第22話:おんぶ

 ――ありがとう。

 ――わーい。

 ――やっとお休みできるぅ。


 蛍のような小さな光が、イノシシバクから抜け出していく。

 その数はひとつやふたつではなく、たくさん。


「茶色の光は、土の精霊? こっちの緑はえっと……木の精霊?」

『樹木の精霊、ドライアドだ』

「おぉ、まぁ正解だよね。むふぅん」


 光が抜けていくほど、イノシシバクの体は縮んでいった。

 もう何も出てこないぞってなったときには、私が両手を広げたのとそう変わらないサイズに。

 長かった鼻はどこにいったんだろうか。見た目、もう普通のイノシシじゃん。

 まぁ角があるけど。


 それももう虫の息。

 口から血泡を吹き出し、どぉっという音と共に倒れた。

 

 そのイノシシに、ヴァルツが鋭い爪を立てる。

 止め?

 でももう死んでいるんじゃ……うぁ、なんか捌いてる!?


 爪で引き裂いた部分に顔を突っ込んで――食べてるの!?


「ヴァ、ヴァルツっ。そんなの食べたらお腹下すってばっ」

『誰が食うか』


 ぷっとヴァルツが何かを吐き出す。

 それは私の握り拳ほどの大きさがある石――どす黒く、嫌な靄を纏った石だ。


「それ……瘴気?」

『瘴気……の、核、だ』

「ヴァルツ!? すぐに浄化するから――"浄化の光よ、瘴気を祓い、すべての苦しみから解放せよ"」


 モンスターが瘴気で進化して、その進化したモンスターに精霊が取り込まれると狂う。

 だったら瘴気そのものも、精霊を狂わせる要因になるはず。

 そんなものに触れるなんて、ヴァルツは何考えてんのよっ。

 言ってくれれば私が――わた……ぐふっ。


 あ、あの肉の塊の中に手を突っ込むのか……。


 ありがとう、ヴァルツ。


 瘴気が薄れると色は土色に変わって、そして砕けた。


「これでもう大丈夫? モンスターや精霊に悪い影響与えない?」

『あぁ』

「ヴァルツ、平気?」

『浄化さえしてもらえれば平気だ』


 そか、よかった。


「あ!? アリアたちのこと忘れてたっ」


 早く追いかけないとっ。


「って、どっちに行ったっけ!?」


 くるっと踵を返して辺りを見渡す。

 当然、彼女たちの姿は見えない。

 代わりにぐらっと眩暈がした。


「うぁ、目が回る」

『もうすぐ契約が切れる。それに合わせて、お前の中の魔力が急速に消耗し始めたんだろう』

「うえぇ、そんなデメリットあったの!? は、早く三人を探さな……きゃ……」


 こ、こんなところで気絶とか……ダ、メ……。


『よく頑張ったな、ミユキ』


 ヴァルツの声が、遠くに聞こえる。

 もふもふした彼の体に倒れこむと、最後には頭を撫でられた――気がした。






 んぁ……ここ、どこだろう?


「目が覚めたか」

「ぅうん……あ、れ? ヴァ、ヴァル!?」

「おい、暴れるなっ」


 ばっと体を起こすと、そこはヴァルの背中。

 おんぶされてる!?

 え?

 どういうこと?


「な、なんでヴァルが?」

「依頼でこの近くに来ていたんだ。そうしたら森で妙なモンスターにやられたという冒険者がいて、その妙な奴の調査にな」

「そうなんだ。あ、その妙なのってたぶん」

「分かっている。瘴気で進化したボアだろう。お前が寝ていた場所に転がっていたぞ」


 いや、寝ていた訳じゃ……。


「そうだ。傍に狼いなかった?」

「……いや。お前だけだ」


 契約が切れて帰ったのかな。


「あ、私とパーティー組んだ子たちは!?」

「後ろを見ろ」


 後ろ……うぉ、いた!?


「三人とも、無事だったんだね。よかったぁ」


 と喜ぶ私とは対照的に、三人の表情は暗い。


「ど、どうした?」


 俯き、視線を合わせようといない三人。

 しばらくしてニーナがようやく顔を上げた。


「私たちぃ、ミユキのこと……置いて逃げちゃったぁ」

「え、いやそれは、誰かが時間稼ぎしなきゃいけなかったし。別に気にしなくたって」

「ごめんなさい。ごめん、なさい……助けに戻ろうとしたけど、怖くて……怖くて動けなかったの」


 ミリーは俯いたまま声を上げる。

 アリアは何故か唇を嚙みしめ、悔しそうな表情を浮かべていた。


「なんで……なんで前衛でもないくせに、モンスターと正面から戦うのよっ」

「はい?」


 何言ってんの、アリア。


「私の役目だったのに!」

「……は?」

「わ、私のことバカにしてるんでしょ!」

「アリアちゃん、そんなことないって。ごめんね、ミユキ。アリアちゃん、気が動転してて」


 気が動転してる?

 は?


「ヴァル、下ろして」

「……あぁ」


 ヴァルの背中から下りると、まだ少しふらっとする。

 しっかり踏ん張って、それからアリアに向き直った。


「司祭なら司祭らしく、後ろにいればいいのよ。ミユキがちゃんと支援してくれていれば、あんな奴っ」

「やかましいわっ!」

「ひぅっ」

「不貞腐れてひとりで突っ走って、みんなを危険な目に会わせたのはあんただろうがっ。逃げようって言ったのに、戦うと決めたのもあんたよ! 人のせいにすんなクソがっ」


 まだ言い足りない。


「そもそも私は支援してたでしょ! アリアだって私の支援は凄いって言ってたじゃん。なのにモンスターの姿を見た瞬間、怯えて一歩も動けなかったのどこの誰よ!!」

「そ、それは……」

「恐怖で戦えないなら冒険者なんかすんなっ! 自分だけの命じゃないってこと、考えなさいよ!」


 そこまで言うと、アリアは膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。

 ほんと……泣くぐらいなら逆切れしなきゃいいのに。


「ミリーやニーナのこと、友達だと思うなら大切にしなよ。モンスターが怖くてもいい。いいんだよ。戦わなきゃいい。でも、冒険者ってモンスターと戦わなきゃいけない仕事でしょ?」

「でも、でも……やってみたかったんだもん」

「そのために人の命を危険にさらすの! ふざけん――「ミユキ、やめておけ」――ヴァル」

「そいつらはもう、冒険者を続けていけねぇだろう」


 そう言ってから、ヴァルは私に背中を向けて屈む。

 おぶされ――と言っているみたいだ。


 頭に血が上ったせいか、余計にふらふらする。

 ここは大人しくおんぶされよう。


「今回のことで気づいただろう。自分たちがどれだけ冒険者に向いてないのか」


 泣き崩れたままのアリアを、ミリーとニーナの二人が支えて立ち上がる。


「アリアちゃん、帰ろう」

「ねぇ、三人でさぁ、冒険者向けのお店やろうよぉ」

「あ、それはいいわねニーナ。ね、アリアちゃん」


 そんな二人の言葉に、アリアは小さく頷いた。


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