第7話:お馬さん、生きて……

「"癒しの光よ"」


 この短い呪文が治癒魔法のヒール。

 夜中のうちに覚えておいてよかった。

 

 食堂を出ると、ちょうど怪我をした人が運ばれてくるところだった。

 軽い怪我じゃない。よくこんな傷で走れたなって思う。


「どうですか?」

「凄い、もうどこも痛くないぞ」


 はぁ、よかった。

 治療が終わると隣村から来たって人が、モンスターに襲われた状況を話してくれた。


「朝飯を食い終わった頃だ、急に家畜が騒ぎ出して……それからはあっという間だった」

「夜の間じゃなく、朝になってから?」

「あぁ。だからまさかと思って油断したんだ。けど……ゴブリン数匹なら俺らだって相手に出来る」

「群れだったのか」


 ヴァルツの言葉に、隣村の人は頷いた。

 群れって、いったい何匹で襲って来たの!?


「二十匹ぐらいだけど、その中にデカいやつが三匹いたんだ。そいつらが強くて、何人もやられちまった」

「デカい……通常のゴブリンに二倍以上のサイズか?」

「そう、そのぐらいだ! それにがたいもいい」

「ホブゴブリンだな」

「ホブゴブリンって、ゴブリンの上位種族?」

「ほぉ。よく知ってるじゃないか。偉いエライ」


 ヴェルツが頭を撫でるので、手で払いのけた。

 十七歳が撫でられて喜ぶと思っているのか! しっしっ。


「早く……早く村のみんなを助けねぇと」

「そうは言っても、今この村にいる冒険者は――」


 ヴァルツに村の人たちの視線が集まった。それを見て彼がため息を吐く。


「ひとりで行く。他に運よく冒険者が来たら、そいつらにも救援要請を出してくれ」

「わ、分かりました」

「ちょ、ひとりで行くってどういうこと! 私も行くに決まってるじゃんっ」

「はぁ? お前、冒険者だったのか?」

「ち、違うけど。でも怪我人いるんでしょ。私の神聖魔法があれば、今みたいにする治療できるんだし」


 治療を受けた隣村の人もうんうんと頷いている。

 

「けどお前、モンスターと戦ったことも――」

「ないけど怪我人の治療は出来るし、ヴァルツのサポートだって」

「……はぁ、分かった。だが絶対に無茶するなよ」

「当然! 戦うのはヴァルツの仕事。私、怪我治すの仕事」


 進んで危険な目に会おうなんて思わないよ。


「この村に馬はいるか? 鞍があるとなおいいが」

「います。おい、直ぐに馬の準備を」

「もし馬が食われたら、こいつの村に請求してくれ」


 うわぁ、酷いいいようだ。そうならないよう祈ってやれよ。

 にしても、馬かぁ……。



 



「ひょええぇぇぇぇっ、はかっ、はやっ」

「黙って口を閉じてろ、舌噛むぞ」

「ふぐっ」


 慌ててぎゅっと口を閉じる。

 乗馬経験のない私が、馬に乗れる訳がない。

 ってことで、ヴァルツが手綱を握り、私はその後ろでしがみついているだけ。

 う、馬の高さって想像以上に高い! それに早いし、あとお尻痛てぇー!

 これもヒールで治せるかなぁ。


 隣村までは徒歩で一時間ほどだと言っていた。

 さすがに馬だとその半分以下で到着。


「煙は上がってないな」

「畑はめちゃくちゃに荒らされてる。ゴブリンって野菜も食べるの?」

「腹が空いていれば、なんでも食う奴らだからな」


 馬を降りたところで、奥の方から変な声が聞こえてきた。こっちに来てる。


「手綱を持ってろ」

「う、うん」


 現れたのはくすんだ緑色の肌をした子供のような――ううん、あれがゴブリンか。

 腰布と棍棒という、なんともみすぼらしい姿のモンスター。肌がくすんだ緑色なのも、ゲームとかでよく見る。

 数は五匹。


 ヴァルツは腰の短剣を引き抜くと、構えるより先に駆けだした。

 二刀流……やっぱりカッコいいなぁ。

 や、本人がカッコいいとかじゃなく、二刀流がね。


 そうだ。


「"聖なる祝福よ、かの者の肉体に活力を"」


 ブレッシング――対象の身体能力を向上させるっていう、神の祝福。

 それをヴァルツに掛けた。


「ほぉ、上出来だ」

「やることはちゃんとやるんだから。あ、右からゴブリンが三匹来るよ」

「あぁ、気づいてる」


 最初の五匹をそれぞれ一太刀ごとに切り捨て、追加の三匹がやって来るのを待つほど。

 ヴァルツ、強い。

 でも相手はゴブリンだし、雑魚オブ雑魚だもんなぁ。


 全部を倒し終えると、手招きされた。


「あの石造りの小屋だ。たぶんあそこに村の奴らは避難しているんだろう」

「え、あんな小さな小屋に?」

「地下室だ」


 あぁ、なるほど。

 馬を連れて近づくと戸が少しだけ開き、中から人の顔が見えた。

 

「ぼ、冒険者ですか?」

「あぁ」

「怪我人はいますか? 私、治癒魔法が使えます」

「本当ですか! 下に怪我人がいますっ」


 切迫したような雰囲気。酷い怪我の人がいるのかな。

 急ごう。


「村にいたゴブリンは倒した。残りは北の森か?」

「そうだと思います。奴らは北の方からやって来たようなので」


 ヴァルツは小屋の中には入らず、私の肩を掴んだ。


「俺は森に行く」

「え、待ってよ。怪我した人の治療が終わったら――」

「お前は残れ」

「でもっ」

「俺とお前がここを離れている間にゴブリンが戻ってきたらどうするんだ。誰がここを守る?」


 私に、村の人を守れってこと?

 もしヴァルツがいない間にゴブリンが来たら……私が……。


 後ろを振り返ると、不安そうにこちらを見つめるおじさんがいる。


 困っている人がいたら、助けてあげなさい――それがおじいちゃんの、最後の言葉だった。

 たぶんおじいちゃんは、私が異世界に行くなんて思ってもみなかっただろうな。


 でも、うん。

 私、おじいちゃんとの約束をちゃんと守るよ。

 召喚されたおかげで、その力はあるんだし。


「分かった。頑張る」

「それでいい」

「あ、馬はどうするの?」

「ん? あぁ、勝手に自分の寝床に戻るだろ。さぁ行け!」


 えぇぇーっ。馬のお尻叩いて、行かせちゃったよあいつ。

 え、帰るの? ちゃんと向こうの村に帰れるの?

 私だったら……無理だね。迷子になるのがオチ。

 

 すぐにヴァルツが行ってしまおうとするから、急いでブレッシングの呪文を唱えた。


「気を付けてねっ」


 その声にヴァルツは振り向きもせず、ただ片手を上げて応えるだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る