第3話〈読切〉よく鳴くウサギと小心者ライオン

「今日朝、ウチのお母さんがさ!」

「ねえ見て! 水曜日の給食、カレーやって!」

「何部がいいと思う? ウチは陸上がいいかな〜って思ってんねんけど、文化部も気になってて……」


 隣のウサギがこちらを向いて、今日もよく鳴いている。笑顔で、楽しそうに。

 月江千秋(つきえ ちあき)。小柄でピンク縁メガネをかけた、このよく鳴くウサギが、僕、蓮田稜(はすだ りょう)の中学で初めての隣人だ。


 大阪生まれ大阪育ちの小さな口からは、稜の右耳の聴力を奪う勢いで、コテコテの関西弁マシンガンが毎日繰り出されていた。



 始めはよかった。確かにのっけの元気ハツラツには少し面食らったが、月江は悪い人じゃないし、何かやけにいっぱい話しかけてくれる。相変わらず、声は大きく高くて耳が痛くなりそうだが、授業中に話しかけてくるような面倒さはないし、悪い気はしない。


 後ろの席の褐色女子・増村(ますむら)るるかと、斜め後ろの運動神経抜群の野球少年・細野太悟(ほその たいご)を含めた4人で1つの班になり、給食やその他当番を共にする。


 月江はとにかくお喋りなので、輪の中心。増村や太悟に強めにツッコまれながらも、お陰で僕らの班は入学からすぐに賑やかになった。間違いなくこれは彼女の功績だ。



 そう、みんなでいるときはまだよかった。だが彼女の本領発揮は2人のとき。といっても2人きりというわけではなく、ただ隣り合わせの席で例えばちょっとした休憩時間だとか隙間時間のときである。笑顔の銃口はすぐにこちらを向き、連射を始める。


 中学からここ宝塚に引っ越してきたこともあり、友達がいないということもあるだろう。絶え間なく飛んでくる銃弾。稜はふとした瞬間、ザワザワする胸の感情に気づいてしまった。


 騒めく胸の内。しかしそれは恋愛的な、美しくドギマギするような淡い色のものではなかった。

 どうしようもなく、ウザいのだ。説明のできない嫌悪感が心の中で湯水の如く湧いてくるようになった。そして、気になり始めると彼女の全てに気が障るようになる。


× × ×


 英語の時間。担当教員は4組担任の大泉トド先生だ。

 今は、英語の授業特有の「Repeat after me. “Good morning”!」に続けて、みんなが復唱する時間である。


「「「グッモーニン」」」

「Good morning」


……ん? 真横から高めの声で周りと少し違う声が聞こえる。


「Everyone, again!」


先生の号令の元、もう一度、全員が復唱する。


「「「グッモーニン」」」

「Good morning」


うわ……。


 月江の発音は先生のそれをほぼ完璧に再現した物凄く「ぽい」ものだった。しかし、その真面目に授業に取り組み、キレイで正しい発音をすることが、稜は異常なまでに気になってしまった。


 キツイ。ウザい。しんどい。もう喋りたくない。隣に居たくない。早く席替えがしたい。稜の思考はどんどん邪悪に変わっていった。


 月江は何も変なことはしていない。嫌がらせをしたわけでも意地悪をしたわけでもない。ただ稜が一方的に拒絶したのだ。特段の理由もなく、一瞬感じた嫌気を何百倍にも膨らませたのだ。


× × ×


 ―――――厨二病だ。いわゆる「俺に馴れ馴れしくするな」である。

 自分が何者かだと勘違いしているのか、はたまた、そんな大層な思想もないがただ人に上下をつけて月江を下の奴と見下していたから馴染むのを拒絶したのか。


 兎にも角にもその一方的な拒絶は最悪の結果として、月江にも気づかれてしまった。そして、その後に席替えが行われるまで、小さく健気なウサギの笑顔、隣の鬣(たてがみ)だけが立派なハエメンタルライオンの方を見て楽しそうに鳴く笑顔は消えた。

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