【短編/1話完結】前世での「また一緒になる」という約束を異世界に転生しても果たす!

茉莉多 真遊人

本編

 現代のあるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは定年まで立派に仕事を勤めあげて無事に退職し、おばあさんは専業主婦として3人の子どもを立派な成人へと育てあげました。


 おじいさんとおばあさんは夫婦仲がとても良く、一緒に楽しく暮らしておりました。


「亡くなっても、次もばあさんと一緒になりたいのう」


「亡くなるなんて縁起でもない。でも、そうですね。次もじいさんと一緒になりたいですね」


 そんなある日のこと、おじいさんとおばあさんが仲良く散歩していると、トラックに轢かれてしまいました。



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 朝。木造の家にトットッと階段を上る足音が小さく鳴る。その次に、年季の入った木の扉を開けるようなギィという音がする。


 その扉を開けたのはエプロン姿の女性だった。彼女は他には目もくれず、ベッドの方にパタパタと駆け寄ると布団の膨らみをポンポンと優しく手で叩いた。


「おきなさい、おきなさい、わたしのかわいいズィースゥンや」


「んー?」


 布団の中の膨らみはもぞもぞと動きながら、母親の声に反応する。やがて、のそっと眠たそうな顔をひょっこりと出したのは16歳の少年だった。


 少年はおじいさんの転生した姿である。転生する際に、顔だけは絶対に元のままがいいと言って、この異世界に転生したのだ。元の顔は精悍な顔つきとも言えるが、より格好良くすることもできた。


 しかし、そうしなかった。すべては、またおばあさんと一緒になるためである。


「おはよう、ズィースゥン。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。ズィースゥンが初めてお城に行く日だったでしょ。この日のためにお前を勇敢な男の子として育てたはずです」


 おじいさん改めズィースゥンは、母親の言葉に目をカッと見開いて、ベッドの上で跳ぶかのように起き上がった。


「そうだった! おっしゃー! ついにワシの旅が始まるぞ!」


「……朝から元気ね。あと、ちょっとくらい、母さんやお爺ちゃんとの日々を名残惜しんでほしいのだけど……」


 ズィースゥンは物心ついた頃から前世の記憶が蘇っており、小さい頃からおばあさんを探すために城下町を駆け回っていた。さらには、城下町の外に出ようとしてその度に叱られていた。


 何度も何度も粘り強く脱出を試みた結果、ついに母親が折れて、16歳になって魔王を倒すためなら旅に出てもよいとした。それに彼は二つ返事で了承した。


 母親はそれからズィースゥンが旅で亡くならないように必死で鍛え上げたのである。彼もまたおばあさんと一緒になった時のことを考えて、筋トレだけではなく生活魔法や農業の知識、前世では任せきりだった炊事や洗濯などの家事もこなせるようになった。


「わーっはっはっは! そう悲しむこともない。子どもが成長して自分の力で生活できるようになった時は嬉しいものだ。その時の酒の味は今でも覚えておる」


「いや、誰視点よ、それ……。それに、お酒って……あなた16歳になったばかりじゃない……また前世? とやらの夢の話? ご近所に変な目で見られるから抑えてほしいのだけど……」


 高らかに笑い声を張り上げるズィースゥンに、母親は彼が幼少の頃からの苦い思い出が止めどなく蘇る。


 しかし、それもまた彼女の大切な思い出に間違いなかった。


「まあまあ、たまに帰ってくるから! 早速、王様に会いに行くぞ!」


 ズィースゥンの喜びようとその言葉に、母親は寂しさを覚えつつも子どもの門出に少し喜ばしい気持ちにもなって、最後になるかもしれない叱りの言葉を放つ。


「こら! きちんと身支度をしてからにしなさい!」


 ズィースゥンは早々と身支度を済ませ、母親と祖父に挨拶をして、1人でズンズンと城へと突き進む。


 城では、魔王を倒す勇者を常に募集しており、魔王討伐の旅に出る勇者にアドバイスや資金援助などをしていた。そして、勇者が旅立つ日には決まって王様がはなむけの言葉を言い渡してから国として勇者と認める認定証を授けるというお役所的な通過儀礼があった。


「よくぞきた! 勇敢なる——」


「いいから、早く旅立ちの許可証と資金をくれ!」


 王様の言葉が速攻で遮られた上に、必要な物を寄越せとズィースゥンが言ってのけたために、大臣や衛兵たちはザワザワとどよめきを隠せなかった。


 しかし、王様は叱責してもたじろいでも面目丸つぶれになるため、威厳たっぷりに落ち着いた様子でズィースゥンに再度話しかける。


「はっはっは、実に元気がいい……それでは、街の酒場で仲間を見つけ、これで装備を整えるとよかろう! 期待しているぞ! 勇者ズィースゥンよ!」


 ズィースゥンは、許可証と資金を手に入れて、城からさっさと出て行ってしまった後、ほくほく顔で外に出る道を歩いている。


「ズィースゥン!」


 少女がズィースゥンに駆け寄りながら話しかける。紺色のローブに紺色の三角帽子を身に着けた少女は見るからに女魔法使いだった。


「おぉ、なんだ。幼馴染Aじゃないか」


 幼馴染Aはズィースゥンのそっけない一言にヘッドスライディング気味に勢いよくコケる。


「ちょっと! 村人Aみたいに呼ばないでくれる? それにAもBも幼馴染は私しかいないでしょ! 急にモブ化する感じのアルファベットを入れないで! あと、なんだとは何よ!」


「いろいろと細かいな……で、なんだ?」


「細かくないわよ……もう……っと、そうだ。私もあなたの旅に連れて行ってほし——」


 幼馴染Aは無茶苦茶ではあるもののどこか信念を持っているズィースゥンに惚れていた。彼が幼少の頃に、魔王を倒す旅に出ると零した時、彼女は彼についていくつもりで一生懸命に魔法を覚えたのである。


 今では国随一の魔法使いとして、いずれ魔王を倒すパーティーに入っているだろうと有望視されていた。


 彼も彼女から魔法を学んでいたこともあり、関係は極めて良好である。


「ダメだ」


 しかし、ズィースゥンは食い気味に、幼馴染Aが言いきる前に断った。彼女は再びコケる。コケ方は先ほどと異なり、ググッと前のめりになるような感じである。


「なんでよ! 私がいれば、魔王討伐でも心強いわよ?」


「そうかもしれんが、ワシには前世で約束した人がおる。女連れで会ったら誤解されるからな」


 ズィースゥンは腕組みをしながら、幼馴染Aを見る。


 幼馴染Aはお世辞じゃなく美人である。正直、彼も何度手を出しかけたか分からない。しかし、最後にはおばあさんの顔が過ぎり、すんでのところで留まっていた。


 それが一緒に旅をしてしまっては、野宿で身を寄せ合ったり、宿屋で一緒の部屋になったり、と様々な誘惑もあって、ほぼ確実に恋仲になってしまうだろう。


 それも人生かもしれないとも考えた彼だが、やはり、おばあさんが最後に勝った。


「昔から前世とか言っていたけど、本当にそんなことあるの? 夢じゃないの? というか、私よりもその人がいいの?」


「何も分からん!」


 幼馴染Aは3度目のコケをする。段々とツルっと滑る感が上手くなっており、ズィースゥンは思わず唸る。


「いや、何も分からん! って……いるかいないかも分からない人を探すために魔王を倒す旅をするの?」


 その幼馴染Aの言葉にズィースゥンはゆっくりと縦に頷いた。


「ワシは約束したんじゃ。あいつも約束は決して違えぬ女だ。たとえ、生まれた世界が変わっておろうと、きっとどこかで会える!」


 幼馴染Aはフッと笑みを浮かべた。自分はズィースゥンのただただひたすら一途に想い続けて行動するところに惚れてしまったのだと気付き、そして、こういうところでフラれてしまったのだと理解する。


「意志は固いのね。まったく……なんで私じゃなかったんだろうな……もう」


「すまんな! じゃあ、達者に暮らせよ!」


「後悔しても知らないからね! あなたより素敵な人を見つけて幸せになるんだから!」


 ズィースゥンが外に向かうためにサッと足の向きを変える。幼馴染Aはこれ以上の会話は無意味だと感じ、最後に精一杯の強がりを見せた。


「わーっはっはっは! 独り身で戻ってきた時には笑ってくれ!」


「って、1人で旅に出るの!? 酒場で仲間は!?」


「女はダメだし、男もあいつに惚れたら面倒じゃろうが!」


「いや、あんた、ほんと、何しに行くのよ……」


 ズィースゥンはこうして単身で世界各地を巡った。


 彼は勇者として人助けもしつつ、各地の集落、村、町、国をすべて周り、女性なら幼女から老婆まで老若関わらずに一人も残さず目を見て声を掛け話し込んでいた。


 決して誰とも色恋沙汰に発展することはなく、健全な話し合いがほとんどだったが、その様子を見ていた人々からは奇異の目で見られてしまい、いつしか、理想の嫁探しをしているナンパ者の勇者というレッテルを貼られていた。


「結局、どこの村にも、町にも、国にも、妖精の里やダンジョンにも、あいつがおらんかったな……もしや生まれた時間が違うのか? じゃが……」


 ズィースゥンは風評を気にした様子もなく、やがて、世界の全ての女性に声掛けを終わったと思った頃、邪魔だった魔王配下の四天王や参謀をバッタバッタと薙ぎ倒していき、魔王城へと辿り着いた。


 彼は魔王城でも、もしかしておばあさんが捕まっていないか、と城内をくまなく探すも、残念ながらおばあさんを見つけることはできなかった。


「ほんと、どこにもおらんのう。まあ、今考えても仕方ない……魔王を倒してから考えるとするか」


 ズィースゥンが魔王城の大きな扉を力いっぱい押して開ける。


 ギギィと音を立て始める扉を勢いよくバンと開けた先に、何かがいた。


 暗がりの中、いくつかのドクロの燭台が並べられて灯り、玉座までの真っ赤な絨毯が血の道を彷彿させるその先に、何かが確実にいた。


 その姿は暗がりの中でぼうっと照らされている。


「ついにここまで来たか。聞けばどこでも女を探し回っているという軟弱極まりない勇者よ」


「……ん?」


 ズィースゥンはどこか聞き覚えのある声に反応する。少しばかり地元訛りのあるイントネーションも、前世でよく聞いたものである。


 そして何より、この世界にはなかった訛りである。


「この新生大魔王ヴァルスワン様に逆らおうなどと身のほどをわきまえぬ者じゃな。ここに来たことを悔やむがよい」


「うっ……」


 この瞬間にピカっと部屋全体が眩いばかりの光に包まれ、その後に玉座の間の全貌が明らかになるほどの明るさになる。


 目を開けられる頃になったとき、ズィースゥンはじぃーっと大魔王ヴァルスワンを見つめる。


 大魔王ヴァルスワンは女人型の魔族だった。彼女は、布地がほとんどなく必要最低限しか隠していない防御性も汎用性もないまるで痴女が着るような黒い金属で作られた華美な装飾の鎧を着て、その黒い鎧と対をなすように白く柔らかそうな肌と仮に隠れていても誰から見ても分かるような抜群のプロポーションが露わになっている。


 そして、顔はおばあさんの若い頃そっくりというかそのものだった。絶世の美女というわけではないが、学年で3位や4位を取れるようなレベルの顔立ちである。


「しぶとく生き残らぬようお主の身を完全に消滅させてくれるわ!」


「…………」

「…………」


 勇者と魔王の邂逅。その瞬間に訪れる少しの沈黙。


 それは本来、勇者の緊張と魔王の威厳により訪れるものだが、この2人にある沈黙は、顔を見合った瞬間に何か別のことに気付いたためである。


「ば、ばあさん……じゃろう? ……なんじゃ、そのやらしい服装は……まさかそれで男を誘っておるのか?」

「え、えっ、ええっ、じ、じいさん!? きっ……ひっ……ひあああっ……ちょ、ちょっと待ってください! この格好はちょっと! 後生ですからちょっと待ってください!」


 ヴァルスワンは驚きすぎて悲鳴らしい悲鳴を上げられず、しゃがみ込んで自分の露出している部分をなるべくがんばって隠していた。


「コスプレした時に知り合いにバレて慌てるコスプレ初心者みたいな反応じゃな……」


「ふ、服……服が……マントしかない……やむなし……」


 ヴァルスワンは小さくなったままトコトコと歩き、玉座の後ろに用意していた黒いマントを3枚ほどひったくって全身を覆う。その姿は、てるてる坊主、もしくは、散髪時の大きなケープを羽織ったような感じになる。


「ばあさん……」

「じいさん……」


 その後、お互いに殺意も敵意もなく近寄っていき、ゆっくりとどちらからというわけでもなく温かな抱擁をする。


 ズィースゥンが旅を始めて2年強、生まれてから18年経った頃、奇しくもそれはおじいさんとおばあさんが前世で出会った時の彼の年齢とそう変わりなかった。


「まさか、じいさんが人間に転生していたとは……」


「むしろ、魔族に転生したばあさんの方に驚くじゃろ……ワシは人間から人間なんじゃから……」


 それもそうだとヴァルスワンはクスッと笑う。ズィースゥンはこの笑顔を見て、すべての苦労が報われたような気がした。


「しかし……じいさんの若い頃そのままですね」


「そういうばあさんも若い頃そのままじゃな。服装と……胸と尻とくびれ以外」


 ズィースゥンは自分も細マッチョになりやすい体質にしてもらったことを棚に上げて、ヴァルスワンの見た目の良さをイジる。


「ちょっと見た目を良くしただけです!」


「ちょっと?」


「……大魔王として勇者を屠りますかね。ちょうどよく捕まえてますし」


 ヴァルスワンの抱擁がギリギリと締め付けに変わりかけた頃、ズィースゥンは慌てて彼女の背中をトントンと叩いてギブアップの意思表示をする。


「じょ、冗談じゃよ。ワシはばあさんに気付いてもらいたかったからな! イケメンらしいイケメンじゃなくて、前の顔のままにしたわ!」


「私もじいさんに気付いてほしかったから、顔を変えませんでしたよ」


 ズィースゥンは確かにと言わんばかりにゆっくりと頷いた。


「そうじゃな。顔はな」


「相変わらず、しつこいですね。あんまり言うと、いい加減にはっ倒しますよ?」


 そうなる前に、ズィースゥンはギュッと抱擁の力を強めた。


「いや、よりワシ好みのムチっとボンキュッボンした身体になってくれてありがとう!」


「……なんだかそれはそれで釈然としませんが、よしとしましょう……それでどうしましょうか?」


「どうする、とは? 前世での約束通りだ。一緒になって暮らすぞ。それとも、もう男がおるのか?」


「いませんよ! じいさんに会えると信じて、こんな姿ですけど、今まで貞操を貫いていましたからね! そうではなくて、えっと、人間と魔族とか、世界とか、破滅と平和とか、そういうのは?」


 ズィースゥンはヴァルスワンがフリーだと聞いて、ホッとした後に、ニヤリと笑った。


「わーっはっはっは! そうかそうか! ワシも女を作らんでよかったわ! で、世界?平和? 破滅? そんなもん関係あるか! ワシは勇者をやめて、おまえは魔王をやめればいい! 旅の途中で未開拓の土地を見つけたんじゃ。一緒に家庭菜園でもしながらのんびり過ごしたい、と言っておったろ。何がなくとも2人ならなんとかなる! ほら、旅の支度をして、さっさとこんな所から出るぞ!」


 ズィースゥンはすべてのことを関係ないと言って、ヴァルスワンに旅支度をするように急き立てる。


「……はいはい。じいさんは昔から言ったら聞かない人ですからね」


「それに合わせてくれるのがばあさんじゃったろ。前世で世界旅行もしたいと言っておったな。それもするか?」


「魔王が世界各地に現れたら、旅行どころじゃありませんよ……私はじいさんと一緒ならどこでもいいですよ」



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 その後、勇者と魔王がいなくなってしまって、相討ちになったのだろうと思われました。人間と魔族のにらみ合いが続いているものの、すぐには次の勇者も次の魔王も出ることがなかったので、世界は大きな戦いもなく一時的に平和になりました。


 おじいさんとおばあさんは種族の違いから、子宝には恵まれなかったものの、いつまでも誰にも知られずに2人仲良く過ごしましたとさ。


 めでたし、めでたし。

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