第21話:黒狼

 ――瘴気。

 ――モンスター進化。

 ――精霊取り込まれた。

 ――狂った。


 精霊たちの会話は、分かりにくい。

 短い単語だし、いろんな精霊が喋るからなぞなぞみたいになってる。

 

「どうやって解放してあげればいいの!?」


 と聞けば、


 ――精霊師だけ。

 ――解放出来る。


 こんな感じだし……分かるかうぼああぁぁっ。


『支配しろ』

「え、ワンこ!?」

『……犬じゃない、狼だっ』


 と牙を剥く黒いい――狼。

 犬とか狼とか、この際重要じゃない。

 真に重要なのは――


「喋ってる!?」

『そんなことはどうでもいい』


 どうでもよくされた!?


『狂える精霊を解放するには、その元凶であるものを凌ぐ力でねじ伏せるしかない』

「元凶って、瘴気のこと?」


 精霊たちは瘴気がどうとか言ってるから、元凶はそれ?


『瘴気で進化したモンスターだ。そいつが自分と相性のいい属性の精霊を取り込んだことで、精霊は狂ったんだ』

「また進化モンスター……」

『放っておけば、あれは狂える大地の精霊と化すぞ』


 大地の……。


「それって土の上位精霊、とか?」

『ベヒモスだ』

「いやいやいやいや、それヤバいって」

『そう思うなら支配してみせろ。お前には契約精霊がいないのだから、ひとりでどうにかするしかねぇ』

「契約精霊がいたら、どうにかなったの!?」

『普通の精霊には物理攻撃が利かない。しかも今はモンスターの肉体が鎧となって、魔法攻撃も効き目が薄いだろう。だが精神体に干渉する精霊の攻撃なら、狂える精霊そのものにダメージを与えられる』


 ああぁぁぁ、やっぱりあの時サラマンダーと契約していればよかったぁぁ。


「ねぇ、誰か私と契約して!」


 森の中にいる精霊たちに呼びかける。

 だけど反応は一切ない。

 なんでえぇーっ!


『狂える精霊を倒したいから――そんな理由で契約する精霊なんていねぇよ。それにお前に語り掛けて来ている精霊どもは、下位の精霊だ。上位に近づこうとしている奴に、敵うわけがない』

「そんなぁ。だって物理利かない、魔法利かないって、お手上げじゃん」

『聖属性魔法は効果があるようだから、それでなんとかしろ。もしくは……』

「他にいい方法ある? あるなら教えてよ」


 こうして会話をしている間も、狼はイノシシバクに攻撃を続けている。

 物理攻撃が利かないのは、あのイノシシバクが取り込んでいる狂気の精霊のみ。

 でもそれってイノシシバクを倒せばいいってことにならない?


 と思ったんだけど、あいつ、物凄い勢いで傷が回復してる。


「ねぇ、もしくはの後は!」

『……一時的に』

「んー?」


 イノシシボアの背中に爪を立てていた狼が、跳躍して私の隣にシュタっと着地する。


『一時的に、俺と仮初の契約……するか』

「契約って……え?」

『俺の半分は精霊だ。俺は……黒狼フェンリル』

「こく……フェンリル!?」


 え、フェ、え?

 もしかして、ヴァルが言ってた黒いフェンリル!?

 本当にいたんだ。


「氷の精霊!?」

『純粋な精霊じゃねえがな。正式な契約には試練が必要だし、いろんな制約もあって今は無理だ。だが仮初なら一瞬で済む』

「出来るの?」

『……たぶん』

「たぶんかよぉっ」


 突っ込んで、それから黒狼に向き直る。


「どうすればいい」

『名を呼べ……俺の……俺の名は、黒狼フェンリル……ヴァルツ』

「え? ヴァル、ツ」


 黒い毛並み……金色の瞳……そういえばヴァルと同じ。

 声も――


『……黒きものという意味だ。何か、気になることがあるのか』

「あ、いや、同じ名前の人を知ってるから……」

『その人間・・も黒いのか。俺もこの姿だから、仲間からはそう呼ばれるようになった』


 仲間――他のフェンリルからってことか。

 え、個々で名前があるの?

 そういや精霊では珍しく、肉体を持つ精霊だって言ってたっけ。


 な、なるほど。

 ヴァルと、目の前のヴァルツは他人の空似ってことか。


 あはは。でも親近感湧くなぁ。


「なら――黒狼フェンリルのヴァルツ。今この時だけ、私と契約して。私の名前は美雪。風原美雪よ」

『了解だ、ミユキ』


 そう返事をすると、ヴァルツの体がぐぐぐっと膨らんだ。

 お、おおぉ!?

 ただでさえ大きな狼がさらに大きくなって、イノシシバクを超えた!


『ゥオオオオォォォォォォォォン』


 空気が振動するほどの遠吠え。

 その一瞬で辺りを冷気が包む。


 氷の精霊、フェンリル。 


『ガアァァァッ』

『ブオオアァァ』


 ――浄化の光を。


 ヴァルツの声が直接頭に響いた。


「"浄化の光よ、瘴気を祓い、すべての苦しみから解放せよ!"」

『オ゙ァ、ア゙ア゙ァ゙』

『オオォォォォォォォーンッ』


 光にもがき苦しむイノシシバクを、無数の氷柱が貫いた。

 貫いているのに、まったく血が出ていない。

 あれは肉体にじゃなく、精神体にのみダメージを与えてるんだ。


 ――今だ。狂える精霊どもを支配しろ。力で従わせるんだ。

「わ、分かった。やってみる!」


 力――力――私の力。


 瘴気のせいで狂ったのなら、やっぱり浄化の魔法がいいかな?


「"浄化の光よ、瘴気を祓い、すべての苦しみから解放せよ!"――さぁ、私に従いなさい!」


 浄化の光を放ちながら、精霊に向かって命令する。

 これでいい?

 これで合ってる?


 これ……じゃない気がする。

 だって「痛い」って言ってた。「苦しい」って、「助けて」って。

 支配して、命令して、従わせるのは、助ける事にはならない。


『もう一押しだ。強制力を行使しろっ』

「でもそれじゃあ、助けられないじゃん」

『は?』

「"聖なる光よ、邪悪な力から守る盾となれ!"うおりゃあぁぁっ」


 走って、苦しんでいるイノシシボアに突進する。

 両手を開き、抱きかかえるようにして。

 でも盾の魔法のおかげで、イノシシボアが私に触れることはない。


『ゥボア゙ァ゙アァァ』

「瘴気は全部浄化してあげる! だから君たちは――自分のいるべき場所に、帰っていいんだからね!」


 イノシシバクが抵抗しようと地面を踏み鳴らす。

 いくら直接触れられないにしても、押されたら負けてしまうっ。


『この、バカ野郎がっ』

「ヴァルツ!」


 漆黒の狼の牙が、爪が、イノシシバクの肉に突き刺さる。

 イノシシバクの体から黒い靄が伸び、ヴァルツの体に巻き付いた。


『グッ、ガァァ』

「ヴァ、ヴァルツ!? 浄化の光、ヴァルツを守って! 狂える精霊の狂気を取り除いてっ」


 呪文じゃない。私の願い。

 だって気持ちを込めればいいんでしょ。だったらこれも正解よね?


「浄化の光――すべての瘴気を祓って!」


 ――人に優しくすれば、きっといつか相手も応えてくれるはずだよ。


 おじいちゃん。

 クラスのいじめっ子たちは応えてくれそうになかったよ。

 でも私、おじいちゃんの言葉を信じてる。

 だから――


「さぁ、もうお帰り。きっとみんなが待ってるから」


 笑顔で精霊たちに、そう伝えた。

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