第19話:再び
「別にみんな着いて来なくてもいいのに」
「そういう訳にはいかないの。アリアちゃんが私たちの中で、一番強いんだから。傍にいてくれないと困るでしょう」
「そうだよぉ。私ぃ後衛職だからぁ、近づかれたら対処出来ないもん」
「……そ、そう? まぁ、そういうことなら仕方ないわね」
はぁ、はぁ……け、結構奥まで来ちゃったけど、やぁっとアリアの機嫌が収まったみたい。
「えっと、森の外の方に戻らない? だいぶん奥まで来たよね」
「でもミユキ、薬草いっぱいあるわよ。せめてあの辺のだけでも摘んで行こうよ」
「確かに奥の方へ来すぎちゃったわね。でもアリアちゃんの言う通り、あの辺の薬草だけでも摘んで帰りましょう。ニーナ、見張りお願い」
「はぁ~い」
この辺りにはソウラ草が群生している。
たぶん奥の方まで入って薬草を摘む人がいないからだろうな。
薬草採取なんて初心者冒険者専用みたいなものだろうし、初心者は危険な森の奥には入らない。
だから摘み取られることなく、薬草がたくさん生えているんだ。
彼女たちとの信頼関係なんてまだ築けていない私がどうこう言っても、聞いてくれないだろうな。
だったら薬草を早く摘んでしまって、帰る状況を作ろう。
少しでも早く……。
さっきから嫌な感じがずっとしてる。
何か不快なものを感じるというか、ニオってるというか……もうなにがなんだか分からないっ。
「おぉ、ミユキってば張り切ってるぅ」
「そ、そう?」
「よし、どっちがより早く採取出来るか、競争よ」
「あ……いいね、それ。買った方が、今日町に戻った時に夕飯をご馳走するってのでどう?」
「決まり! じゃ、よーい、どんっ」
なんだっていい。アリアがやる気になって採取のスピードが上がるなら。
一分でも、一秒でも早くここから立ち去りたい!
「み、みんなぁ……」
木に登って見張りをしていたニーナが、怯えたような声を漏らす。
――キケンガセマッテイル。
そんな声がした気がして、反射的に私は呪文を唱えた。
「"聖なる光よ、邪悪な力から守る盾となれ"」
「ミユキ?」
「"聖なる光よ、邪悪な力から守る盾となれ"」
「どうしたの、ミユキ?」
「あっちからモンスターが近づいて来るよぉ」
「"聖なる光よ、邪悪な力から守る盾となれ"」
木から下りて来たニーナにも聖なる盾を付与。
あとは自分自身に――
「モンスター!?」
「ア、アリアちゃん、どうする?」
「そ、そうね。私たちだって冒険者になって一カ月だもん。モンスターから逃げてばかりいられないわよ」
「で、でもぉ」
「回復魔法の使い手だっているんだから、行けるわ!」
アリアは勘違いしている。
回復があれば大丈夫なんてことは絶対にない。
だって、回復が追い付かないほどの怪我をしたら、どうすることも出来ないんだから。
それに回復魔法でモンスターを倒す訳じゃないんだよ。
直接退治するのは前衛のアリアたちで、彼女たちの攻撃が通用しない敵ならいくら回復が追い付こうと倒せないってことなんだから。
自分を過信しているのか、他人に頼り過ぎているのか、それとも自分の力をまったく理解していないのか。
とにかく――
「戦わずに逃げるべきよ!」
「わ、私もぉそう思いますぅ」
「何言ってるのよ二人とも。ミリーは戦うでしょ? このままじゃ私たち、ずっと石級のままよっ」
ミリーは少し考えた後、アリアを見て頷く。
「アリアちゃんの言う通りだと思う。私たち、冒険者になって一カ月でしょ。まだ一度も戦闘してないじゃない。こんなんじゃいつまで経っても、一人前になれないわ」
「ミ、ミリーまでぇ」
「安心してニーナ。この森にいるモンスターって、そんなに強くないわよ。ミユキの支援魔法だってあるし、力を合わせれば倒せるわ。もちろん複数いた場合は逃げるけど、どう?」
「い、一体だけだったよぉ」
「じゃあやれる。アリアちゃんがモンスターのタゲを取って。ニーナは斜め後方から攻撃。私は側面から隙をついて小さなダメージを与えていくわ。ミユキはアリアちゃんが怪我をしたときに、すぐ回復して上げて」
逃げるという選択肢はない……ってことか。
このパーティーでの優先権を持っているアリアと、次に優先権を持つミリーの二人が行くと言えば、もう行くしかない?
――ニゲテ。
まるで森の木々がそう言っているかのように聞こえる。
私も逃げたい。
でも逃げられない。
なら――
「"聖なる祝福よ、かの者の肉体に活力を"――無理だと思ったらすぐ逃げるからねっ」
「そんなに心配しなくて大丈夫だから。ミユキの魔法、すっごいよ。自信もって」
そういう問題じゃないんだってば!
『オオォォォォー……ン』
狼の遠吠えのようなものが、後ろの方から聞こえた。
でもニーナがいうモンスターは、前の方から。
二体!?
「来る!」
先に姿を現したのは、前方からのモンスター。
「イノ、シシ?」
「ボアじゃぁ、ないと思うのぉ」
ボアってイノシシのことだっけ?
パっと見はイノシシみたいな体毛があるけど、顔は……鼻が長い。バクに似てるかも。
けど、王都で見た犬というか狼もそうだったけど、こいつも大きい。
軽自動車より一回り大きいじゃん。
それに……背中から蔓のようなものが何本も出てる。しかもうねうね動いてる。
不気味すぎっ。
「い、いく……いく、よ」
「アリアしっかりして!」
モンスターを目の前にして、アリアの気持ちが砕かれそうになってる。
さっきまでの威勢はどこにいったのっ。
「アリアちゃん危ないっ」
「え?」
ひゅんっと風を切る音がして、次の瞬間、アリアが吹っ飛んだ。
あの背中の蔓!
「"癒しの光よ!"」
駆けながら呪文を唱える。
すぐに倒れたアリアに触れ、傷があるかどうか関係なしに治癒する。
治癒してから、彼女の皮製の鎧が裂けていることに気づく。
血、滲んでるじゃない。
急いでよかった。
「アリア、アリア立ってっ。ミリー、ニーナ。逃げようっ」
「いやあぁぁ、ミリーっ」
悲鳴にも似たニーナの声が響く。
慌てて振り向くと、蔓に捕まって宙に浮いたミリーの姿があった。
「ぅ……ぐぅ」
「ミリー!! "炎の礫よ!"」
当たれ!
火の玉を操るように、指先を動かし。それに合わせて飛んで行った火が、蔓に命中。
『ゴアアァァグダボォ』
「当たった! ミリー、すぐ逃げてっ」
「ぁ……だ、め……腰、抜けて……た、立てないわ」
マジでぇーっ!
モンスターから逃げてばっかりじゃいられないとか、みんなで力を合わせれば大丈夫とか。あんだけ啖呵切っておいて、いざモンスター見たら腰が抜けた!?
嘘でしょ!
もうほんと……ほんっと……。
「そんなんで冒険者とかやんなよなあぁぁっ! "炎の礫よ!"」
『オ゙オ゙オオォォ』
「火が嫌い?」
ホブゴブリンの時とは違い、明らかに嫌がってる気がする。
背中のアレ、植物みたいだし弱点かも。
「"炎の礫よ!"――"炎の礫よ!"」
『ギャッ。オ゙オオォ』
攻撃するたびにモンスターが後ずさる。
「ニーナ、今のうちにっ」
「う、うん。ミリー、頑張ってぇ。アリアちゃんもぉ」
時間を稼がなきゃ。
とにかく火の魔法を撃ち続けて、近づけさせないようにしよう。
「こっち来るなっ。"炎の礫よ!"」
『ァ゙オ゙オオォ』
「"炎の――"「ミユキぃ、危ないっ」え?」
奴は背中の蔓をしならせ、傍にあった木に打ち付けた。
ビキキッと音を立て、木が……こっちに倒れてくる!?
た、盾の魔法で――あ、自分に掛けてない。
避けなきゃっ。
身を翻そうとしたとき、視界に飛び込んできたのは真っ黒な――漆黒の毛皮の――。
「犬!?」
また犬に押し倒された!?
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