第3話:恋する乙女イグリット
「ようこそ、アルケパキス王国へ。わたくしがお二人を召喚したイグリット・フォン・アルケパキスですわ」
王国の第一王女イグリットの額には、わずかに汗の雫が滴っていた。
最初の勇者召喚は一発で成功し、三人を異世界から呼び寄せることが出来た。
しかしうちひとりが女で、しかも職業適性は緑――つまり司祭だ。
勇者召喚魔法でやって来た女司祭なら、必ず聖女になるはず!
という思い込みと、逆ハーレムを夢見る彼女は女司祭としてこの世界に来た少女を追い出した。
だから追加で勇者召喚を行わなければいけなかったのだが、これがなかなか成功しない。
魔法を使ったタイミングで、あちら側の世界で善行の末に命を落とす若者――という条件がなかなか発生しないのだ。
加えて召喚魔術を使用する魔導師らは「勇者パーティーに必要な職業に適性のある者」と念じ、条件はますます厳しくなった。
そうして召喚魔法を使い続ける事、三十数回目。
ようやく二人の人物、しかも男が現れた。
「さぁさぁ、お二人ともこちらへ。この宝玉に触れてください」
「え? あの、ボク」
「なるほど。これは、ふむ。どうやら異世界ということか」
「ふふ。呑み込みが早いですわね。お二人の職業を鑑定いたしますので、宝玉に触れてくださいますか?」
眼鏡を掛けたスラリとした長身の男は、躊躇うことなく宝玉に触れた。
玉が光り、その色は紫だ。
「まぁ、賢者ですわね。さ、次はあなた様ですわ」
「う、うん……あ、緑だ」
「まぁ、司祭ですわ! わたくしも聖職者の端くれ、よろしくお願いいたしますわ」
先に召喚されていた司祭の少女の時と態度が違う――と、イグリット姫の家臣、それから先に召喚されていた二人は思った。
「いろいろご説明もしなければなりませんが、お待たせしていたお二人はそろそろお腹も空きましたでしょう? お食事しながらお話いたしますわ」
「待ってました」
そう言ったのは戦士の男だった。
体育会系の屈強な肉体に、爽やかな笑みを浮かべる青年はなかなかの美形だ。
勇者である青年も、そして賢者、司祭として召喚された者も、それぞれタイプの異なるイケメン揃いである。
(うふふふふふふふふふふふ。同年代でイケメンの勇者をと強く念じて魔法を使った甲斐がありますわ)
都合よくイケメン男性ばかり召喚されたのではなく、もちろん彼女が「イケメン」という条件を念じながら、魔導師と共に召喚魔法を使ったからだ。
しかし恋に恋焦がれる乙女はイグリットは、不純な動機だけで勇者召喚を行ったわけではない。
「大昔、邪悪な神々がこの世界に災厄をもたらしました。わたくしたち人類はそれに対抗し、長い間戦ってまいりましたが……」
勝利するどころか、人類の数は減る一方。
そこで善き神々に、世界を救ってくれるよう祈った。
その祈りは一つの魔法をもたらした。
「それは召喚魔法、ですか?」
「その通りです、賢者様。異世界から勇者様を召喚し、見事邪神の封印に成功したのです」
「封印? 倒したのではなく、封印なのですか?」
「はい、勇者様。三人の邪神を倒すのは、いかに勇者と言えど不可能だったのです。しかし封印されたことで、この世界は救われました。ただ――」
その封印は年々弱まっていくもの。
だから百年ごとに勇者を召喚し、再び封印を施す必要があった。
「前回の封印から、今年で九十八年なのです」
「なるほど……あと二年ということですね」
「正確な年数ではございません。封印が弱くなるというだけで、邪神の復活はまだまだ先になるでしょう。ですが二年のうちに、スキルや魔法の腕を磨いていただきたいのですわ」
「鍛えろってことか。いいねぇ」
「わたくしもあなた方を召喚した者として、誠心誠意、ご支援いたしますわ」
この日のために、イグリットは必死に修行したのだ。
勇者一行とのラブロマンスのために!
笑ってはいけないのだが、その実力は折り紙付き。
不純な動機のために、人はここまで真剣に努力し、実力を身につけるのだろうか?
食後、勇者はともに召喚された女子高生のことを心配した。
そこで勇者は、彼女を謁見の間から連れ出したイグリット姫の侍従に尋ねた。
「一緒に召喚された子は大丈夫だろうか?」
「一応、それなりの金銭をお渡ししていますが」
「お金もそうだけど、話を聞く限りこの世界にはモンスターがいるのでしょう? 襲われたりすれば、せっかく助かった命も落とすことに……」
「あぁ、それは大丈夫ですよ。だって勇者一行として召喚された方ですよ? 心配いりません。それに――」
侍従は思い出す。
職業鑑定のための宝玉を、彼女の手からイグリット姫が奪い取ろうとしたとき――
緑色の光の他にもうひとつ、紫色の光が見えたことを。
しかし誰もそのことを話題にしないので、見間違いかもと彼は思った。
だからあの鞄を用意した。
ある程度高い魔力を有する者、それでいて魔術の才がある者にしか開くことのできない、あの鞄を。
「きっと逞しく生きていくことでしょう」
「そう、だといいのですが……」
侍従の言葉に、まだ心配を拭えない勇者は遠い空を見た。
憂いを帯びた瞳で空を見つめる勇者も、また絵になる男であった。
さて、勇者に心配され、侍従に逞しく生きていくだろうと言われたとうの本人だが……。
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「ふっ……さすが王都。広いじゃん」
仁王立ちしてポーズを決める女子高生は、未だ路地裏から出られずにいた。
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