第23話:相棒

 ハトの町に到着したのは、辺りが薄暗くなる頃。

 さすがに町に到着する前には、ヴァルの背中から下りてひとりで歩いた。

 そのまま冒険者ギルドに行って、森で見たボアのことを報告して、薬草の報酬を受け取って……。


「ミユキ、あの……」

「うん。三人とも、頑張ってね」

「え?」


 きょとんとした顔のアリア。


「冒険者向けのお店、やるんでしょ? いいと思うよ」

「……うん。冒険者になることが憧れだったけど、私たちには無理だったみたい」

「憧れだけじゃ生きていけないのは、どんな職業でも同じだよ」

「うん、うん、そうね」


 薬草の報酬は、全額彼女らに譲る。

 たいした金額じゃないけど、お店の開店資金の足しになればと思って。


 三人とはここでお別れ。

 たった二日間のパーティーだったなぁ。


「悪かったな」

「え? なんでヴァルが謝るの」

「いやその……もうちょっとまともな奴らのパーティーを見つけてやれなくて」

「いや、それ全然ヴァルのせいじゃないし」

「多少なり関わったのだから、最後まで面倒を見てやろうと」


 最後までって…………。


 お父さんかよ!


「あ、そう言えばランク維持の依頼はどうなったの?」

「……あ、あぁ」

「なに、その反応。まさかまだ受けてないの!?」

「いや受けたっ。受けたが……」


 まぁた面倒くさいとか思ってたりする訳?


「お前の帰りを待っていたんだよ」

「え、私……の?」


 私のこと、待ってたってどういうこと?


「聖水がいるんだよ」

「あー、聖水かぁ。そういや言ってたっけ。え、すぐ必要だったの!?」

「いや、まぁ……あの時はすぐじゃなかったんだ。だがギルドスタッフが持ってきた依頼が瘴気関連だったのさ」

「あぁ、なるほどぉ」


 聖水にも瘴気を浄化する力があるらしい。

 その聖水は神聖魔法で作れるから、私を待ってたってことか。


 ギルドを出て、自然と足は宿へと向かう。

 ハトの町に来て泊まったあの宿に。


「聖水って売ってないの?」

「売ってはいるが、効果が薄い。聖水にも鮮度というか、作られて日数が経つほど効果が薄れるもの――知ってるだろう、お前、司祭なんだし」

「え、や、正式な司祭じゃない、から。ははは」


 異世界から召喚されてやってきて、その瞬間にぽんっと魔法が使えるようになっただけ。

 本来この世界の人が学んで覚えたことなんか、まったく知らない。


「それに聖水ってのは――」

「聖水ってのは?」


 ヴァルは少し考えた後、私をじっと見つめた。


「お前、聖水の価格を知っても、高額請求しないって約束してくれるか?」

「ぶほっ。なにそれ。え、高く売れるの?」

「あぁ、やっぱタダでくれるっていう約束をつけておくんだった」


 そんなことで考え込むなよぉ。


「ぷはは。いいよ、今回も助けてもらったし、出血大サービスでヴァルにはタダで作ってあげるよ」

「本当か? 絶対だぞ」

「はいはい、約束するって。指切りでもしとく?」

「は? ゆ、指を切るだと!?」


 あ、今なんか盛大な勘違いしてる気がする。

 まぁ指切りの意味知らなくて、その言葉だけ聞いたら物騒な内容だもんなぁ。


「あのね、私の故郷でやってるの。こうやるんだよ」


 ヴァルの手を取って、小指同士を絡める。


「で、約束破ったらダメですよーって、『指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った』ってね」

「約束破ったら針を千本も飲まされるのか!?」


 ……余計なことをしただろうか。


「お前の故郷、怖すぎだろ」

「本当に飲ませる訳じゃないからっ」


 このあと、宿に到着するまでヴァルの誤解を解くのに苦労した。






「ねぇ、ヴァルは輝く器ってどんなものか分かる?」

「あ?」

「いやね、聖水を作るのに必要なんだけどさ」


 初日と同じ宿に部屋を取り、一階の食堂で温かいご飯を満喫中。

 

 聖水、作ってあげるとは言ったけど、初めて使う魔法だからどんな風に聖水が出来るのかちょっと分からない。

 スキルの説明もアバウトだし。


【湧き出る泉で身を清めながら、輝く器を手に呪文を唱えよ】


 絶対これなぞなぞでしょ。

 泉で身を清めながら――泉の中に入って魔法を使えってことだろうと思う。

 輝く器?

 これが分からないんだよねぇ。


「お前……まさか聖水作ったことないのか!?」

「あ……あは、あはははは。で、でも習ってるから大丈夫!」

「習ってるのに分からないのか!」

「はぐっ……」


 しまった。墓穴掘ってしまった。

 なんか不審そうな顔でこっち見てるよ。

 どう誤魔化そう。


「はぁ……」

「いや、でっかいため息止めてよぉ」


 運ばれてきた肉料理をフォークで突きながら、ヴァルはもう一度、今度は小さなため息を吐く。


「お前……俺と……ないか?」

「ん? 聞こえないよ」

「だから――」


 なんか頭ぐしゃぐしゃーってして、それからフォークをお皿の上に置いて改めて私を見る。


「俺とパーティー、組まねえか」


 …………え?


「あ、嫌だってんならいいんだ。そりゃ、野郎と二人っきりなんてお前も不安だろうし」

「は? 押しヨワっ」

「うるさい。こっちは若い女相手に、気を使ってんだ。そ、それで、どうなんだ?」

「どうって、私まだ冒険者になりたてて石級だよ?」


 ヴァルは銀級。実力の差がありすぎる。

 絶対私、彼の足を引っ張ることになると思う。


「どんなに実力があろうと、登録した時にはみんな石級なんだよ。俺だってそうだ」

「それは……そうだけどさぁ。足引っ張らないか不安」

「銀級相当かどうかは分からないが、お前には力がある。浄化の魔法は、その辺の司祭にゃ使えない魔法だぞ」

「え、そうだったの!?」


 さ、さすが召喚特典。難易度の高い魔法も、呪文さえ言えれば簡単に使えてしまうとは。

 この世界で頑張って修行している人にごめんなさいって思うよ。


「俺としては、お前の浄化の力が必要なんだ」

「浄化? 銀級だから瘴気絡みの依頼も多いから?」

「それもあるが……じ、実はな」


 ヴァルは少し身を乗り出すようにして、それから小さな声で話し始めた。


「ガキの頃に、一度呪いをかけられたことがあるんだ」

「えぇ!?」

「呪い自体は解いてもらったが、一度呪われたせいか、瘴気の影響を受けやすくなった」

「えっと、具合的にどんな風になるの?」

「普通の人間なら瘴気に充てられても、すぐにどうこうということはない。何時間もさらされていれば、じょじょに体調を悪くしていく感じだ。だが俺の場合――」


 すぐに気分が悪くなって、意識を保つのも大変。

 下手をすると我を忘れて暴れだすかもしれない――と。


「瘴気に飲み込まれれば、誰であろうと最終的にはそうなる」

「ヴァルの場合、それが人より早い段階でくるってこと?」

「そうだ。だから迂闊に瘴気絡みの依頼を受けられないってのもあったんだ」


 鉄級の時には瘴気関連の依頼は少なく、銀級になってから――しかもここ数年で一気に依頼が増えたという。

 それも邪神の封印は弱くなり始めている証拠だって。


「銀級にランクアップしたのも、ここ数年なんだ。瘴気に侵されたモンスター退治なんてのも、そう多くはないだろうと思っていたんだがな」

「予想以上に多かった、と」

「あぁ。だからまぁ、下の鉄級にランクダウンしてもいいかなとも思ってはいたんだ。けど、お前が現れて、もし、その……」

「私と組んで浄化の心配がなくなれば、銀級のままでもいいかなってこと?」


 ヴァルは頷く。

 彼にとって必要なのは、瘴気の対策方法。

 聖水でも払えるけど、作れるのは聖職者だけ。もちろんヴァルは違う。

 入手方法が限られているし、無限に持ち歩けるわけでもない。


 私なら、魔法で浄化出来るし、なんだったら聖水も作れる。ちょっと器の部分で困惑してるけど。

 

「もちろんお前のことは俺が――」

「いいよ。一緒に行く」

「必ずまも……え?」

「え、じゃないよ。一緒に行くって言ってんの」

「いい、のか?」

「誘ったのそっちじゃん!」


 今更、やっぱりお前じゃ不安だからってか?

 まぁ違うだろうけど。


「いや、あの……ありがとうな」

「ふぇっ。し、しおらしくお礼言うのとかやめてよ。変な声出たじゃん」

「どういう意味だよそりゃ」

「別に深い意味はない。でも本当にいいの? 意外とポンコツかもしれないよ?」

「そっちこそいいのか?」

「うん。ヴァルはいい人だよ。女だからって、直ぐに手を出すような変態じゃないみたいだし」


 そう言うと、彼はなんとも微妙な表情を浮かべた。


「みたいってことは、完全には信用されてないってことか」

「あー……ちょこっとだけ?」


 と手で「ちょこっと」を表現する。

 それを見たヴァルがまぁた大きなため息を吐いて、それからフォークを手に持って肉にかぶりついた。

 そういえばヴァル……肉好きだよねぇ。

 町でご飯食べてるときは、必ず大きな肉を注文してるし。


 あっちのヴァルツはどうなんだろう?

 狼だし、肉好きそうだけどなぁ。

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