「なんでって、ニオイで……いいから着いて来い。俺は銀級冒険者様だぞ」

「うわぁ、マウント取り出したよ。へいへい、銀級冒険者様」


 へらへらと笑いながらヴァルの後ろをついていく。

 実際なんで下りの道を選んだのか気になるけど、私にはどっちの道が正解なのかまったく分からない。

 むしろヴァルが選んだ道なら、それが正しいのかなって思う。

 この世界で生まれ育って、冒険者として生きている彼の勘を信じてる。

 

 そうやって道が分かれるたびにヴァルの勘を頼りに進んでいくと、突然、彼が足を止めた。

 腕を伸ばし、『止まれ』と合図をする。

 モンスター?

 光の範囲に姿は見えない。

 でも、ずるずると、何かを引きずるような音が近づいて来る。

 やがて暗闇にギラリと光る赤い点がいくつか現れた。


 咄嗟に呪文を唱える。


「"聖なる光よ、邪悪な力から守る盾となれ"」

「俺にはそれを掛けるなよ。まともに攻撃も出来なくなる」

「分かった。"聖なる祝福よ、かの者の肉体に活力を"」


 全方位型防御魔法。

 モンスターが見えない盾に触れると吹っ飛ばしてしまう。

 後衛職にはいいけど、前衛職だと攻撃を空振りする可能性があるから邪魔だよね。

 ヴァルにはブレッシングが一番。


 ようやく光の範囲にモンスターが入った。

 けどすぐに後退する。


「ぅあ……ゾンビ?」

「あぁ。ゴブリンのゾンビだな。そこでじっとしてろ」


 ゴブリン……あ、本当だ。小さい。

 そういえば、昨日、町の人が言ってたっけ。

 ここの鉱山は以前、モンスターの巨大な巣穴と開通してしまったって。

 そこにはゴブリンやオーク、それにオーガとかってモンスターがいたみたい。


 ゴブリンは鉱石好き。

 鉱石を集めるためにせっせと穴を掘って、複雑に入り組んだ巣穴になっていたと。

 もちろん、モンスターたちはとうの昔に一掃されてていない。


 もしかしてこいつらって、ここで死んだゴブリンなのかな?

 にしても、なんで寄ってこないんだろう。なんか光を嫌っているような……あ、これ聖属性なのか。

 向こうが光の範囲内に入ろうとしないから、ヴァルも仕方なく離れた場所で戦ってる。


「暗くない!?」

「心配ない。お前はそこにいろ。光の中なら安全なようだからな」


 ゴブリンは防御魔法なんかお構いなしに突進して来て勝手に吹っ飛んでたのに、なんで腐ってる方が賢いんだよ!

 でも相手がアンデッドってことは、司祭にも攻撃手段があるってこと!!


「くふ、くふふふふふふふ。撃つぞぉ、撃っちゃうぞぉ」

「な、何を……」

「ふはははははははははは。喰らえっ。"癒しの光よ、かのものに届け"ヒール砲!」


 びゅんっと飛んだ淡い緑の光が飛んでいく。

 光の外側にいるからぼんやりとしか見えないけど、的を外してヴァルに当たっても問題ない。

 だってヒールだから!


 そしてヒール砲がゾンビゴブリンに命中。


「お、おい、なんでヒールを――『ゴブア゙ァ』は? 利いて……る?」

「ふっ、知らないんだねヴァルは。ヒール砲はアンデッドに有効な攻撃手段よ!」

「はぁぁ!? そんな話、聞いたことないぞ」

「お? でも実際利いてるし」


 この世界ではヒール砲の概念がないのか。

 ふぅーん。てっとり早い攻撃手段なのになぁ。まぁアンデッドでも、実態のないゴースト系には効果ないけど。


「ふふふふふふふふ。ここから私のターン! "癒しの光よ、かのものに届け"」

「おいおい……ヒール一確かよ」

「ほほほほほほほほ。"癒しの光よ、かのものに届け"、こっちにも"癒しの光よ、かのものに届け"」


 ヒール一発でゾンビゴブリンを確殺していく。

 ギリギリ明かりが届く範囲のゾンビゴブリンに当たった時見えたのは、塵になって四散する姿。

 ふははははははは。

 ヒール砲最強!!

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