第2話:呪文は心を込めて

 今、私は、犬に、押し倒されている。


「んんんうぅ(いい子だから)、んっんんー(あっち行こうねぇ)」


 ……むぅぅぅりいぃぃぃ!

 聞いてないし、むしろ喋れてないし!


 いやこれ本当に犬?

 こんなデカいのがこの世界の普通だったら、ペットとか無理じゃんっ。

 え?

 じゃこれ……まさかモンスター!?

 でもここって王都だよ。王都にモンスター出るとか終焉過ぎるでしょ。


 あ、だから勇者が召喚されてるのか。

 って納得すなあぁーっ!


『グルゥ。グッ、グオオォォ』


 な、なに?

 き、急に苦しみだした?


 はっ。そうか私は司祭!

 本当なら勇者一行を支える、神聖魔法の使い手なのよ!

 だから――えぇっと、だから……ん?


 魔法の使い方分からないし、使ったような感じもしない。

 じゃあなんで苦しんでるのこいつ。


『ウ、ガァ、グルアァァ』

「ぷはっ」


 犬が前脚を動かしたことで、塞がれた口が解放された。

 けど代わりに覆いかぶさられて……も、もふ、もふもふ。

 結構いい毛並みしてる。


「ってそうじゃなくっ、ん? なに、この黒いモヤモヤ」


 犬の首元から、煙のような靄が出てる。

 なんか凄い嫌な感じがする。

 何気なくそれに触れると、突然視界にモニターみたいなのが浮かんだ。


【瘴気に触れました】

【浄化する場合には、祈りを込めて呪文を唱えてください】


 書かれているのはそれだけ。

 おい待て。呪文ってなによ!!


 あ、テキストが追加された。


【呪文:「浄化の光よ、瘴気を祓い、すべての苦しみから解放せよ」】


「浄化の光よ……瘴気を祓いすべての苦しみから解放せよ!」

『グルォ』


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。


 何にも起こらないじゃん!!


【心を込めましょう】


 つっこまれた!

 こ、心を込めろって……真心とか気持ちとか、そういう的な?


『ガル、グルオォォ』


 苦しそう……。

 呻くのは、靄が犬の体に絡みつくとき。

 あの靄が悪さをしているとか?


 押し倒されはしたけど、あんなに太い前脚で口を押えられたのに、私を傷つけてない。

 瘴気だって書いてあるけど、もしかして普通の犬を巨大化させる力があるのかも。

 もしそうだとしたら……。


「私が助けてあげる。その代わり、私のこと食べないでよね! あと私、猫派だから!!」

『グル?』

「"浄化の光よ、瘴気を祓いてすべての苦しみから解放してあげて!"」


 あ、呪文間違った――そう思ったけど、靄に伸ばした手が光った。


「まぶしっ」


 術者も眩しくなる魔法って、どうよ!

 ぐほぉー、なんか体力が奪われていくような気がするぅ。


 光が収まった時、そこには普通サイズになった犬がいた――というのを期待した。

 でも現実は違う。


 私を押し倒したままの犬は、さっきと同じサイズ!

 これがデフォルトオオォォォ!?

 やっぱりモンスター?

 それともこの世界の犬が規格外の大きさ?

 

「も、もやもやは消えたでしょっ。早くどいてったらっ」

『ウォン……』

「は・や・くぅっ」


 手触りのいい毛皮を押しのけようともがくけど、ビクともしない。

 だけど犬の方からどいてくれた。

 はぁ、やっと解放された。


 犬はしきりと自分の首元を気にした様子だった。

 後ろ足でかしかしと掻いては首を捻ったりしている。

 あぁ、こういう姿見るとただの犬だなぁって……いや、これもしかして狼?


「真っ黒な狼……」


 言った瞬間、狼は大きな耳をピクリとさせ何故か後ろにジャンプした。

 そして身構える。


「な、なんか私、気に障ること言った? で、でも約束したからね。私を食べないって約束したでしょ!」


 一方的な約束かもしれないけど、無効にはしてやらん!

 と言ったところで理解してくれるだろうか。

 いや、動物に多くを期待してはいけない。たとえここがファンタジー世界でも!


『オオォン』


 返事、した?

 と思ったら、狼は大きくジャンプ。

 うっそっ。三階建ての建物の屋根まで跳んじゃったよあいつ。

 で、そのまま姿を消した。


「な、なんだったのアレ。ただの狼? それとも……」


 狼だろうとモンスターだろうと、なんで町中に。

 王都だってのに物騒だなぁ。


 早く人通りの多いところに戻ろうっと。


 さて、どっちに行くかなぁ。

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