第18話:ヴァルツ

「はぁ……」


 冒険者ギルドの受付でひとり、深いため息を吐く男がいる。

 漆黒の髪に金色の瞳を持つ、銀級冒険者のヴァルツだ。


「あら、妹さんのことご心配なんですか?」

「妹? 誰のことだ」

「誰って、昨日のあの子……あぁ、ご兄妹ではなかったのですね」

「は? もしかしてミユキのことか」

「髪色が同じでしたので、勘違いしてしまいました。すみません」


 この大陸で黒髪は珍しい。紺色や濃いグレーの髪というのはわりといるが、完全な黒はそう多くはない。

 それゆえに二人を兄妹と思ったのだろう。


「大丈夫ですよ。確かソウラ草の依頼を受けた子たちと一緒でしたよね」


 ひょっこり顔を覗かせたのは、例の三人組が受けた仕事の事務処理を行った職員だ。

 

「ソウラ草なら、ここから西の森ね。森の浅い場所でも採取できるので、それほど危険もありませんよ」

「それに出発したのは昨日の早い時間ですし、夕方には戻ってくるんじゃないですかね」

「……別に、心配なんてしてないさ」


 明後日の方角に視線を向けて言っても、説得力はない。

 二人の職員はそんなヴァルツを見て、にんまりと笑った。


 だが直ぐにその笑顔が凍り付くことになる。


「怪我人の手当てを頼む!!」


 そう叫びながらギルドへ入って来た者たちがいた。

 冒険者だ。

 ひとりは両脇を支えられ、意識があるのかどうかも分からない。その彼を支える者も、軽傷とは言えない傷を負っていた。


「どうしたんですか!?」

「森に……西の森に……なんかやべぇ奴がいて……あんなモンスター、見たことがねぇ。くっ」

「西の森……あの森には鉄級冒険者で歯が立たないようなモンスターは生息していないはずなのに……」

(西の森だと。あいつ……)


 運ばれていく負傷者を見送りながら、ヴァルツの心に不安が過る。

 夕方には戻ってくるだろうという職員の言葉も、ただの予想に過ぎない。

 それに――


(さっきの奴らから、狂った土・・・・のニオイがした。まさか)


 すぐに職員が、負傷者から詳しい状況を聞きだすだろう。

 場合によっては討伐隊が結成されるかもしれない。

 だがそれまでに何時間掛かる?

 更に西の森までは、人間・・の足であれば四時間の道のり。


(もしまだ森の中にいるなら……くそっ)


 ヴァルツは職員や冒険者らをかき分け、ギルドを出て行く。

 その足で路地へと向かうと、人気のないのを確認して身を屈めた。


 その場に人がいれば気づいただろう。

 周りの空気が凍てつくことに――。


「ぅぐ……オォ」


 ドクンっと脈打つように、ヴァルツの体が膨れる。

 全身から漆黒の毛が伸び、やがて全身を覆うとその姿は人ではなく犬――否、狼の姿へと変貌した。

 

「心配カケサセヤガッテ」

 

 それだけ言うと、漆黒の狼は地を蹴った。

 わずかひと蹴りで建物の屋根へと飛び乗ると、そのまま跳躍して一気に町を出る。

 駆ける方角は西――。

 途中で入れ違いにならないよう、最大限鼻を利かせて駆けた。


 残念ながら探し求める者のニオイが漂ってくることはない。

 やがて視界に森が映ると、ヴァルツは躊躇うことなく飛び込んだ。


 森に入るとするに彼は気づく。


(クソっ。どこかで瘴気が湧いてやがる。早く見つけねぇと、こっちまで狂う・・ことになるぞ)


 ヴァルツは一度だけ遠吠えをし、それから森を駆けた。

 瘴気で鼻が曲がりそうになるのを堪え、ただひとつのニオイだけを探し求めて。






*********************

今回、短いのでもう一話、20時ちょい過ぎに更新します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る