第9話:呪文の早口言葉

「"炎の礫よ!"」


 初めての攻撃魔法。

 右手を突き出して呪文を唱えると、その指先に握り拳大の炎が生まれ飛んで行った。


 ホブゴブリンの肩に直撃したけど、当の本ホブは埃を払うような仕草をしただけ。


 き、効いてない!?

 もしかして私の攻撃魔法、弱すぎる!?


「"石の礫よ!"」


 同じく握り拳大の石が飛んでいく。

 これは当たれば痛いでしょ!


『ゴフッ』


 ゴスっと音がして、ホブゴブリンが一瞬仰け反った。

 ダメージとしては少なすぎる。でも火球よりは効いてるっぽい。


「"石の礫よ!"――"石の礫よ!"」


 連続で魔法を放ち、その度にホブゴブリンは小さな悲鳴を上げて仰け反った。

 血も出ている。


 行ける!

 物量作戦で行ける!


「"石の礫よ!"、"石の礫よ!"、"石の礫よ!"、"石の礫よ!"」

『ゴッ、ブッ、ボッ、ゲグッ』

「"石の礫よ!"、"石の礫よ!"、"石の礫よ!"、"石の礫よ!"――」

『ブボッ、ブッ、ブゴォッ』


 魔法を使うと、体力というか気力というか、何かが少しずつ出て行くのが分かる。

 たぶんマジックポイント的なもので、ゼロになったら魔法が使えなくなるはず。

 使えなくなるだけならいいけど、気絶とかしたら……ホブゴブリンが生きてるなら、確実に殺される。


 気絶なんて絶対するもんか。

 ここであいつは倒す!


「"石の礫よ!"、"石の礫よ!"、"石の礫よ!"、石の――」


 絶えず詠唱を続けていると、突然視界にモニターがポップアップ!

 もう、こんな時に邪魔!


【ロック・シューターの熟練度が加速的に上昇しました】

【上級魔法『アース・ブレイク』を収得しました】

【アース・ブレイク:呪文「轟け、大地の怒りよ。我が敵を飲み込み、その強硬なる巨岩に抱け」】


 上級魔法!? 呪文、ながっ! しかも厨二病クサ。

 でもこれで一気にかたをつける!


「"轟け、大地の怒りよ……我が敵を飲み込み、その強硬なる巨岩に抱け!"」


 ずんっと、ロック・シューターの時とは比べ物にならないほどの気力が抜けていく。

 一瞬眩暈でもしたのかと思ったけど、そうではない。

 本当に足元が揺れてる!?


 メキメキっという音とともに、ホブゴブリンの足元の地面が割れ、その体をすっぽり飲み……込めてない!

 穴が少し小さいんだ。

 お腹が引っかかった状態で這い上がろうとしている。


「ダメ、閉じ込めて!!」


 体から気力が抜けていってるような気がする――は継続中。

 なら魔法はまだ発動中ってこと!

 両手を突き出し、ぐぐぐぐーっと気を送るつもりで呪文をもう一度詠唱した。

 もう一度――もう一度――もう一度!


『ブオアアアァァァァッ』

「"轟け、大地の怒りよ!!"」

『ゴブッ――』


 続きを詠唱する前に、ホブゴブリンは大量の血しぶきを吐いた。

 それからピクピクと痙攣していたけど、すぐに動かなくなってしまった。


「た、倒せた?」


 そう言ったところで、地割れの下の方から土が盛り上がって来て穴を塞いでしまう。

 ホブゴブリンも土に押し上げられ、地面に横たわる形に。


「……うあぁ」


 こ、腰から下が……つ、潰れてる。


「ホ、ホブゴブリンを倒したぞ!」

「すげーよ司祭のお嬢ちゃん。あんた魔法使いでもあったのか!」


 よかった。倒せてほんとよかった。

 ホッとしすぎて全身から力が抜け、その場に座り込んでしまう。

 そ、そうだ。他にモンスターがいないかちゃんと警戒しなきゃ。


 気力を振り絞って立ち上がると、軽く眩暈がした。


「おい!」


 膝から落ちそうになったところへ、聞きなれた声がして体を支えられた。


「あ、ヴァル……おかえり」

「何がおかえりだ。ボロボロじゃねえか」

「え、そうかなぁ? 別に服とか汚れてないはずだけど」

「そうじゃなくて、満身創痍って意味のほうだ」

「あぁー、うん、めちゃくちゃ疲れた」


 支えて貰ってやっと立ってるんだもんね。

 なんか足がガクブルする。


「森の方は?」

「ホブゴブリン二体と、雑魚も大方片付けた」

「すごっ。こっちはホブゴブリン一体でもくたくたなのに」

「……よく頑張った」


 あ、褒めて貰えた。

 でも頭は撫でなくていい。

 ……いいんだけど、彼の手を払いのける気力もない。


「うぇ、ちょっと!?」


 頭を撫で終わったヴァルツが、今度は私をお姫様抱っこ!?


「おい、この村に宿はあるか?」

「宿はありませんが……村長さん、あんたんとこの離れで司祭様を休ませてやってくれ」

「もちろんだ。こっちです、冒険者様」

「あっ、あっ、あのねヴァル」

「自分が思ってるほど、元気じゃねえこともある。大人しくしてろ」


 いや、でも。疲れてるけど自分で歩けるしぃ!






「寝ろ」


 村長さん宅の離れまでお姫様抱っこで運ばれ、そしてベッドに放り投げられた。

 優しいのか優しくないのか、どっちなんだい!!!


「全然平気だって。全部のゴブリンを倒したわけじゃないんでしょ? だったらまだ――」

「俺ひとりで十分だ」

「でもっ」

「でもでもだってはなしだ。お前、いったい何の魔法を使ったんだ。離れていてもやたら魔力を練ってるのが分かるほどだったんだぞ」

「え? 魔力をね、る?」


 ヴァルがまた、はぁっと大きなため息を吐く。


「分からないのならいい。とにかくだ、今のお前の状態は、急激に魔力を消費しすぎて気絶寸前なんだよ」

「えぇー、わりと平気なんだけど」

「枯渇した状態ではないからな。だが一気に消費した場合、本人が自覚ないだけで枯渇と同じ状態なんだ。お前は師匠に教わらなかったのか?」

「えー、んー……」

「はぁぁぁ……いいから寝ろ」


 おでこをこつんと押されただけで、なんの抵抗も出来ないままベッドに倒れてしまった。

 確かに、思ったよりボロボロなのかも。


「ヴァルは休まなくていいの?」

「……ヴァル?」

「あっ。ごめん、ツを略しちゃった。へへへ」

「……それでいい」

「え?」


 それでいいって?


「だから……ヴァルツじゃなくて、ヴァルと呼んでいいってことだ」


 そう言いながら、彼はふいっと顔をそむけた。

 あれ?

 なんか照れてる?

 なんで?


「大人しく寝てろ。いいな」

「ぁ、ヴァル……。"聖なる祝福よ、かの者の肉体に活力を"」

「おいバカ!」


 せめてヴァルの力にと思ってブレッシングを唱えた瞬間――


 私の意識はふかーい所に沈んで行った。

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