第8話 牛と"吟遊詩人M"
声の主は三浦だ。三浦とは同じクラスで、僕の友人。悪いことをしてるのが見つかった子供みたいに目が泳ぐ。
「よう、どうしたんだ、三浦」
どこか、声が震えている気がする。同級生の女子と休みの日に一緒にいることがバレるからか。いや、今一緒にいるのは"風"擬きの牛なのだからそれはない。
「で、誰と話してたんだ?」
尋問する刑事の顔というよりかは、単なる興味本意という感じだ。
「嫌だな、独白だよ。強いて言うなら風と話していた?ほら、よくあるだろう?犬に向かって『お待たせ』とか言うこと。そんな感じだよ」
「ほう、同世代くらいの女子の声が聞こえたような気がしたのは気のせいか。ちょうど、そうだな、、京野くらいの。」
と、三浦はニヤと笑う。
何だ、もう判ってるんじゃないか。
所は変わって、近くの公園のベンチにて。
「朝、風ちゃんの散歩をしていて、気が付いたら牛に変わっていた、と。で、なぜそうなったかは判らず、記憶も曖昧。」
そう言って、三浦は缶に入った珈琲をズビーと飲む。結局、尋問される。
「いや、1つ肝心なことを忘れてる。牛の中身は京野だった。ここ、重要。」
「ああ。で、この珈琲は口止め料と。わざわざ自販機の中で一番高いのを奢って頂いたからな。」
「いいや、プラス相談料。」
「あー、今はお汁粉の気分だったな。」
「……」
僕は無言で立って素早くお汁粉を買い、三浦に渡す。
「いや、流石気が利くねえ。」
お前が言ったんだろうが。
「いやぁ、でも俄に信じがたい話だな。そのラノベの中じゃない、現実世界の話だったら。」
三浦は早速開けたお汁粉をチョビチョビ飲みながらそう言い出す。
「三浦もこれ、知ってるのか。」
「知ってるも何も、家に全巻揃ってるからな。言ってくれたら貸したのに。」
ベンチの側で座っていた京野はそれに反応して「それ、何巻も出てるんかいな。」とひとりごちる。
「信じるも、信じないも三浦の自由だが、間違ってもあの二人は同棲してるらしいとか言いふらすなよ。」
京野は一般に美少女と言われる人種だ。そんな噂が立てば男子からどんな目に遭わされるか判ったもんじゃない。
「言い触らさねえよ。それに、牛があの声で喋っているの聞いて、信じない訳ないだろ。」
ハハ、と笑って三浦は缶を2つともゴミ箱に投げ入れる。もう、飲み終わったのか。もうちょい、ゆっくり飲めよ。
「……」
「ま、何か思いついたら、連絡するわ。」
三浦は立ち上がって、「じゃ、ご馳走さま!」と、去っていった。
三浦なら何かしてくれるんじゃないか。何か起こるんじゃないか。
大した確証もないのに、僕にはそう思えた。
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