第20話:狂える精霊

『ガルルァアァァ』


 私は今、犬に押し倒されている。

 異世界に来てこれで二度目だ。


 私は……私は猫派だ!!

 どうせ押し倒されるなら猫の方がいい!

 猫は正義! 猫吸いこそ至高なり!


「嫌だぁぁ、犬はイヤぁぁ」

『いっ、いぬじゃ――オォン』


 あれ? 今この犬、喋った?


『ウオォン』

「っていうか、助けてくれた!?」

『ガウッ。グルルルルルゥ』


 倒れてきた木から、私を守ってくれたの?

 いや、ちょっと突き飛ばされたけど。


 私を守るように、黒い犬はイノシシバクの前に立ち塞がる。


「そうだ、アリアたちは――」


 ニーナがミリーに肩を貸し、さらに右手でアリアの手を引いてふらふらと歩く姿が見えた。


『ガアァァァッ』

『オ゙ゴボオォォォォ』


 こっちはこっちで、怪獣大決戦かよって状況。

 この犬、なんで助けてくれてるの?


「あ、れ……もしかしてお前、王都にいた犬――じゃなくて狼?」

『オンッ』

「あれ、やっぱり犬?」

『オ……ウォォン』


 やっぱり犬かぁ。


「瘴気を取り除いてやったから、恩返しに来たの?」

『……ウォフ』

「そっかぁ。ありがとう」


 犬にお礼を言った瞬間に、イノシシバクが地団太を踏み出した。


「う、わっ。ちょっ」


 めちゃくちゃ地面が揺れる!

 イノシシバクの足元から、巨大な棘のように土が飛び出す。それが私たちに向かって、ズドン、ズドンと何本も出現した。


『ガウッ』

「ひぇぇーっ」


 黒い犬に咥えられたかと思ったら、一瞬にして宙を舞う。

 さっきまで私が立っていた場所に、土の棘が出現する。

 ひえぇー、あそこにいたら串刺しにされてたよぉ。


「あ、ありがとう」

『ウォン』

「ねぇ、お前はあいつを、倒せたりする?」


 この子は犬じゃない。そしてただの狼でもない。

 じゃあなんなのか。それは分からないけど、モンスターと戦えるだけの強さを持っているってことは分かる。


『オン』

「そっか。じゃ……行くよ――"聖なる祝福よ、かの者の肉体に活力を"」


 人以外に効果があるのかは分からない。

 でも出来ると信じて、狼にブレッシングを掛け、すぐさま自分に聖なる盾を使った。

 更に火球の呪文を唱え、大きく弧を描くようにして飛ばすと、イノシシバクの背後からぶつけた。


『ブオ゙オォッ』


 ――熱い。

 ――痛い。

 ――苦しい。


 そんな……そんな声が頭に直接響く。


「ひぃっ。なにこの声!?」

『オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ォォォ』


 怒り狂ったように、イノシシバクが暴れ始める。

 地面を踏み鳴らし、背中の蔓を唸らせ、周辺の木々をなぎ倒す。

 体の大きさでやや劣る狼が体当たりをしてイノシシバクを吹き飛ばすけど、同時に蔓の鞭で打たれて傷を負った。


「傷の手当っ」

『ガアァァッ』


 近づくなと言われた気がして立ち止まる。

 蔓の鞭がひゅんひゅんと音を立て、狼を襲う。

 その攻撃を、狼は素早く躱してる。


 今近づいたら邪魔になる。

 でも……何本もある蔓の鞭からの攻撃は、全て躱しきれてない。

 小さな傷でも、数が多くなれば重傷にもなってしまう。


「飛ばせるヒール……呪文――あったっ」


 スキル一覧を呼び出し、飛ばせるヒール――ヒール・バレットの呪文を探し出す。

 普通のヒールと一小節は同じだね。


「"癒しの光よ、かのものに届け"」


 淡い緑色の光がぽぉっと浮かび上がる。

 火球と同じ要領で、狼に向かって光を飛ばす。

 その光に向かって蔓の鞭が――


「あああぁぁ、それはダメ!」


 イノシシバクが回復するじゃん!

 ダメっ。それはなし!!

 慌てて光を操作するけど、蔓が伸びて追いかけてくる。

 

 まだ遠距離魔法に慣れてない私のコントロールじゃ、すぐに追いつかれて――。


「触んなあぁぁぁ」


 叫んでみても、蔓が止まることはなく。

 だけど、治癒の光に触れようとした蔓の方が弾かれた。


「お? だ、大丈夫的な?」


 ――イタイ。

 ――アタタカイ。

 ――クルシイ。

 ――タスケテ。


 またあの声。

 ひとりじゃなくって、たくさんの声が重なったような……。


「誰!?」


 声は目の前のイノシシバクの方から聞こえるのに、でもあいつじゃないみたいなこの感じ。

 ぽぉっとイノシシバクが光る。

 ううん、実際に光っているのかそうじゃないのかは分からない。

 何かが見える――何かがいる。


『狂える、精霊』

「え?」


 ハッキリと声がした。

 その声は、どこか聞き覚えのある男の人の声。

 でもくぐもってて、あの人だとは断言できない。


 ざわざわと風が吹く。

 森の木々が揺れる。

 水の滴る音……。


 ――解放してあげて。

 ――狂ってしまった精霊。

 ――それが出来るのは。

 ――精霊師であるあなた。


 この声はイノシシバクからじゃなく、森のあちこちから聞こえてくる感じ。

 けど、狂ってしまった精霊って……。


「え。あのイノシシバク、精霊なの!?」

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