第7話 ロロ・メルシアという冒険者

 お土産のチーズ(安かったのでホールにした)を購入した俺達は、その日のうちに酪農都市ヒルテを後にして、マルハスへの帰路についた。

 ロロと相談した結果、このことをマルハス全体で早急に共有するべきだと結論付けたのだ。

 おそらく、状況は思っていたよりも悪い。


「一泊の予定が野営になっちまったが、よかったのか?」


 焚火に枝を投げ入れながら、そばに座るロロに声をかける。

 焼いた干し肉を食んでいた幼馴染が、口を動かしながらうなずいた。


「いいんだ。それに、ちょっとだけヤな予感がしたしね」

「……なるほど」


 ロロの危惧しているのは、ヒルテで余計な足止めを食らう可能性だろう。

 冒険都市アドバンテで精力的に活動していた俺達の冒険者信用度スコアは、こんな片田舎ではあまり見ないくらいに高い。

 なにせ、所属していた『シルハスタ』は国選パーティに推挙されるくらいだ。

 当然、元メンバーである俺達もそれなりに高い評価を受けている。


 冒険者ギルドにとっては、駆け出しには任せにくいあれやこれやといった厄介な依頼を押し付けるに、ぴったりな相手という訳だ。

 もちろん、俺達とていっぱしの冒険者であれば、問題解決に手を貸すのもやぶさかではない。

 しかし、物事には優先順位というものがある。

 まずは、村に戻って諸々の調査を開始しなくてはならないだろう。


「しかし、〝妙幻自在〟か。なんだか、ロロにぴったりだよな」

「あんまりイジったら、怒るよ?」


 頬を膨らませるロロに、俺は苦笑で返す。


「そうじゃねぇよ。俺は、ずっとお前がスゲェって思ってたんだ」

「ユルグが? まさか」

「信用ねぇな」


 小枝を焚火に投げ込みつつ、思わず吹き出す。

 どうもロロは自己評価が低いくせに、俺を過大評価しがちだ。

 自分が大したことがないなんて、間違ったことを考えてる。


「お前はすごいよ。田舎から出てきて独学で魔法を学んだかと思えば、俺に付き合って近接戦もこなす」

「君に勝てたためしがないけどね?」

「魔法を使わないからだろ?」


 ロロは自己強化魔法すらなしで俺と打ち合えるくらいに鍛えている。

 周りから〝崩天撃〟だなんだと言われている俺なんて、ただ力任せにやってるだけだが、ロロは自分というものを良く知った戦い方をする奴だ。

 魔法ありでやり合えば、きっと俺はなすすべなく負けてしまうだろう。


「『シルハスタ』はお前頼みのパーティだったよ」

「そんなことないよ。ボクったら、器用貧乏だし」

「俺は後ろにお前がいるから、フィミアとサランを任せて前に出られた。あいつらだって、お前がいたから自分の役割に集中できてたんだ。そうだな……器用貧乏ってより、器用万能って感じだ」


 魔法使いとしても剣士としても一流。

 それが、ロロ・メルシアという男だ。

 この優男が評価されないはずないとずっと思っていたが、ようやく世間が追いついたのかもしれない。

 今頃、アルバートはロロのありがたみをかみしめている頃合いだろう。


「みんな、大丈夫かな?」


 性格の悪い俺の思惑と裏腹に、ロロの口から出たのは心配の言葉。

 お人好しというかなんというか。

 いや、これがこいつのいいところなのだが。


「まぁ、サランのやつは頭がいいから、何なりとするだろうさ」

「そうだね。……ユルグは戻らなくていいの?」


 どこか心配げに、上目遣いで俺を見るロロ。

 おいおい、やめろ。うっかり恋にでも落ちたらどうする?

 男同士だぞ?


「少なくともアルバートが看板背負ってる間は戻る気はねぇよ。お前が戻るってなら、俺もついて行くけどよ」

「そっか」

「それに、もう新しいパーティを結成しちまったしな」


 二人きりのパーティだが、それも気楽だ。

 俺ってやつは、あんまり人間付き合いが上手くないしな。


「本格的な調査をするなら、二人じゃ少し不安だね」

「まぁな。あと、一人……いや、二人位いれば楽なんだが」


 そういいつつ脳裏に浮かんだのは、『シルハスタ』に所属するフィミアとサランの顔だ。

 フィミアは優れた神官で〝聖女〟なんて二つ名を冠するほどに、神聖魔法の扱いに長けている。

 治癒魔法、防護魔法、解呪に結界……守りの魔法に関して彼女の右に出る者はいない。

 フィミアとロロが後ろにいれば、俺は多少の無茶だってやらかすことができる。


 それもって、サランがいればさらに楽だ。

 貴族出身の学者兼魔術師であるあいつは、ロロの魔法の師匠でもある。

 ときどき慇懃無礼なところが鼻につくやつではあるが……あいつの知識の深さは王国でも折り紙付きで、サラン・ゾラークの調査した情報というのは、それだけで各方面を動かすきっかけにもなりえる。


 とはいえ、二人のような優秀な人間がこんな片田舎にいるはずもなく。

 本格的に調査するとなれば、酪農都市でそこそこできるヤツか、あるいはパーティに依頼を出すことになるだろう。

 そいつらにしたって、未踏破地域になど入りたがらないだろうが。


「『シルハスタ』のみんなが来てくれればなぁ……」

「ああ、アルバート以外がな」

「もう、ユルグはすぐそうやって言う。きっとアルバートにだって何か理由があったんだよ」


 小さく笑うロロに、思わずため息を吐く。

 何だってこいつはこうもお人好しが過ぎるのか。

 ロロの追放にはアルバート以外のメンバー全員が反対していた。

 それをあいつは、リーダー権限を使って強行したのだ。

 一番怒ってしかるべき本人がこうも柔和だと、俺はどこに怒りをぶつければいいのか。


「……?」


 もやもやとしながら太めの枯れ枝をパキパキと折っていると、街道の向こう──酪農都市ヒルテ方面だ──から何者かが近づいてくる気配があった。

 俺達のような冒険者でも足を止めて野営を決める夜半。

 こんな時間に動くものと言えば、大半が魔物モンスターか野盗の類いだ。


「ロロ」

「うん。分かってる」


 お互いに目配せして、得物を手繰り寄せる。

 近づく足音は馬のものではない。とはいえ、人とも思えない。

 であれば、魔物モンスターか?



「ユルグ?」


 近づく足音にメイスを構える俺の名を、暗闇の先から誰かが呼んだ。

 聞き覚えのある声に、思わず驚いて得物を下ろす。


「まさか──フィミアか?」

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