第24話:最高かよ!

「こ、この世界は……足腰を鍛えないと……生きて……いけない……」

「なにを言っているんだ。疲れたのなら休むぞ?」


 ヴァルとパーティーを組むことを決めた翌日、さっそくランクダウン回避依頼のために出発した。

 今度は森じゃなく、山!

 

 つまり、疲れる!

 ブレッシング使ってるけど、疲れがたまる方が早い!


「す、少しお願いします……」

「あぁ。そう先を急ぐ訳でもないし、ゆっくりでいい」

「ヴァルは全然疲れてない……。やっぱり私、(この世界の)人より体力ないのかなぁ」

「俺と比べるな。こっちは一応、銀級なんだぞ。それに男と女とじゃ、基礎体力にも差がある。ま、男だろうと、疲れるときは疲れるもんだ。お前は頑張ってる方だよ」

「そうかなぁ。ぬぅぅ」

「そう気にするな。冒険者として旅を続けていれば、嫌でも体力がつく。お前は旅に出てまだ日が浅いんだろ」


 それもそうかぁ。

 日本にいた時は、長距離移動と言えばバスや電車。

 でもこの世界じゃそうもいかない。半日移動なんて当たり前になるだろうし、それだけでも体力つくよね。


「よし、頑張るぞ!」

「もういいのか?」

「うん。ところでどこまで登るの?」


 ヴァルは立ち上がり、山頂ではなくその向こうを指さした。


「峠を二つほど越えた先だ。そこに小さな鉱山の町がある」

「こんな山の中に?」

「鉱山なんだから山にあるのは当たり前だろう」


 それもそうか。

 依頼内容を教えてもらいながら、山道を登っていく。

 町へと続くからか、山道といっても歩きやすいし道幅もある。

 まぁ歩きやすい=疲れない訳じゃないんだけどね。 


「ターゲットは元々、山奥の湿地帯に生息していたリザードだ」

「リザー……蜥蜴のモンスター?」

「そうだ。一年前、数組の冒険者パーティーで共闘討伐されたんだが、数匹が鉱山に逃げ込んだらしい」


 もちろん捜索のために冒険者たちは鉱山へと入った。

 だけここの鉱山は古くからあるもので、中はかなり広く、複雑に入り組んだ造りになっている。


「一カ月ほど捜索したが見つからず、深穴に落ちて死んだんだろうってことになったんだ」

「でも生きてた、ってことだね」

「あぁ。二カ月前、鉱夫がひとり帰ってこなくてな。町の住民が捜索に向かうと――肉片だけが見つかった」


 うぁ……。


「鉱夫ってのはゴブリンやコボルト程度なら、自分で対処できるほどには鍛えられた連中ばかりだ。採掘道具なんざ、武器にもなるからな」

「ツルハシ……あぁ、うん、武器になるよね」

「それもあって、最初は自分たちで敵討ちをしようと坑道でモンスターを探したらしい。結果は被害者を増やしただけだがな」


 冒険者ギルドに討伐依頼が来たのは一カ月前。

 モンスターを実際に見た鉱夫の話からして、一年前のリザードの生き残りが進化したものだろうって。


「過去にリザード系モンスターが、急速に進化した姿を見た冒険者がいてな。その記録にある見た目と今回の奴が似ているんだ」

「どんな見た目なの?」

「リザードは二足歩行の蜥蜴だが、進化した姿はドラゴンに近い」

「え、ドラゴンって元は――」

「いいや。ドラゴンはドラゴンだ。リザードが進化した姿じゃねえ」


 進化したリザードが、ドラゴンっぽく変貌するだけ――らしい。

 しかも。


「リザードは共食いする種が多い。記録にあるやつも今回の奴も、おそらく瘴気をふんだんに含んだ仲間を食って進化したんだろう。その証拠に、頭が三つあるそうだ」

「頭三つ……キングギドラ!?」

「は? きんぐ、え?」


 はっ、しまった。つい叫んでしまった。


「な、なんでもないの。こ、子供の頃にね、育ての親が読み聞かせてくれた絵本に、首三つのドラゴンのお話があっただけ。うん、絵本の話。へへ」

「ふぅーん。まぁとにかく、その三つ首のリザードがターゲットだ」

「了解でありますっ」


 三つ首……間違っても光線なんか吐き出さないよね?






「ふいぃ~、極楽じゃぁん」


 鉱山の町に到着した。

 温泉があった。

 温泉があった!

 温泉があったぁ!


 しかも露天風呂ぉ~。


「こんなくせぇ風呂の、どこがいいんだか」

「えぇー、そんな臭いかな――ヴァル!?」


 なななな、なんでヴァルの声が!?

 いない、どこにも。


「隣が男風呂なんだよ。心配するな、柵もあるし見る気もねぇし」

「柵……おぉ、向こう側は男湯かぁ」


 見る気もねぇって、どういうことじゃい!

 いや見られたくもないけどさっ。


「温泉にはねぇ、疲労回復や冷え性に効く成分が入ってんだよ。肌だってつるんつるんになるんだから」

「疲れてねぇ、冷え性でもねぇ、肌なんてどうでもいい」

「世の中みんながみんな、ヴァルみたいな体力魔人じゃないから」

「あぁー、鼻がもげる。先に飯食ってるからな」


 どうせまた肉でしょ。

 でもそんな臭いかなぁ。私は全然臭わないんだけど。


 明日は朝から鉱山の中に入るって言うし、今日はゆーっくり温泉を満喫するんだぁ。


「ふぅ~……ぅ、わぁ。星が綺麗ぇ。うお! つ、月が二つもある! ひゃぁ、ファンタジーだねぇ」


 地球と似ているようで、やっぱり全然違うんだなぁ。

 満天の星空の下で入る温泉……。


「さいこーかよ!」


 




 ~その頃のヴァルツさん~


 非常に聴覚が優れたヴァルツは、脱衣所にいても美雪の声が聞こえていた。


「――つ、月が二つもある! ひゃあぁ、ファンタジーだねぇ」


 何をそんな当たり前のことを――とヴァルツは思った。

 夜空に浮かぶ月は二つ。

 そんなもの、赤ん坊でも知っているような常識だ。

 驚く者などいやしない。生まれた時から見ている光景なのだから。


 だが――と、ヴァルツはあることを思い出す。


(あの日、俺が王都であいつ・・・に助けられたあの日……確かに召喚魔法が行われた。魔力の流れからして間違いないはず)

(その召喚を邪魔しようと、邪教徒どもが王都に瘴気を放ったんだろうからな)


 そして放たれた瘴気を放っておけず、なんとかしようとして瘴気に充てられたのが黒狼のヴァルツである。

 手持ちの聖水一本では足りず、もがき苦しんでいたところを美雪に助けられた。


(異世界とこちらとでは、月の数が違うのかもしれない。もしあいつがそうだとしたら、驚くのも頷ける)

(月に限ったことじゃない。あいつにはおかしな点がいくつもある。精霊と契約出来ることが分かっているのに、どうすればいいのか分からないという。魔法は使えるのに、魔力の使い過ぎ状態のことは知らない。魔術師が弟子にそれを教えない訳がないんだ。命にかかわることなんだからな)


 司祭なのに聖水を作る際の、必要な材料のことも知らない。

 正式な修行を受けていないという割に、上位魔法である浄化の光が使える。

 そんなことがあり得るのか?


 それが異世界人で、勇者召喚によって呼び出された人物ならあり得るだろう。

 だが勇者一行のメンバーが、ひとりで彷徨っているものなのか?

 少なくとも、勇者とともにいるはずだ。

 

 異世界人なのか、それとも単純に常識を知らないだけの少女なのか。

 知りたいが、追及はしたくない。

 なぜならヴァルツ自身、人に知られたくない秘密を抱えているからだ。


「お前も……きっとお前も、俺の真実を知れば……」


 そう呟くヴァルツの黄金色の瞳は、どこか遠くを見つめ寂しそうでもあった。

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