中学生編1 〜2人がただの友達になるまで〜
第2話 中国帰りの手縫い雑巾帰国子女
「じぇじぇじぇ」
世間でそんな奇怪な言葉が社会現象となっている、2013年4月。ギリギリ桜の季節と呼んでも良いだろうか?
そんな心なしの磯の香りと暖かい陽気に包まれた時季に、蓮田稜(はすだ りょう)はこれから10年の歳月を共に過ごす人物と出会う、地元の公立中学校に入学した―――――。
× × ×
やっとだ。やっとこの日が来た。ワクワクする。「部活動」。なんてかっこいい響きなんだ。部活は絶対、サッカー部に入ると決めている。どんな中学ライフが待っているんだろう……。
袖丈の長い紺色のブレザーにグレーのスラックス、ピンで留める形のネクタイの色はまだ鮮やかだ。制服に着られているその様相はまさに、初々しい中学1年生のそれである。
坂を登っては降り、登っては降りの普通に考えたら過酷な、約30分にも及ぶ登校だが、稜にとってそんなことは苦痛でもなんでもなかった。
小学校6年間も同じような坂を登っていたこともあるだろうが、何より中学生活が楽しみでならなかった。
1年4組。張り出された名簿を見て意気揚々と教室へ向かう。ここ神狩谷中学校は、近隣3つの小学校から生徒が集まる公立中学。稜の小学校は1学年50人にも満たない小さな小学校だったため、1クラス38人で4クラスもあるという大所帯に緊張もあるが、楽しみも大きかったのだ。
かわいい子はいるかな?小学校の中でダントツかわいい2トップだった2人は同じクラスかな?名簿を見るときは自分の名前を探すのが必死で他の名前を見る余裕はなかった。まだ全員集まりきっていない教室をぐるりと見渡すと……居た。
荒谷太鳳(あらたに たお)。名実ともに、うちの小学校出身の顔面2トップ、その一角だ。ボブのショートヘアに、顔面のかわいさはさることながら、中1とは思えない魅力的な体をしていた。小学校の男子の中では圧倒的に人気だった。
もう一角の正統派美人の石浦優(いしうら ゆう)は別のクラスらしいが、荒谷がいるなら十分だ。人数の少ない小学校だったから、荒谷ともある程度の仲ではあるが、もっと仲良くなりたい。そして、いい感じになって、告白して、あんなかわいい子と付き合えたなら……なんてそんな勇気はないけれど、妄想は膨らむ。
続々と教室には人が集まり、徐々に空席が減っていく。そろそろ時間が迫ってきたんだろうか?先生らしき大人が入ってきた。トドのような見た目の分厚いメガネをかけたその人が、僕たち4組の担任らしい。欲を言えば……だが、まぁ別にいい。
すると、稜の横に1人の女の子が座った。座席は黒板に掲示された紙に書かれていて、名列順を保ちつつ、男女が交互に隣り合わせになるよう決められていた。
「どんな女の子だろう?」と、期待する心を押し殺しつつ、それとなくそっちを見る。目が合ってしまった。
「あっ、おはよう! 蓮田くんだよね? よろしくねっ!」
ピンク縁のメガネをかけた地味な見た目のその子は、大きく元気な、ハツラツとした声でそう言った。稜は面食らった。というよりは正直引いた。コイツ、ちょっときついかも。
「……おはよう」
希望と不安の入り混じる中学生活が幕を開けた。
× × ×
入学式と写真撮影を終えると、生徒は再び教室に戻り、自分の席につく。ピンクメガネの隣の子は名を月江千秋(つきえ ちあき)というらしい。入学式でも名前を呼ばれると、耳が痛くなるような大きな声で返事をしていた。前途不安である。
黒板前の教卓にはトド先生……大泉先生が立っている。やはりあのトド……人が僕ら4組の担任だそうで、はじめてのHRが始まろうとしていた。
教室左前をそれとなく見る。荒谷太鳳のショートカットがさらりと窓から吹き込む風に吹かれた。彼女の髪はいつも艶やかだ。僕は本当はサラサラのロングヘアが好きなんだけど。
……と、そんなことを考えている間に気づけばHRは始まっていた。今は各自持ってくるように言われていた雑巾2枚が回収される時間みたいだ。
雑巾を1人2枚も持って来させて、計76枚?何に使うんだろうな。
「ぞーきん。出してくれる?」
気づけば、後ろの席の少しヤンチャめな褐色女子、増村るるかが不満げな顔で稜のそばに立っていた。
教室の最後列に座っている人がその列の雑巾を回収することになっていたらしい。不満げでドスの効いた低い声だ。
「あ、ごめんなさい」
稜はそそくさとカバンから雑巾を取り出し、増村るるかが持つ雑巾の上に重ねた。心の中では強気でもヤンチャな人は怖いのだ。小心者である。
ざわざわと、教室左前が少し賑やかになっている。一瞬、シュンとなった感情は忘れ、稜の関心はすぐにそちらへ向く。荒谷の声が響いた。
「え、すご〜い! 手縫いなんっ?」
誰だ?荒谷の興味を惹いているのは。
話題の中心にいるのは…… 男だ。線の細い、前髪が跳ねた男。
「どうしましたか?」
教卓のそばで各列の雑巾を受け取っていたトド先生は、その賑やかさに気づくとすかさず声をかけ、そちらに寄っていく。すると、その男は立ち上がった。
「すいません、日本に帰ってきたばかりで買いに行く時間がなくて。手縫いなんですけどいいですか?」
「ああそうやったね。亜翠(あすい)くんは中国から帰国子女やもんね。全然大丈夫よ」
× × ×
―――――10年前、初めてアイツを認識した瞬間。「中国帰りの手縫い雑巾帰国子女」。それが僕の亜翠に対する第一印象だ。
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